text (ES21)

□ことば
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 アンタさえいなければ……っ!アンタなんか、いなくなっちゃえばいいのに!!


 自分を罵る、涙で震えるヒステリックな声。私はそれを、どこか他人事のようにぼんやりと聞いていた。






 目の前には、私と同じ制服に身を包んだ泥門高校の女子生徒3人。私の記憶が正しければ、彼女たちと自分は全くの初対面。学年も、クラスも、名前も分からない。


 そんな赤の他人と、私が今なにをしているのかというと。


 「ちょっと!聞いてるの!?」
 「なに澄ました顔してんのよっ!?アンタっていつもそんな顔してっ…、結局男に色目使ってるくせに……!真宮くんだって、アンタに騙されたんだ!!」
 「美穂…」



 放課後、下駄箱に入っていた呼び出しの手紙。でもそれは、ラブレターとか、そんな可愛らしい物ではなくて、雑に破られたノートに、殴り書きで体育館裏に来るように記されているだけだった。

 手紙を見た時、最初は行くのを躊躇った。

 部活に遅れるわけにはいかない、という理由がもっともらしい言い訳だが、本音はそうじゃない。なぜ、どうして自分が呼び出されたのか、なんとなく分かっていたからだ。

 こういう体験は今回が初めてではない。中学時代からよくある事だった。だから、このまま素直に手紙に従って行けば、そこに待っている人がどんな表情をしていて、また、どんな事を言われるのか、豊富な経験上すぐに分かってしまった。






 マミヤくん…て、誰だろ?

 親の敵でも見るような目で自分を睨み付ける3人を見ながら、頭に浮かんだのはそんな疑問だった。記憶を目まぐるしく辿ってみても、そのマミヤくんたる人物を思い浮かべる事は出来ない。


 けど、それを口にしちゃいけない。


 結局、私は肯定も否定もしないまま、彼女たちを見つめ続けるしかしない。でも、決して目は逸らさない。このまま私に罵声を浴びせ続けても意味はないと、無言のまま目で訴える。


 「…、なによ、その目…、何とかいったらどうなの!?」



 来たっ!!

 おそらく、この騒動の発端であり主犯であろう美穂と呼ばれた子が、泣き叫びながら手を振り上げた瞬間、固く目をつぶった。相手の様子からして、近いうちに手をだしてくることは予想の範囲内。逆上して殴られる事はよくある事だった。


 「…?」

 予想された左頬への衝撃がなかなかやってこない事に疑問を持ち、そろそろと目を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。

 私を殴ろうとした子は驚きで目を見開き、手を振り上げた格好のまま固まっている。彼女の両サイドを固めていた友達2人も、驚きと恐怖で表情を堅くしながら動けずにいた。私でさえ、目を見開いて動けないまま"彼"を見つめていた。

 もう、彼女たちの目に映るのは私じゃない。今、彼女たちの目に映るのは、振り上げられた腕を掴みながら、自分たちを冷たく見下ろす……


 「ヒル魔くん……」


 私が彼の名前を呟くのと、彼の風船ガムがパチンと割れたのは、ほぼ同時だった。

 それを合図に我に返った3人は、一気に表情を青ざめ、耳をつんざく様な叫び声を上げながら走り去っていった。

 ヒル魔くんは、相変わらず冷たい目で去っていく彼女たちを睨み続けていた。その姿が見えなくなると、呆然として動けない私に視線を移して、ケケケ、と、あの特徴のある笑い声を上げた。


