竜の小説集

□連載予備軍短編集(恋姫)
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「皆……生きてるか?」

「はい……」

「なんとか……」

袁紹軍の軍師、田豊の問い掛けに、文官たちが辛うじてではあるが声を返す。

「皆には苦労をかける……」

「何をおっしゃいますか。田豊様が教えて下さった方法がなければ、我々文官は全滅していました」

「その通りです。仕えていた軍師の方々が野に下る中、田豊様が残って頂いただけで、どれだけ助かったことか」

もともと、袁紹の下には田豊の他に、沮授、審配、逢紀、荀シンなど、名門に恥じない優れた軍師たちがいた。

しかし、ある者は袁紹の馬鹿さに呆れ、ある者は献策が用いられないことに憤り、軍師が次々に辞めてしまったのである。

おかげで、辞めた軍師たちがこなしていた仕事が、残った田豊や文官たちに負担となって押し寄せた。

しかも、連合軍や公孫賛との戦いなどで仕事は処理するそばから増えていく。

このままでは文官が持たないと考えた田豊は、仕事を分業化し、現代の会社や役所のような効率化をはかり、自らも膨大な仕事量を必死に処理し、なんとか領土の内政を回していたのだった。

袁紹に讒言も行っているが効果はなく、申し訳程度に顔良が手伝いに来るくらいで、正直袁紹軍は田豊のおかげで保っていると言っても過言ではない。

「ここのところ戦続きで仕事も増えている。麗羽様に、しばらくは内政に力を入れることと、お主たちの休暇を申し上げるゆえ、今しばらく頑張ってくれ」

「そんな……田豊様こそお休み下さい!」

「そうです。もう三日も寝ておられぬでしょう?このままでは倒れてしまいます!」

田豊の言葉に文官たちは感謝するが、それよりも自分を労ってくれと口々に述べる。

「すまんな。では言葉に甘えてこれが終わったら休むとしよう」

しかし、無情にも田豊たちに死刑宣告とも言える知らせが届く。

「大変です!袁紹様が、曹操の領土に攻め入ると、大動員を発しました!」

「………………終わった」















迫り来る書類――

「兵糧に関してはこっちだ!」

「各地の城に残す兵士の数は……」

「戦費の調達が……」

おバカな君主――

「麗羽様、田豊さんたちが大変なことになっちゃいますよぉ〜」

「オ−ホッホッホッ!袁家の者にそんな軟弱な者はいませんわ!」

密かに田豊を案じる者――

「大丈夫かしら……お兄様」

「あら、どうしたの桂花?」

「華琳様……実は、袁紹軍の軍師である田豊は――」









「麗羽の部下にも誇りある者がいたようね……」

南皮の城のとある一室を見ながら曹操は呟く。

彼女の目の前には、散乱する書簡、机に倒れ込む文官であろう者たち、そしてこぼれ落ちる紫色の液体と瓶。

拾い上げた瓶には『刹活孔』と書かれているが、恐らく毒だろうと曹操は判断する。

つまり、この文官たちは降伏をよしとせず服毒して命を断ったのだ。

と、そこで曹操は軍師である筍イクが、文官たちの一人を凝視して震えているのを見つけて声をかける。

「桂花?」

「お兄……さま……」

お兄様……筍イクはそう口にする人物ただ一人。

以前に話していた袁紹の軍師――

「その男が田豊なのね」

「はい……その通りです」

男嫌いである筍イクが唯一の例外とした男なのだ、顔には出さないが悲しみは大きいだろう。

「そう……しっかりと弔ってあげなさい」

「ありがとうございます。華琳様」

筍イクは田豊の顔をよく見ようと彼の骸に近づき手を伸ばす。

そして――

ガシッ

腕を掴まれた。

「キャアアアアァアァア!!」
















――再会と出会い

「驚かせてしまい申し訳ありません」

「まったくよ。桂花にも後で謝りなさい」

「もちろんです」

腕を掴まれた筍イクは恐怖と驚きで気を失ってしまっていた。

「それで、説明してもらえるかしら?てっきり毒で命を断ったものだと思っていたのだけれど」

「あれはかなり強力な気付け薬……とでももうしましょうか。飲めば一時的に凄まじい活力が出るのです。反動として、死んだように眠りますが」

つまり、それを曹操と筍イクは死んでいると勘違いしたのである。

「なぜ使ったの?」

「簡単に言えば仕事の為です。所領の政務や、軍務に関する書簡も全て私とこの文官たちで纏めていました」

「あなたたち……よく生きていたわね」

曹操が呆れたような感心したような面持ちでそう言うのも仕方がない。

広大な袁紹の所領と、先の戦の兵士の数を考えれば、田豊たちが行った仕事の量は殺人的なレベルだったはずだからだ。

「ちなみに私と部下たちは七日ほど寝ていませんでした」

「…………本当によく生きてたわね」

今度こそ曹操は完全に呆れていた。

「ところで、私たち処遇は?」

「私の下で働いてもらうわ。その方が桂花も喜ぶでしょうし」

「分かりました。これより曹操様にお仕えいたしましょう。ですからまず……」

「まず?」

「寝させて下さい」










※ア〇マゲドンの音楽を想像すると面白いかもしれません。


その日、魏の昨日は停止した。

「くっ……まさかこの私が……ぁあ……」

「あの脳筋女ぁ……」

「も、申し訳ありません。華琳様。私が姉者を止めていれば……」

「ウチ……もうあかんわ……」

「霞さまっ!?くっ、〜〜!」

「お腹が痛いの〜!」

「……………………」

「ふ、風っ!?」

「あかん、ぴくりともしてへん……」

魏の主要な武将が全て倒れるという異常事態。

ずばり理由は夏侯惇の料理による食中毒である。

下品に言い直せば、全員激しい腹痛と下痢状態ということだ。

ちなみに、この場にいない許猪と典イは調理場で既に犠牲になっており、惨劇の犯人たる夏侯惇は自分の作った料理を大量に処理させられて倒れた。

理由はとにかく、医者の診断では数日間は政務ができないと判断を下されてしまったのが問題である。

僅か数日であろうと、首脳陣が機能しないことは大変な損害を生み出すのだ。

こうなっては無理に無茶を重ねてでも政務をしなければと、曹操たちが思った矢先、彼らは来た。

「その仕事、私たちが引き受けましょう」

たまたま被害を免れた田豊と、袁紹の頃からの部下七人。

なぜか曹操たちには歩いてくる様子が異様にゆっくりと見えたり、わけもなくかっこよく見えたりしたが、それはどうでもいい話。

「田豊……任せたわよ」

「お任せを。華琳様たちもゆっくり養生して下さい」















――次々と襲い掛かる問題

「くっ、こんな時に盗賊か!」

「田豊様!他にも周辺で盗賊や黄巾党の残党の討伐要請が来ています!」

「将軍たちの副官を代理として討伐に向かわせろ!」

「もう出しています!」

「……やむを得ない。お前たちの中から出そう」

示し合わせたかのように賊の討伐が頻発し、田豊は仕方なく文官たちを指揮官として派遣することにした。















――最後に残るのは

「残ったのは私とお前だけか」

「はい。ですが、また一つ賊討伐の要請が……」

「そうか……」

「田豊様!ここは私に任せて下さい。私とて今までやってきたという自負が――」

「いや、お前が行け。そこの君、この者が賊討伐の臨時の隊長だ」

「田豊様!?」

「お前にはまだ荷が重い」

「田豊様!まさか一人で!」

「華琳様たちへの説明は頼んだ」

「田豊様ぁぁぁぁ!!」
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