ORIMANI*n
□短文ログ
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旧サイトより。
赤虎短文まとめ
***
【宵の笹色】
辺りはバラバラな人間の欠片や残骸で笹色に染まっていた。
異臭が鼻を衝く様な其処には、真っ赤な髪をおどろに伸ばした少年が立っている。
少年は、辺りの惨状に顔を顰める事も無く、ただぼんやりと所在無げに立っていた。
その少年の手には、血塗れの大きな斧――大鉞が握られていた。
辺りの冷気に拠って、大鉞の刃に付着した血から湯気が立ち上っていた。
どうやら、この笹色の空間は少年が創り上げたものだったらしい。
少年はふうと息を吐き、顔に散った血を拭った。
「寒ィ……、」
ふる、と少年は痩躯を震わせた。
無理も無い。
少年はこの霜月に袖の無いしのび装束などを纏っており、更に腕や脚には鈍色の冷たい鎖を幾重にも巻いている。――真庭忍軍の旗印である。
少年は、自分の冷え切った腕を擦った。
身体は芯まで冷え込んでいた。
はあ、と少年は綿の様な息を吐くと、誰に言うでもなく静かな空に向けて呟く。
「兄な………、」
見てくれやしたか?
その声は、笹色の空間に空しく響いた。
「兄な……、俺は、もう」
兄なのとこに、逝きてぇんです、
鮮血滴る大鉞を肩に担いで、少年はそう言った。
大鉞から血が垂れ、少年の頬を伝った。
それは、涙のようにも見えた。
(日記の短文。)
(川獺がお亡くなりになった辺り。)
***
【貴方の為に出来る事】
「俺ア兄なが望むなら世界すら壊してみせまさア」
純粋でありながら邪悪そのものの顔をして、少年は笑う。
「あー、嘘だと笑わねエで下せぇよ兄な。こちとら本気なんですからねィ」
茶化す様に少年は笑うがしかしその眼の奥は笑ってなんか居なかった。
正しく依存に相応しい、それは狂った笑みである。
対する青年は苦笑いを浮かべた。
「誰もお前の話が嘘なんて言ってねえよ、赤虎。」
「嘘たア言ってねえですけど。でも、信じちゃあ居ねえ。そうじゃねェですかィ?」
「ははっ、多大な被害妄想だなー、」
青年が更に苦笑すると少年は存外に整ったその顔を青年の前にずいと突き出した。
「兄な、俺ァ冗談でこんな事ぁ言いませんぜ?」
真剣な表情は、話を茶化す事は許さなくて。
青年は苦笑いを止めて、少年に向かって言った。
「それは要するに、さ、」
「はい、」
「俺の為なら何でもしてくれるって云う比喩?」
「そうですが、」
少年が頷くと青年は笑った。
「じゃあ、俺は 。」
少年はその言葉に黙っていたが、
暫くしてはにかんだ様な苦笑に近い笑みを浮かべた。
「――全く、兄なにゃぁ敵アねえなあ…、」
『じゃあ、俺はお前の幸せを望んでやるよ。……俺の為なら何でもしてくれるんだろう?』
(少年特有の、虚構でありつつも本当の気持ちであると云う矛盾した言葉は青年にとっては懐かしいものだったのかもしれない。)
(青年の方が一枚上手。)
***
【あるとるいずむ】
「倖せなんて、人それぞれなんだよ。」
彼は襤褸雑巾の様な姿で、歪んだ笑みを浮かべた。
痛ましい程に、彼は傷だらけの血塗れで。
思わず自分の顔が引き攣って仕舞うのが分かる。
これは、彼に対する怒りだろう。
いつもギリギリでこの人は自分を捨て道を選択するのだから。
自分すらをも騙し込んで、自分すらもそれを望んでいると云う振りをして。
自らを蔑ろにする、
これは、彼に対する怒りなのだろう。
「…倖せなんて、訳の解んねえモンをアンタが傷つく大義名分にしねえで下さい。」
正直言って、虫唾が走るんでさア。
