text (八雲)

□Irreplaceable you (11)
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 八雲から今彼らが追っている事件について聞かされた晴香は、ただ顔を青くして座っているしかなかった。



 石井の先輩刑事の親戚が撮った、不可解な心霊写真。

 発見された、二人の女性の遺体。

 共通する、被害者の特徴。



 当然、どれもはじめて聞く事だったのに、どれもが全て、自分に繋がっていた。

 晴香は、恐怖の波を押しやるため、服の裾をキュッと握った。


 「……次は君の番だ」

 重い沈黙の中、八雲が静かにそう告げる。晴香にとっては死刑宣告のようだった。

 ちゃんと話さなければならないという事は分かってる。現に、晴香がストーカー被害にあっている事は、既にばれてしまった。写真まで見られたのだから、もう隠す理由なんてないのに。

 何かが、晴香に話すことを拒ませている。

 なにも言えずに黙っている晴香を、八雲のため息が容赦なく襲った。

 「…黙ったままじゃ何も分からない」
 「おい、八雲!」

 イラついた様子の八雲を、後藤が諫めた。八雲は顔をしかめたが、もう一度、深呼吸をするように深く息をつくと、ゆっくりと晴香に向き直った。

 「…辛いのは分かる。ただ、君が話さなければ何の解決にもならない。ゆっくりでいいから、何があったのか話してくれないか」
 「………うん」

 あくまで冷静に、でもどこか懇願するような響きを含んだ八雲の言葉に、晴香は小さく頷いた。

 大丈夫。大丈夫だから。

 心の中で呪文のように何度もそう唱えながら、晴香は立ち上がり、机の引き出しを開けた。

 机の奥に隠すようにしまった封筒を取り出す。


 「……この前、私が最後に八雲くんの所へ行った時、部室の前にこれが置かれているのを見つけたの」

 そう言って、封筒を二人に差し出す。中身はもちろん、盗撮写真だ。

 八雲がそれを受け取り、中身を確認して、顔をしかめた。後藤も横から覗き込んだが、その表情は八雲のそれと、そう変わりなかった。

 「…最初にそれを見た時、すごくビックリして、どうしたらいいか分からなくて…、八雲くんに相談しようかと思ったけど……」
 「できなかったんだな…」

 後藤の言葉に、小さく頷いた。涙か溢れてきて、俯く。

 今は伏せられて、テーブルの上に置かれている一枚の写真。晴香が交番に忘れていったという写真は、あの、八雲と二人で写っているものだった。

 赤いバツマークと文字が、晴香の脳裏に焼き付いて離れない。涙をこらえて、唇をきつく噛んだ。


 「八雲、晴香ちゃんの気持ちも分かってやれよ。そりゃ、お前の気持ちだって分からんでもないが…、あんな写真見ちまったら、相談したくてもできねぇだろ」
 「そうですね」

 晴香の様子を見て、すかさず後藤がフォローを入れた。が、八雲の返事は予想外だった。

 あまりにもアッサリとした返事に、晴香は思わず顔をあげた。フォローをした本人である後藤も、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔で八雲を見ている。

