text (ES21)

□見えない言葉
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 「セナ…」


 ここは、関東大会優勝祝賀パーティー会場の船の上。喧騒から少し離れた甲板の先で海を見ていたセナは、よく聞き慣れた幼なじみの声に振り返った。


 「まもり姉ちゃん…」
 「隣、いい?」


 まもりは笑顔で問いかける。セナも笑顔で肯定の意を返すと、彼女は隣に立って一緒に海を見つめた。




 「…関東大会優勝おめでとう、セナ」


 どれくらい経っただろうか。しばらく無言のまま二人で海を眺めていると、不意にまもりが呟いた。その声にセナが彼女の顔を見上げても、彼女の目は暗い海に釘づけられ、言葉とは裏腹にどこか悲しそうだった。


 「まもり姉ちゃん…?」
 「おめでとう、優勝おめでとう、セナ」


 セナが名前を呼ぶと、今度は顔をこちらに向けて、笑顔でまもりはおめでとうと繰り返す。

 けれど、お祝いの言葉を告げる笑顔の裏にやはり、どうしても消えない悲しみが感じ取れて、セナは彼女の碧眼を戸惑いがちに見つめ返した。

 まもりもセナの戸惑いが伝わったのか、困ったように眉を寄せ苦笑いをすると、再び視線を海へ戻した。


 「次はいよいよクリスマスボウルね」
 「うん…」


 とても喜んでいるとは思えない声音にセナの不安は大きくなる。

 今までは、こんな事なかった。自分達が試合を勝ち進む度、まもりは一緒になって、泣いて、笑って、喜んでくれた。


 なのに、どうして?

 彼女の悲しみの原因を、聞きたくても、なんて尋ねればいいのか分からず、セナは唇を小さく噛んだ。





 「あのね、セナ」


 再び訪れた沈黙は、彼女の小さな深呼吸で破られた。その後、呼ばれた名前はひどく戸惑いがちで、視線はやっぱり暗い海。


 「実はね、私…、ヒル魔くんから、指示書をもらってたの。…いざという時の為に…」
 「!」



 瞬間、記憶が勢いよくフラッシュバックする。



 向かい合う二人。

 破られた指示書。

 心からの願い。


『絶対に、大ケガなんてしないで』






 「……!」
 「指示書にはね、」


 まもりは、海を見つめながら淡々と話続ける。

 今の彼女の声には、戸惑いも、躊躇いも、そして悲しみも感じられない。感情を無理やり押し殺し、ただ単調に続くそれは、言葉の羅列でしかなかった。

 「もしも、ヒル魔くんが試合に出られないような大ケガで退場した時、代わりのQBをどうするかが書かれていたの」


 指示書、破いたんじゃなかったっけ?


 指示書の存在や内容を既に知っていたセナは、彼が事前に張っていた予防線よりも、破かれたはずの指示書の方に意識が向いていた。


 結局、読んだのか…


 怪我を前提に試合へ臨まないで欲しいと願ながら、けれどやっぱり、試合の為、チームの為、そして何より彼の為に。

 カチリ。セナの中で、何かと何かが音を立てて一本の線で繋がった。



 「…」
 「ヒル魔くんの代わりのQBは、消去法でいくと石丸くんしかいない…。けど、きっとそれじゃあ、白秋相手に勝つことは出来ない……。けどもし、自分から名乗り出た時だけ、その時だけ、二代目QBは……」


 彼女はそこで言葉を切り、再び深呼吸をした。


 「セナ、あなただって」
 「…え?」


 まもりは海から視線を外し、思わぬ答えにポカンとするセナを、真っ直ぐ見つめた。
 その瞳には、再び感情が宿り、複雑な想いが渦巻いている。


 「ヒル魔くんは、あなたを信じてた。そしてセナ、あなたはその信頼に応えたのよ」


 そこまで言うと、彼女は柔らかく微笑んだ。でもそれは、今まで見たどんな笑顔よりも悲しみに満ちたものだった。


 「指示書の内容は絶対誰にも言うなって、ヒル魔くんから口止めされてたんだけどね」
 「え"っ!?」


 何気に恐ろしい事をサラリと言われたような……。

 サーッと血の気が引いたセナに気づいているのかいないのか、まもりはその表情に悲しみを滲ませたまま、セナに笑いかける。


 「でもやっぱり、セナにはその事伝えておきたくて……。…ねぇ、だから、セナ…」
 「…まもり姉ちゃん……?」
 「セナ、もし…」
 「糞マネ」


 はっとなり、二人同時に後ろを振り返った。
 見ると、すでに着替えを済ませたヒル魔とムサシがいた。ヒル魔はめずらしく無表情で、ムサシは癖だと言っていた耳に小指をつっこむお決まりのポーズをしながら、ゆったりと二人のもとに歩いてくる。

