竜の小説集

□拍手連載:真・恋姫†無双〜劉虞伝〜
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「働いたら負けかなって思ってる」

「……っ、分かりました。では、仰られていた難民の開拓事業についてですが――」

「できる奴に一任する。もう一度言うぞ?働いたら負けかなって思ってる」

「――はっ!ただちに指示を出します」

足早に部屋を去る文官の背を見送りながら、劉虞は溜め息をつく。

先ほどの問答で何回目になるだろうか?

気分は来る日も来る日も書類と戦う中間管理職のサラリーマンである。

劉虞自身は一心不乱に働きたくないと主張していたつもりなのだが、気付けば尊敬や忠義の眼差しに見つめられ、名君等と呼ばれてしまっている。

具体的に何をやったわけでもないのに。

今だって、働かないと言ったのに、返ってきた返事は指示を出しますである。

さすが文官さん、勝手に働いてくれるそこに痺れる!憧れるぅ!けど、どんだけ話を聞かないんだよ――とは、劉虞の弁。

ちなみに言えば、先ほどの文官に限らず、配下の面々の中では

働いたら負け→トップが働かなくても問題ない国作りをしろ

一任する→信頼して全てを任せる

なんて脳内変換をされていたりする。

普通だったらありえない勘違いではあるのだが、現実には目に見えて幽州の内情は良くなっており、劉虞も許可を出すくらいの仕事はやっているので、成立してしまっているのだ。

「あー……今日もよく働いたわ」

首をこきこきと鳴らしながら、立ちあがる。

窓から太陽の位置を覗けば、もう昼時となっていた。

ニートからすれば3、4時間でも随分な労働なのである。

竹簡を突き返したり、許可を与えるだけだとしても。

「昼食は街で食べるか……」

女官を呼んで、外出の旨を告げる。

ネットも無ければ漫画やラノベもないこの時代、何故か時代にそぐわないラーメンや肉まんなどの豊かな食文化は数少ない娯楽の一つなのだ。

故に、護衛をつけてまでわざわざ街に行くくらいの手間は惜しまない。

仕事は少なめ、三食昼寝女官付き……本人的にはまだ不満であろうが、傍から見れば誰もが羨む生活である。




















「いらっしゃい!いらっしゃい!美味しい餃子はいらんかね!」

「当店自慢のラーメンは絶品だ!食べないと損だよぉ!」

劉虞の治世もとい文官たちの不断の努力によって、以前は翳りのあった街の大通りも、多くの人が行き交い、商人たちの掛け声に溢れていた。

もともと辺境で豊かではなく、異民族の脅威に晒されていた民たちからすれば、食に事欠くことはなく、怯えずに暮らしていける今の生活は夢のようであった。

その為、この賑わいを作った存在――実際は文官たちなのだが――劉虞のことを民衆は敬愛していた。

「おい。あれは劉虞様じゃないか?」

「ホントだ!劉虞様が来たぞ!」

「あの方が来てから本当に住みやすくなったわい」

「俺の所も、劉虞様に治めて欲しいもんだ」

故に、武装した強面の兵士が囲んでいようと、感謝の言葉と共に思い思いの貢物を渡すのが日常的な光景となっている。

一見すれば正に民に慕われる名君であるが、それ以上に幽州特有というか、劉虞ならではの光景が――

「りゅうぐさま!これあげる!」

「うん?おぉ、ありがとう。馬乳茶か……温まるなぁ」

「劉虞様。無闇に口にされては……」

「無碍にするのはもったいない」

「しかし、異民族の……」

「こまけぇこたぁいいんだよ!」

――異民族が街に暮らしており、その異民族からも貢物を渡されるということである。

今も、匈奴の血を引く子供から馬乳茶という飲み物を貰って口にしていたが、時代的に高価な茶を使った飲み物をわざわざ劉虞に渡したことからも、どれだけ異民族からも慕われているかが分かる。

なにより、異民族である匈奴の民と漢の民が共存し、匈奴であろうと茶という嗜好品に手を出せるくらい豊かだということが、民衆が名君と慕う由縁なのだ。

無論、完全に諍いがないわけでも、異民族からの襲撃が完全に亡くなったわけでもない。

しかし、幽州近隣の匈奴や鮮卑、烏恒といった異民族の集団は多くは劉虞の公平で清廉な人徳(笑)を認め、朝貢し、部族間の問題の仲裁なども依頼するような良好な関係を構築するまでに至っていた。