 「よう、糞マネ。修羅場か?」


 ニヤニヤと、心底楽しそうに笑う彼を見てる間に、フリーズしていた私の脳が段々働き始め、驚きが抜けていく代わりにまた別の感情が沸き上がってきた。


 「…いつから聞いてたの?」
 「アンタなんかいなくなっちゃえばいいのに〜、ってところから」


 相変わらず人の悪い笑みを浮かべている彼を睨みながら低く問えば、悪びれもなく、声真似までプラスして答えが返ってきた。

 自分がどれだけ無神経なことをしたのか分かっていない彼に、これ以上何を言っても無駄だと判断した私は、深い溜め息を一つ吐くと肩の力を抜いて壁にもたれかかった。



 「……知らないのよ」
 「ア?」
 「マミヤくん。…誰だか全く分からないの。きっと、会話なんてしたことない…」


 顔を伏せて、彼の顔を見ないように、彼に顔が見れないように。

 私は何をやっているのだろう。こんなこと話しても、彼はどうしようもないし、迷惑なはずなのに。分かっているけど、愚痴は止まらない。


 「…なんで私を好きなんだろうね」


 見知らぬ相手に、いつの間にか寄せられる思慕。それによって生まれる、見知らぬ相手からの恨み。いつもの事と慣れはいても、平気になることはない。


 「私の、何を知っているというの?」


 優等生。才色兼備。美人。天使。

 みんなが私を表現する言葉は、どれも私に相応しくないものばかり。表面だけに目を向けて、私の内側なんて見ようともしない。



 「…まぁ、少なくとも……」


 今までずっと黙っていた彼が、突然言葉を発した。恐る恐る顔を上げると、意外にも真剣な顔で私を見つめる彼。


 「つまみ食い風紀委員って事は知らないだろうな」


 コントじゃないけど、本当に思い切り転けたい気分だ。今の台詞は、今、この場面で、この状況で、言うべき台詞ではないはずだ。


 「な、なによそれ!!」
 「あぁ、あと絵が幼稚園児並にヘタクソだって事も、きっと知らないだろうな」
 「ヒル魔くん!!」
 「シュークリームオタクって事も、糞過保護って事も」
 「……」
 「知らないだろうな」


 言葉が出なかった。なぜか分からないけど、ただ呆然と。

 なにも言えずにポカンと口を開いた姿は、さぞかしマヌケに見えただろう。彼は私の顔を見て、片方の眉をピンと上げた。

 その態度に慌てて表情を直し、不満な顔して俯きながら取り繕う。


 「…私って、一体なんだろう」
 「テメーは泥門デビルバッツのマネージャーだろうが」


 なにを言っているんだ。そう言う様に返された言葉。

 口元が緩んで仕方がない。

 

 「オラ、突っ立ってねぇでさっさと働きやがれ!もうとっくに部活始まってっぞ!」


 途端にアメフト少年に戻った彼は、いつまでも俯いている私に容赦なく激を飛ばす。

 私は慌てて、スタスタとグラウンドへ向かう彼を追いかけた。


 「待ってよヒル魔くん!」


 私の心にはさっきまでの澱はなかった。本当に悔しいけど、彼の言葉が心のつっかえを取り除いてくれた。今浮かぶ笑顔は、作り物じゃない、本物の笑顔。



 「あ、まもり姉ちゃん来た!」
 「やー!まも姐ー!!妖ー兄ー!!」
 「まもりさーん!」


 グラウンドが見えてくると、もうすでに練習を始めていたデビルバッツのメンバーが、私に気づき、揃って名前を呼んで手を振り迎えてくれた。私もそれに手を振り応える。



 "テメーは泥門デビルバッツのマネージャーだろうが"



 さっきの彼の言葉が甦る。なんの躊躇もなく、即答で返ってきた私の存在意義。



 うん。私は、泥門デビルバッツのマネージャーだ。




 少なくとも、ここにいるみんなは私の事をちゃんと理解してくれてる。そう思うと堪らなく嬉しくて、私は思いっ切り地面を蹴って駆け出した。










《ことば》
アナタのたった一言で
私はもっと強くなれる
















ヒルまも…と呼んでいいのか?

まも姉ってモテるけど、まも姉を好きになる男の子は、まも姉がシュークリームを人並み外れて大好き!とか、絵がへたくそ!とか、そういった面を知らないんじゃないかな、と思って浮かんだ話がコレ

まぁ、要するに、ヒル魔さんは他の男子生徒の知らないまも姉の一面を知ってるよ!っていうのを書きたかっただけです☆


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