兄なみてえな自己犠牲主義。
そう言った自分の声は、罵倒に満ちる筈なのに、
ただ泣き出す一歩手前の様に震えていて。
これは、悲しいと云う気持ちに似ているのだろうかとぼんやり思う。
「ごめんな、」
彼はそんな俺を見て。
傷だらけの手であやす様に俺を撫ぜた。
(赤虎さんと川獺さん。)
(川獺さんは自己犠牲を厭わないよりかは率先して自分を痛めつける人だと思う。)
(自己犠牲は日本では美徳とされる所だし、私も嫌いじゃないんだが(綺麗だけど、美しいけど美しいだけ余計に)悲しいよねって。 )
***
その日、一人きりの儀式はいと秘めやかに行われた。
【少年儀式】
真新しい鑿を逆手に握り、もう一方の手で左の耳朶を掴む。
随分前から氷を当てて冷やしていた鑿と耳朶は、手の感覚を喪失する程に冷たかった。
「…よし、」
すう、と息を吸って、鑿を耳朶に宛がう。
決心が鈍らない内にそのまま鑿を突き刺した。
ブツッ、
「――っ!」
柔らかい耳朶は鋭い鑿に拠って円く風穴が開いた。
良く冷やしていたといえどもかなり痛かった。思わず顔を顰める。
鑿を勢いをつけて耳朶から引き抜くと、そこから垂れた血が肩口に落ちた。
「っ、あー…痛ェ、」
痛いと呻きつつ、ずくずくと疼く出来たばかりの風穴に一箇所を開いた鎖の断片を通す。
鑿の直径では足りなかったのか、穴がきついらしく中々通りが悪かった。
更に血で手が滑り、大層遣り難い。
「っあー、くそ。痛えぞこれ。」
暫く鎖と格闘して遂に耳朶に鎖を通す。
耳朶は余りの痛みにもう感覚を失ってしまっている様なのにその癖やけに脈動して、そこに通った鎖の存在を鮮明にしていた。
ずくん、 ずくん、 ずくん、
ずくん、 ずくん、 ずくん、
ふと思い返した様に懐に入れていた鏡で耳朶を確認する。
「……へへ、」
何故か顔が緩んだ。
左の風穴に、鈍色の鎖が光る。
――鎖。
――鎖、真庭忍軍の旗印。
真庭忍軍。
十二頭領。
獣組。
獣組指揮官。
――真庭川獺の部下の証。
「……へへ、痛エや、兄な」
少年は自身の耳朶の鎖を弾いて笑う。
少年は痛みに忠誠を誓った。
+++++++
赤虎の左耳の鎖について。
…うん。
15歳位に自分で開けました。立志のつもり。真庭忍軍を一生裏切らないってゆう誓い立て。
細かい設定としてあの鎖は川獺のものの一部だと云う事にしてみます。川獺に傾倒してる感じで。
けど依存しまくりとは言っても赤虎なんできっと川獺に負担を掛けない程度にしか本人に気付かせるつもりはないと思う。
***
さくさく、
軽い音を立てて、髪が足元に落ちていく。
さくさく、
さくさく、
姿見に目を遣りながら、小刀でぞんざいに髪束を断つ。
「……髪、切ったんですか赤虎」
姿見が急に目映く光る。
振り返れば群青色の人影がぼんやりと見えた。逆光で、輪郭のみが青く見えている。
「魚組の、文蛤さん」
手櫛で荒く梳いて、断った髪を下へ落とす。
さらさらと音を立てて髪が下に散った。
赤い、髪。
まるで血溜まりの様だ、と思った。
「…長かった髪を切ったのは、彼が亡くなったからですか。」
群青色は感情の籠らぬ声音で問うた。
「そうだ、とも 違う、とも言えやすねエ」
力無い微笑みを人影に向ける。自分は今、普通に笑えているのだろうか。
そんな疑問を抱いた。
「それが、貴方なりの追悼ですか」
「あァ、かも知れやせんねィ」
すっかり短くなった髪に触れる。
切ったばかりの髪は、ごわごわと犬毛の様に手に刺さる。落ち着かない。
それを髪を切った所為ばかりとは思わなかったが。
「…赤虎、」
「ぁいサ、」
「後追いなんて止しなさいな。彼に、迷惑です」