異民族ですら平等に扱う点に関しては転生者ならではの偏見のなさ……とでも言えばいいとして、実際に平等に政治が行われている理由としては「いちいち異民族と漢民族とで扱い変えて仕事増やすとか馬鹿じゃない?」という働きたくない意図があったりする。

なお、劉虞の最後の発言に関しては護衛の兵と子供以外には聞こえておらず、誰であろうと優しく平等に接する徳高き人物にしか見えていない。

劉虞からすれば歩いているだけでも物が貰えて食事代が浮き、民衆の税金で養ってもらっているヒモなので養い主(民衆)には愛想がよくしているだけなのだが。

「食事に来たつもりだったが、これなら食べないでもよいなぁ。帰るぞ」

「はっ!」

「あぁ、貰った酒は飲んで構わんぞ。皆で分けるように」

主君からの言葉に、護衛の兵士たちは喜んだ。

酒が飲めるというのもあるし、身分の高い者からすれば当たり前の警護にも関わらず主君から褒美(だと思っている)を頂いたことが嬉しかった。

劉虞が皇族というのも大きい。

皇帝は正しく天に等しい雲の上の存在であり、その血筋であることが証明されている劉虞は場合によっては皇帝になることもできる貴き人物なのだ。

そんな方の護衛につくことができる、声をかけて頂ける、褒美を頂ける――変な言動も気にならないくらい護衛の忠誠心は天元突破である。

現代日本で言えば、一般人が天皇陛下に声をかけられて感動している感覚に近い。

まぁ、なんというか……真実を知らないことは幸せである。



















城に帰ってきた劉虞を待ち受けていたのは、いつもの如く働き過ぎの文官さん……ではなく、別の文官2であった。

しかも、どこか焦り落ち着きのない表情で待ち構えていた。

「劉虞様!大変でございます。中山太守の張純、泰山太守の張挙が反乱を起こしました!」

「ええー……なんでまた」

仕事が増えたどころか命も狙われるかもしれないことに劉虞の頬が引き攣る。

「劉虞様に不満を持つ者たちが張純と張挙を諭したのでしょう。恐らく、職を追われた役人や権益を侵された豪族かと」

劉虞本人は気付いていなかったが、仕事や権限を丸投げされた文官が、汚職や賄賂を受け取っていた役人、好き勝手していた豪族を駆逐していたのだ。

ゲームや漫画等を通して三国志に登場する武将の名前を多く記憶しており、見かけたことのある文官を幾人か見繕って丸投げしたのだが、その分改革が急激に進み、切羽詰まって決起したのだろう。

ちなみに、その「幾人」に入るメンバーは魏ユウ、田チュウ、鮮ウ輔、などの史実の劉虞陣営と田豫、閻柔(エンジュウ)といったある程度関係のある人物である。

「鮮ウ輔と閻柔に任せる」

「もう備えさせています。ですが……」

あくまで刺史である劉虞には軍権がなく、実動的な戦力は恐らく太守である張純たちに分があった。

三国志でよく聞く州牧は後漢末期の役職であり、反乱が多発したことによって登場するのでまだ刺史である。

「あー……そう。ならいい。仕事に戻れ」

「は?ですが、ただちに反乱に対する策を立てませんと」

「明日から本気をだす」

今日はもう閉店ガラガラである。ゲームは一日一時間に習って労働は一日一時間の精神を心掛ける劉虞はもう働く気はなかった。

「ですが!」

「いいから〜いいから〜劉虞を信じて」

某コントのような胡散臭い話し方をする劉虞だが、文官2はきっと我々に計れぬ考えがあるに違いないとか思い直して、しぶしぶ納得するのだった。

そして翌日、まさかの展開が訪れる。

「申し上げます!張純と張挙及び反乱の主だった者が討たれました!」

「どういうことだ!?」

なんと、勝手に反乱軍が瓦解して討ちとられていたのである。

無理やり集められた兵は、劉虞を害そうとする張純たちに反抗して捕えてしまい、それを逃れた者も鮮卑や烏ガン、匈奴によって捕えられてしまったのだ。

つまり、劉虞はその徳によって争うこともなく反乱を鎮めた――戦わずして勝つという最上の勝ち方をしたのだ。

「なんと……劉虞様が仰られていたのはこのことであったか……っ」

古の名将や名君ですら為し得なかった偉業に、無意識に文官2は身体を震えさせていた。

これからも、身命を賭して劉虞に仕えようと誓う文官2こと魏ユウであった。

なお、働きづめの文官さんの名前は田チュウだったりする。



















〜おまけ〜

「反乱軍は?」

「劉虞様の徳で討ち取られました(キリッ」

「なん……だと……」
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