original

□プロローグ
1ページ/1ページ






 「くそっ、見失ったぞ!」
 「逃げ足の早いヤツめ…っ」
 「探せ!!」

 まるでアクション映画のワンシーンで繰り広げられそうなセリフをさけぶ、男達の野太い声。おきまりみたいに、男たちは黒スーツを着ていて、片手には銃ももっている。もちろん、それは正真正銘本物。

 そんな物騒で非日常的な環境の中に、今、わたしはいる。




 荒い息を落ち着かせるため、なんども深呼吸をくり返す。それから腕の中のモノをしっかりと抱きなおした。

 硬質なそれは、私の腕の中でキラキラと、いかにもな感じでまばゆい光を放っている。

 これが今回の任務のターゲット。中世ヨーロッパ時代から名門シャルロット家に伝わる伝説の秘宝、ブルーダイアモンドだ。

 これこそ本当に映画の中にでてきそうな代物ではあるけど、確実にこれは現実で、間違いなくブルーダイアモンドはわたしの腕の中にある。

 わたしは、耳に付けてるピアスをギュッと押した。このピアスは、飾りの部分を押すと無線機になる画期的アイテム。オシャレとして使いつつ、遠くの仲間とも通信できて、一石二鳥だ。

 「こちらSP008。応答せよ」

 応答なし。

 「こちらSP008!ねぇ!返事して!!」

 またもや応答なし。それから何度試してみても、いっこうに繋がる事はなかった。

 「ま、まさか、つかま…っ」

 全身からサーっと血の気が引いた。わたしの脳裏には、いやでも最悪のシナリオが渦巻いてしまう。

 細心の注意を払いながら、この現実離れした宝石をバッグにつめる。とにかく、この場を動かなくては話が進まない。気合いを入れなおすと、隠れていた柱の陰から顔をだし、辺りを確認した。

 「よし!!」

 人影がないことを確認し、柱の影から飛びだした。素早く、かつ慎重に、足音ひとつ立てないよう気をつけながら、出口に向かって思いっきりダッシュ。

 出口までの地図は、身に付けている時計に内蔵してある。左上のスイッチを押すと、バーチャル映像で建物全体の地図が浮かびあがった。




 「いたぞ!つかまえろ!!」

 出口まであと少しというところで、またもやあの男たちの声が響き渡った。でもこれは予想の範囲内。出口まで誰にも見つからずに脱出できるなんてこと、そう滅多にない。

 わたしと男たちの距離からして追いつかれることはまずないだろうと判断し、わたしはとにかく出口にむかって走る事に専念した。

 でも、ここで不測の事態発生。なにを思ったのか、私の右足と左足が突然もつれあった。つまり、そう、わたしはこの危機的状況下で、あろうことか思いっきり転んでしまったのだ。

 「このガキ!覚悟しやがれ!!」

 その隙に、数十メートルあった距離はあっという間に縮められ、容赦なしに男たちは腕を振り上げ襲いかかってくる。銃を撃ってこられなかったのが不幸中の幸いと言うべきか。

 わたしは来る衝撃を覚悟してキツく目をつぶった。



 バキッ!バキッ!ガス!


 痛そうな音が辺りに響いた。けど、なぜか痛みはいっこうに襲ってこない。わたしはおそるおそる目を開けた。

 「ったく、なにやってんだよおまえ」
 「!! 聖司くん!」

 目に飛び込んできたのは、ガタイの良い男が数人、伸びて床に倒れている異様な光景だった。彼らの顔には、殴られた痕がくっきりはっきり残っている。そして、わたしを庇うように立ちはだかる、栗色の髪をした美少年。

 彼はわたしを見下ろすと、この世の終わりみたいな目をして盛大にため息を吐いた。

 「はぁ… あほ面。そんなんだからなんにもないところですっ転ぶんだよ」
 「なっ!なにそれ!」

 美少年は肩をすくめ、あきれたとばかりに首を横にふる。そうやって人を小バカにする気はあっても、転んでいるわたしを助け起こす気は微塵もないらしい。

 「ああ!というか、なんでさっき無線にでなかったの!?つかまっちゃったんじゃないかと思って心配したんだよ!?」

 わたしは万感の想いをこめて、彼を思いっきり睨んでやった。当の本人は、そんなのどこ吹く風で、騒ぎに気づいてやって来た他の黒スーツ男たちを振り返る。

 「ちょっと!無視しないでよ!!」
 「うるせーな。おれもなにかと忙しかったんだよ」 彼は面倒くさそうに頭をかく。

 「だから、なんで忙しかったのかって聞いてんの!」 それでもめげずに、わたしは彼に抗議をした。

 「おまえな…」

 彼は、不機嫌極まりない顔でわたしを睨むと、わたしの左頬を思いっきりつねった。痛みで涙がでる。

 「いひゃい!いひゃい!」
 「誰のおかげでここまで敵に会わずにこれたと思ってんだ、あぁ?」
 「へ?」
 「トロいおまえのために、おれが敵を引き付けて倒してやったんだよ!感謝はされても恨まれる筋合いはねぇ」