 「後藤さんの言うとおりです。ですから、もう帰っていただいて結構ですよ」
 「………は?!」

 後藤の顔を見ることなく、一息で言い切った八雲は、催促するようにドアを指差した。

 ポカンと口を開けたままだった後藤は、言われた意味を理解すると、すかさず非難の声をあげる。

 「おい、ちょっと待て!どういう意味だそれは!?」
 「そのままの意味です。さぁどうぞお帰り下さい」
 「え、ちょっと八雲くん…」
 「君は黙っていろ」

 あまりにひどい後藤の扱いに、思わず声をかけた晴香だったが、ピシャリと一蹴されてしまった。

 有無を言わせない八雲に、後藤は渋々腰をあげた。八雲を睨み付けながら、玄関に向かう。

 晴香は慌てて立ち上がり、後藤の後を追った。

 「ご、後藤さん!」
 「突然押しかけちまってすまねぇな、晴香ちゃん」

 靴をはきながら笑いかける後藤に、晴香はフルフルと首を振った。

 「……まぁ、なんだ…頑張れよ」

 そう言って後藤は苦笑いを浮かべたが、晴香には何にたいしての"頑張れ"なのか分からなかった。

 「八雲だよ」

 それに気づいたのか、後藤が小声で顎をしゃくる。

 「アイツ今相当機嫌悪いからな。大変だろうが、アイツの気持ちも分かって…」
 「まだいたんですか」

 突然あがった背後からの声に、二人して飛び上がった。振り返れば、いつの間にか八雲が後ろに立っていた。

 「うるせぇな!分かったよ!さっさと帰りゃあいいんだろ!」
 「さっきからそう言ってます」
 「あ、あの!ありがとうございました」

 ドアに手をかけた後藤に頭を下げる。後藤はそれに、片手をあげて応えた。

 「また来るからよ。……ほどほどにな」

 最後の言葉に八雲は顔をしかめたが、気にするようすもなく後藤は出ていった。

 バタン、と、閉まったドアの音が静まりかえった部屋に響く。

 「………」
 「………」

 残された二人の間に会話はなく、重い沈黙が続く。晴香は玄関に体を向けたまま、振り返る事ができなかった。

 「……どうして」
 「え?」
 「どうして、黙ってたんだ?」

 突然、先ほどと同じ質問を、八雲がなげかけた。

 「…僕には関係ないことか…?」
 「! ち、違う!!」

 晴香は慌てて振り返った。

 「八雲くんも見たでしょ?あの写真…!犯人は私たちの事を誤解してる!あのまま私が八雲くんと一緒にいたら、犯人が八雲くんに何をするか分からない!だから…!」
 「だから、黙ってたのか?」

 八雲の静かな声に、晴香は深く頷いた。しかし、八雲の表情は固く、まるで能面の様だと、晴香は小さな恐怖を感じた。

 「それで、どうなった?」
 「え?」
 「解決したのか?」

 八雲の質問に、晴香は言葉を詰まらせた。

 「自分ひとりでどうにかなると思ったのか?」
 「それは…」
 「解決できると思ったのか?」
 「思わ、ないけど…」
 「じゃあ何で黙ってたんだ」
 「だからそれは、八雲くんに迷惑かけたくなくて…」
 「迷惑?僕としては知らないところで勝手にトラブルに巻き込まれてる方が迷惑だ」
 「なっ、そんな言い方…っ」

 八雲の物言いに、思わず声が固くなった。しかし八雲は、そんな晴香を気にもせず、相変わらず能面の様な顔で晴香を見ている。

 「解決策もないのに誰にも相談せず、君はどうするつもりだったんだ?」
 「警察には言ったもの!」
 「解決しなかったら意味がないだろ」
 「っだって…!!」

 叫んだ瞬間、ハッと息をのんだ。私は今、なんて言おうとした?

 寸でのところで飲み込んだ言葉を反芻して、晴香は自嘲気味に笑った。

 「……違うや」
 「…?」
 「違う。違ったの…」

 八雲の顔に、少しだけ表情が戻った。怪訝そうにこちらを伺う八雲に、晴香はぎこちなく笑いかける。

 「八雲くんを犯人の目からそらせたいとか、八雲くんに迷惑かけたくないとか、そんなの、ただの都合のいい言い訳でしかなかった……」

 綺麗事ならべて、いかにも八雲のため、なんて。ただの言い訳に過ぎないのに。

 「……私、ほんとは、八雲くんに嫌われたくなかっただけなんだ…」

 俯き、小さく呟いた。


 トラブルばかり持ち込んで、迷惑ばかりかけて、挙句の果てに危険にまで晒して。

 いつか愛想をつかされてしまうんじゃないかって。嫌われてしまうんじゃないかって。

 それが何よりも一番、こわかったんだ。


 「…僕が、君を嫌う…?」

 八雲の声に、俯いていた顔をあげ、晴香は目を見開いた。八雲が、ひどく傷ついたような表情をしていたからだ。

 晴香が思わず名前を呼ぶ前に、今度は八雲が俯いた。

 「…君は本当に馬鹿だ……」
 「八雲、くん…」
 「僕が君を嫌うかもしれないと思って黙ってたのか?」
 「うん…」
 「君が僕に迷惑をかけるのはいつもの事だろ…」
 「うん…」
 「……殺されてたかもしれないんだぞ…っ」
 「うん…、ごめんなさい… ごめんなさい八雲くん…」

 苦しそうに最後の言葉を言った八雲に、晴香は何度も何度も謝った。



 晴香が謝り続けていると、不意に八雲が顔をあげた。

 色の違う二つの瞳が、じっと晴香を見つめる。思わず晴香が身じろぎすると、スッと手がのびてきて、優しく晴香の頬に触れた。

 「や、八雲くん…?」
 「……こわかっただろ?」
 「…!」
 「もう、大丈夫だ」

 視界が歪んで、八雲の顔もよく見えなくなった。堰を切ったように涙が止めどなく溢れて、嗚咽も漏れた。

 今までずっと、胸の奥で渦巻いていた恐怖が、溶けるように消えて行く。

 もう大丈夫。八雲の、そのたった一言で、とてつもなく安心できた。

 顔をクシャクシャにして泣く晴香を、八雲はそっと抱きしめた。それにまた涙が溢れ、晴香はついに子供のように声を出して泣きだした。

 晴香の声が大きくなるのに比例して、八雲の腕の力は強くなる。


 今だけだから、と心の中で言い訳をして、晴香はただひたすら泣き続けた。











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