ORIMANI*n

□短文ログ
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のがたづ妖怪パロ。
ほの暗い。

野烏→烏天狗
鶴鳥→村娘
※鶴鳥は神隠しに遭いました(^q^)



***



持っていた短刀を握り潰された。
ぱらぱらと砂の様にかの手から零れ落ちる玉鋼。

ああ、私にはもう逃げる場所など無いのだと、その時悟った。



【魂接ぎ】



俺の可愛いお嫁さん、


歌う様に言葉を紡ぐそれは人間ではない。
烏天狗は狐の様な笑みを浮かべては、ぞっとする程鋭い歯の並んだ口を開いた。

「駄目だよ、勝手な事しちゃ……分かってるだろう?」

頬を撫でる手は、優しいが虚しい。
私を見詰める金の目は、捕食者のそれだった。





もう数年前になる。
木枯らしの吹き荒ぶ秋の暮れ、1人山道を下って居たところ、拐われた。
野盗や追い剥ぎではない。件の烏天狗だった。
食べようと思ったけど、ちいさくて食い出がないから、暫くは飼う事にしよう。
本人はそうはっきりと言わなかったが、その類いの言葉を吐いた。そして自分のねぐらとおぼしき前人未踏の断崖絶壁の横穴の奥深くに私を幽閉したのだった。
それから暫くは、家族恋しさに涙しか出なかった。烏天狗の差し出す食べ物(恐らく餌のつもりだろう)には当然手を付けなかった。二度と家族に会えないという確信と薄気味悪さから込み上げる吐き気とで、ついぞ体調を崩し、何日も高熱に悩まされた。
衰弱する家畜なぞ捨て置けば良いと言うのに、烏天狗は冷たい手で私に触れ、口に水や果物を含ませ、昼も夜も無く過ごしていた。家畜がそんなに気になるのかと、私はぼんやり思っただけだった。
体調が元に戻ってからも私の食欲はないままだった。当然だろう。食い殺される事は、怖かった。
しかし烏天狗は家畜が餌に手を付けないのが不満らしい。私を罵倒し、押さえ付け、無理矢理喉奥に食べ物を流し込んだ。嘔吐感で涙が滲んで、その時は考えなかったが、今思えば烏天狗の目元は濡れ光っていた。

そうして気付けば一年経った。

何ら変わり無く、私は食べ物には手を付けず、烏天狗は私に無理矢理食べ物を飲み込ませた。
「どうして、食べないの?」
「……」
聞かれたが、口を聞きたくも無かった。
その時の烏天狗の何やら寂しそうな顔ばかり、瞼の裏に貼り付いている。
暫くして、烏天狗は思い付いた様に言った。
「食べられないなら、君の親兄弟を殺すよ?どうする?」
親、兄弟。
もう会えないだろう存在を思い出して、私はまた涙した。



それからの事は、あまり覚えていない。
ただ、その直ぐ後になって、私は烏天狗には身内と呼べる存在がいない事を知った。また、私を食べる気はないらしい事を知った。
そうして月日が経つうちに私は逃げる事も何もかもを諦め、烏天狗との暮らしを許容する様になった。
分かりやすく言うならば、烏天狗が戯れに言った言葉を真に受ける事にしたのだ。
『ねぇ、俺のお嫁さんになってよ』
烏天狗の戯れがいつまで続くのか、飽きたら食い殺されるのか、それは考えない事にした。もうその時には私は深く考える力も無かったのだ。心身共に疲れきって、きっと縋るものが欲しかったのだろう。
屈辱感と羞恥とがない交ぜになった胸中を悟らせまいと、私は了承した。
今から一年ほど昔の話だろう、私はその時(記憶が正しいならば)17だった。
そして話は今に戻る。



「…鶴子ちゃん、」

烏天狗は笑う。
一見優しい風貌。しかし全く笑っていない目と鋭い牙とがそれを台無しにしていた。

「短刀で、何したかったの?」
「……」
「俺の許可無しに死のうとしてたよね?前にも許さないって、俺は言ったよね?」
「…………ごめん、なさい…」

自分でも驚く程、か細い声だった。
化け物特有の威圧感に震えながら、残酷な笑みを浮かべる、『夫』を見上げる。

「……貴方は、化け物ですよよ」
「は…?」

いきなりの言葉に、烏天狗は険しい顔をした。

「だから、貴方は、年を取らない。」
「…………」
「けれど、私は違うのですよよ。醜く年を重ねて、そうして死ぬのです。……分かって下さいな。私はのがらすさまに、老いて醜い姿を晒しとうないので御座いますよよ」

本心だった。
始めはただの判断力の欠如からだったが、今ではもう、黒い羽の化生が、愛しくて仕方無いのだ。

烏天狗はそこで漸く、黒い靄を感じない笑みを浮かべた。
上機嫌そうだった。

「なアんだ、そんな事。俺は気にしないのに、」

しゃがみ込んで、私の頬を包み込む。
相変わらず冷たい手だった。
烏天狗の金目が目の前に並んでいた。

「…けど、方法が無い訳では、無いんだよ」

一瞬だけ、切なそうに歪んだその色の、意味だけが私には分からない。

「鶴子ちゃんは、家族も、人間も、捨てる覚悟はある…?」

覚悟が本物なら、君に不老の呪を掛けよう。

烏天狗はそう言い、私は何も言わず頷いた。
きっと、この烏天狗には私を下界に戻すという選択肢など端から無いのだ。
ならば、私にはこの烏天狗を愛するしか道は無い。

しかし、そんな事はどうでも良かった。





「…私は、貴方の番になりたいのですよよ……」





初めて、自分から口吸いをする。
烏天狗の見掛けより力のある腕が、腰に回って帯に手を掛けた。袷から差し込まれる手は、相変わらず冷たい。


もう二度と帰れない。


そんな思いが胸中を切なく食んだが、それは家族に会えない辛さなのか、破瓜の辛さなのか、私には判らなかった。

何故か涙の止まらない目を閉じて、私は本当の意味で化け物の番となる流れに身を任せた。



・終・


***


私が書くとどうしてこう、暗いのか。



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