 わたしのために?敵を?なんか意外だ。

 痛む頬を押さえながら呆然と座り込んでると、「おまえも早く立て」と、顎でしゃくられた。

 それに状況を思い出し、慌てて立ちあがった。そのまま周りを見渡して、ギョッと目を見ひらいた。

 「ど、どうしよう!囲まれちゃった!」
 「お前のせいでな」

 わたしたちはいつの間にか、沢山の黒スーツ男に囲まれていた。ざっと見て百人はいる。周り一帯ぜんぶが黒一色。しかも全員が全員、今にも飛びかかろうとする勢いだ。

 「も〜お逃がさないぞぉ…。大人しくそのかばんの中のモノを渡せ!」

 じりじりと間合いをつめられ、絶体絶命のピンチ。思わず彼の服のすそを掴むと、ギロリと睨まれた。

 「ど、どうする?闘う?」
 「まさか。分が悪すぎる」

 言うが早いか、彼は腰のバッグからたまごサイズの玉を取りだした。それから、男たちに向かってニッコリと笑顔をむける。
 「それでは、お邪魔しました」

 セリフと同時に響いた爆発音のあと、あたりが一気にまっ白になった。いわゆる煙幕。

 突然のことに呆然としてたわたしは、彼にいきなり腕を引っ張られたことによって正気にもどった。そのまま、引きずられるようにして出口へ走る。

 外に出ると、すでに仲間の車が待ちかまえていて、素早く後部座席に乗り込んだ。



 こうしてわたしたちは、この危機をなんとか乗り切ったのだった。







・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:・:*:・゚'★,。・:*:・゚'








 「そーゆーの、あるなら先にいってくれればよかったのに…」
 「は?」

 本部へむかう車の中、わたしは不満をこぼした。それに美少年は怪訝そうな声を上げる。

 煙幕なんて反則だ。そりゃあ、そのおかげで助かったわけだけど、それならもっと早く使うなりなんなりしてほしい。私一人焦ってバカみたいじゃないか。

 するととたんに、頬に激しい痛み。本日二回目。今度は右頬を思いっきり抓られた。

 「いい加減にしろよ、おまえ」
「いっ、いひゃい!いひゃい!はなひてよ!」

 やっと解放された頬はじんじんといつまでたっても痛みが消えない。私は両手で頬を庇いながら彼を睨みつけた。

 「信じらんない!どうしてそう乱暴なの!?」
 「おまえが生意気な口をきくからだろ」
 「思ったことを言っただけですー!」
 「それが生意気なんだよ。助手なら助手らしく大人しくコキ使われてろ」
 「なっ!言っとくけど、私はアンタの助手なんかじゃ…」
 「あの〜…」

 言葉の応酬は、今までずっと黙っていた運転手の控え目な声で途切れた。運転手は、わたしたちとバックミラー越に目が合うと、コホンと一つ咳払いをして、改まった感じて再び前方に目をむけた。

 「ボスからご連絡です」

 その言葉を合図に、わたしたちの目の前にバーチャル映像が浮かびあがる。浮かぶ人物は口元に髭をはやした四十がらみの男。男は苦笑いを浮かべてわたしたちを見ている。

 「ボス!」
 「手に入れましたよ、ブルーダイアモンド」

 彼は親指で私のバッグを指さした。

 それにしても、脚を組んで座席にふんぞり返ったこの態度、曲がりなりにも自分の上司にむかってとる態度とは思えない。

 「ああ、ご苦労だった。いつもながらすばらしい活躍だったよ」

 男は笑顔でわたしたちを労う。となりから意味ありげな視線を感じたけど、無視して男の賞賛だけに耳を傾けた。

 「今日はもう遅い。そのブルーダイアモンドは竹野内に預けて、今日はもう家に帰りなさい。あとはこちらで依頼人のシャルロット夫人にわたしておく」
 「白鳥様、ご到着いたしました」

 タイミングよく車がとまり、ドアがひらく。わたしは言われたとおりバッグごとブルーダイアモンドを運転手にわたすと、そそくさと車から降りた。

 「それじゃあ、今日はお疲れさまでした。聖司くん、また明日ね」

 わたしのあいさつに、運転手は笑顔で会釈をかえし、彼はさっさと行けとばかりに手をヒラヒラとふる。そのままゆっくりドアがしまり、車は停車したときと同じように静かに発車した。

 わたしは、夜の闇に同化して見えなくなっていく車をしばらく眺め、完全に見えなくなると、のろのろと家の玄関をくぐった。

 現在、午前一時。家の中はまっ暗だ。

 急に襲って来た疲労感と睡魔に、フラフラになりながら、足音を立てないよう気をつけて自室へむかう。

 部屋につくなり、わたしはベッドに倒れこんだ。明日も学校。そう思うと頭痛がしてくる。






 現在わたしは、県内の高校に通うごく普通の女子高校生だ。勉強して遊んで、毎日楽しい青春をおくる、ただの女子高校生。
 ただ一点をのぞいては。

 わたしは、ふつうの高校生ではありえない、裏の顔をもっている。依頼によって危険な仕事を秘密でこなす、裏の顔。

 そう。わたしはスパイなのである。

 つまり、わたしがこんな夜遅くまでいかつい顔の男たちと宝石の奪い合いをしていたは、ぜんぶこの職業のせいなのだ。

 でも、わたしがスパイであることは誰にも知られてはならない秘密。だから、親も友だちもみんな、わたしがこんな夜遅くまで外を出歩いたり、あまつさえ絶体絶命の大ピンチに陥ったりしてるなんてこと、全く知らないのだ。

 だから、わたしの寝不足の理由も、けがの理由も、わたしが日頃から不摂生で注意力散漫な生活を送っているからとしか思ってもらえない。ほんと、理不尽な話だ。






 そもそも、どうしてわたしがこんな波乱万丈な高校生活を送る羽目になったのかというと。

 話は三カ月前にさかのぼる――――


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