「……知ってまさア、」
足元に散らばった髪を再び見て、
何故かぼやけて滲んでいく赤色に、刺された様に心臓がずきりと痛んだ。
(川獺さんお亡くなりから少し経って、赤虎の精神状態が比較的落ち着いた段階の話。)
***
【無題】
「…君が赤虎君?」
「へェ、そうですが。」
「ふぅん。 さお、君の事嫌いかもー」
「…………はァ、それは随分と好戦的な…」
「あはは、 だってさあ…」
「君のその目、役に立たないじゃん。
川獺くんの役に立ちたいとか言う癖にサ、 それでどうやって任務をこなせるっての? ねえ、赤虎君て実はすっごい馬鹿でしょぉ?言われない?」
「…よく、言われやすね」
「あはは、やっぱりぃ〜? それで良く獣組指揮官の役に立ちたいとか思ったよね?それも言われない?」
「それもまた、よく陰で言われやすねェ。コソコソと、厭らしく」
「うん、さおも時々言ってるけどぉー」
「………はァ、それはどうも」
「あっはっは、冗談だよ。冗談。そんな顔ひきつらせないでよぉー。 ううん、やっぱさっきの嘘。さお、君の事気に入ったかも。」
「自分衆道の趣味は無ェんで、男に好かれようと気に入られようと兄な以外じゃあんまし嬉しくねェんですが」
「うん、そういうはっきりしたトコ、結構良いよね。」
「……はァ、そうですかィ? この性格の所為で結構嫌われたりするンですがねェ」
「そう? まあ、歯に衣着せぬ、って感じではあるよねえ。」
「……はァ、」
「あれ? 褒めたんだよ?喜んでよ」
「……ど、どうも」
「あはは、如何致しまして。 って訳で経理部へようこそ」
「…お世話になりやす。獣組副頭領の牡鹿さん」
「はい。こちらこそ宜しくねー」
(赤虎と牡鹿さんの会話。)
(こはだ様より牡鹿さんお借りしました。)
(赤虎は牡鹿さんに全力でいびられれば良いと思い、ぼろくそに言って貰いました)
***
【愛とは痛いものです】
「赤虎ァ」
「…何だィ優猿」
三つ編みをくるくると弄びながら優猿が肩に寄り掛かって来る。
「お前、川獺センセの部下ンなったんだって?」
「誰に聞いた?」
「妹ォ。」
「……あっそ、」
「あれサ、冷たい反応だねィ」
「お前に色好く返事するくれエなら俺は身売りを始めてやらァ」
「……どんだけ俺が嫌なのサ、」
「しょげかえンなィ。……まあ、それは置いといて。優猿お前何しに来たよ?」
「酷いねェ。 うるはしの赤虎を祝う為さね」
「…はァ?」
「…あからさまに嬉しくねェって顔しなさんなよお兄さん。傷付くわあナ」
「ほざいてろィ。」
肩重い。退け。と頭を引っぱたく。
痛ア、と大袈裟に叫んで優猿は退いた。
「酷いお人だねェお兄さん。痛いじゃアないかい。」
「男にひっ付かれるなんざァ御免だね」
「ふん。川獺センセには自分から抱き付く癖に…っ、痛ア!」
盛大な音を立てて頭を張る。
「兄なは別だよゥだ、」
笑ってやると優猿は頭を押さえてぼそりと言った。
「…あかとらぁ、」
「何だィ」
「愛が痛……いっ! またぶったァ!!痛エよ馬鹿虎!」
「知らないねェ。お前さんが悪いンだろうが」
計三回。
石頭を叩いた手がじん…と痺れた。
嗚呼、こんな奴、叩く手が勿体無いってのに。
「……あかとらぁ、」
「……無駄口なら聞かねエよゥだ、」
「違うよゥ。 センセの部下ンなれて良かったねイって。おめっとさん、」
「…………ふん。」
優猿が懲りずに寄り掛かって来る。
手が痺れていたので、また頭を張るのは止してやった。
(赤虎と優猿。)
(優猿は赤虎の従兄。)
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