 セナは、先ほどの会話をヒル魔に聞かれたかと身体を堅くしたが、二人の様子に変わったところはなく、ほっと胸を撫で下ろした。


 「…あ、ムサシくん、とヒル魔くん。どうしたの?なにかあった?」


 一瞬の間の後、まもりはいつもの調子に戻り、ニッコリと笑いかける。セナはその姿に複雑な表情を浮かべたが、二人は気づく様子もなかった。


 「糞マネ、一緒に来い」
 「……分かった」


 一瞬、まもりの顔が引きつったのを、セナは見逃さなかった。本能的に、まもりを引き止めようと手が動いたが、それより早くまもりは歩き始めていて、セナの手はただ虚空を掴んで終わった。


 「一体何?」
 「帝黒のデータまとめ」
 「今から!?今祝賀パーティー中よ?」
 「うるせー!時間がねーんだよ!浮かれてる暇があったらさっさと働け!!」


 そうこうしてる間に、ヒル魔とまもりはスタスタと早足で二人から離れていく。ムサシはその背中に複雑な視線を送り、セナは二人の行動をオロオロと見守る事しか出来なかった。


 「まも…」
 「姉崎」


 先ほどのまもりの悲しそうな笑顔が頭に浮かんだセナは、思い切って呼び止めようと口を開いたが、遮るようにムサシの声が重なった。


 「すまないな……」
 「…どうしたの?ムサシくんが謝る事じゃないでしょ?」


 ムサシの謝罪に、まもりはクルリと振り向き笑顔で答える。その隣でヒル魔は、ムサシを不機嫌そうに睨んで舌打ちをした。

 その表情にセナが震え上がっているうちに、二人は再び歩みを進め人混みの中に消えていった。




 「ふー……」

 まもりの背中を不安気に見送っていたセナは、突然聞こえた隣からの溜め息にビクリと体を強ばらせた。


 「ム、ムサシさん…?」
 「すまないな、セナ」


 今度は自分に向けられた謝罪の言葉に、セナが、へ?、と呆けていると、ムサシは苦笑いをしながら、それでも真剣な表情で、姉崎の事だ、と肩をすくめた。


 「…ヒル魔はな、まぁなんだ、普段あんな風に振る舞っちゃいるが、一応それでも人間だ」
 「はぁ…」
 「ヤツにも辛い時だってあるし、不安にだってなる」
 「……」
 「極端に表にそれを出さないだけなんだ」
 「はい…」


 言われてみれば、その通りかもしれない。

 普段は、悪魔や地獄の司令塔などと恐れられてるヒル魔だが、よく考えてみれば、セナ達と一つしか歳の違わないただの高校生だ。

 セナは、力無く垂れ下がったヒル魔の右腕を思い出し、チクリと胸が痛んだ。


 「ただ、負の感情を、いつまでも自分の心に留めとくと、人間は壊れちまう。その感情を受け止めてくれる誰かが、宿り木が必要なんだ」
 「………」
 「姉崎には苦労をかけると思うよ…」


 ふー、と、また短い溜め息を吐くと、ムサシは手すりに体重を預け、夜空を見上げた。


 「ヤツの腕、クリスマスボウルまで間に合うか分からねぇんだ」
 「え?」
 「ヒル魔もその事は分かってる。そして多分、姉崎も…」



 ヒル魔くんは、あなたを信じてた

 セナにはその事伝えておきたくて……

 …ねぇ、だから、セナ…

 セナ、もし…



 「不器用な奴らだよ…。甘えかたっつーもんを知らねぇ…」

 ムサシの呟きが、寒さに白くなった吐息と一緒に夜空に溶けて消えていった。




 まもりはセナに何を伝えようとしたのか。今、二人は何を話しているのか。その答えはきっと、さっきの途切れた会話の続きにあるのだろう。

 けれど、それを確かめる術はもうどこにもなく、セナはただただ、暗く揺れる水面を見つめ続けるしかなかった。










《見えない言葉》
自分の知らない二人がいる
そんな気がして怖かった















またもや白秋戦…

原作で、まも姉が試合後、ヒル魔の腕を気にかける様子があまり見られなかったので。

実はこんな会話が交わされていたのではないかと!!

白秋戦は、まも姉のヒル魔さんへの想いがひしひしと伝わってくる話だと思います



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