メッシスで行こう!

□愛読書
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【アーエルの日記】
あたしたちコール・テンペストが辺境警備のボロ船メッシスに左遷されて一ヶ月…平和と言えば聞こえはいいけど、近くに重要な拠点がないから戦闘らしい戦闘が全然なくて退屈してたんだ。ドミヌーラから告げられた久しぶりの出撃命令は、あたしにとっては朗報だ。
「だったら呼んできてくれない?」
「…あたしが?」
出撃の前にドミヌーラから何か話があるみたいで、コール・テンペスト全員メッシスのブリッジに集合って言われたんだ。でも部屋に全員揃ってなかったから、あたしがネヴィリルたちを呼びに行く羽目になったんだよね。
いや、でもカイムやマミーナじゃなくてよかったと思うよ。あの二人、レギーナでも何でもないドミヌーラにあれこれ指図されるのがよっぽど気に食わないみたいだから…
「ロードレアモン。ドミヌーラが呼んでるよ。出撃命令が出たみたい」
メッシスの図書室だ。ロードレアモンは何だか熱心に本を読んでるみたいだ。
「私をわざわざ呼びにきてくれたの?」
「ドミヌーラに言われて仕方なく来ただけだよ」
何の本かな?あたしは読書なんて滅多にしないし、メッシスの図書室にどんな本があるのか全然知らないや。
「やっぱりわざわざあらたまって全員呼び集めるほどの話じゃなかったわね」
集合したブリッジで今回の任務が遺跡調査だって聞かされた。戦闘じゃないのか…拍子抜けだなぁ。マミーナも“くだらない話だ”って思ったみたいで、軽くドミヌーラに嫌味を言うのも忘れない。
「無駄に戦火が広がらなくて結構な事じゃないか」
日頃から戦争が嫌いと公言するユンが言った。
「そうですよね…本を読む暇もなくなるし、攻撃を受けたら貴重な書物も焼けてしまいますから」
出撃命令が出ても本の心配なんて、ロードレアモンはそこまであの本に夢中なのか。
「いったい何の本──」
「アーエル」
つん、と下から引っ張られる。あたしの服の裾をつかんでるのは…
「リモネ?…何だい?」
リモネから声をかけてくるのも珍しい気がするな。
「ちょっと倉庫に付き合ってくれる?」
「倉庫?…いいけど」
図書室よりはマシかな。
「アーエルは誰とパルを組むの?」
「え?…うーん。別に誰でもいいかな。今回は単なる遺跡の調査みたいだし、戦闘じゃないなら」
戦闘だったらネヴィリルがいいけど、雑用みたいな任務だったらわざわざネヴィリルに頼まなくても…
「このお菓子、美味しいよ♪」
「くれるの?」
リモネはお菓子が大好きで、いつもリュックにいっぱい詰めて持ち歩いてるんだよね。
「あげてもいいけど、今日の出撃でパルになってくれる?」
「アハハ。それくらいお菓子がなくても引き受けるよ」
リモネなりにあたしに気をつかってくれてるのかな?
「じゃあ一緒に行こう。約束…お菓子あげる」
「ん。ありがと」
船みたいな形のお菓子だ。サクサクの生地を器にしてグラタンみたいに中身が詰まってる。グラタンと違って熱くはないし甘い物だけど…
「おいしい?」
噛めばパリパリと軽快な音がする。
「うん。ナッツが香ばしくて美味しいよ」
平和なもんだな。アルクス・プリーマにいた頃はお菓子どころじゃなかったもんなあ…リモネは相変わらずだけど。
「あ、そういえば…」
「?」
アルクス・プリーマの図書館はメッシスの何十倍も広かったけど…せっかく充実した図書館があっても、ロードレアモンも読書どころじゃなかったのかもしれないな。
「リモネはメッシスの図書室にもよく行くの?」
アルクス・プリーマではリモネがよく図書館にいたっけ。お菓子食べながら本を読んでたり…
「あんまり。メッシスの図書室は小さくて本の種類も少ないし、手が…」
「手?…ああ、ほこりっぽくて手が汚れるからお菓子を食べながら読めないんだろ?」
「…違うもん」
メッシスは狭くて古いボロ船だもんな。図書室だって長い間まともに使われてなかったんじゃないかなぁ。

【メッシス・倉庫】
メッシスの図書室は狭いから、半分くらいの本が高いところにあって手が届かないの。アルクス・プリーマの図書館は設備がしっかりしてて、高いところの本も取りやすいし、司書の人がいつもいて頼めば取ってくれた。
パライエッタやドミヌーラは背が高くていいな。アーエルは…そうでもないけど。
「ロードレアモンが読んでた本?」
「さっき呼びに行ったとき熱心に読んでたんだ。リモネなら知ってるんじゃないかと思ったんだけど…」
頑張って読む本?それとも頑張るために読む本かな?
「お菓子作りの本かな?」
「いや、ロードレアモンは料理なんてしないだろ?」
「さあ…?」
マミーナはお料理が得意だから本を読まなくても上手に作れるし、やっぱり料理の本は上手じゃない人が読むものじゃないかな?
「まあいいや。直接聞いてこよう」
「うん。またね、アーエル」
アーエルはロードレアモンの本が気になるみたい。
私も料理はしないけど、お菓子の本は楽しいから好き。どれも美味しそうで、何でも食べたくなっちゃうよね。
しばらくして出撃の時間になってデッキに集合。アーエルとキスして、一緒にシムーンに乗り込む。
「結局わからなかったよ…」
ぼやくアーエル。
「え?」
「いや、ほら。さっき言ってたロードレアモンの」
「読んでた本のこと?」
直接聞くって、アーエルはまた図書室へ行ってたみたい。
「教えてくれなかったの?」
「よかったら一緒に読もうって言われたんだけど、読書なんて眠くなりそうだし丁重に断ったよ」
ロードレアモンがアーエルに意地悪するわけないもんね。
「一緒に読めばよかったのに…」
「出撃前に眠くなったら困るじゃないか」
「でも何の本かわかんないでしょ?お菓子作りの本かもしれないよ」
「それはないだろ?まあ、かりに料理の本だとしても料理しないあたしが読んでもしょうがないよ」
結局出撃時間になっちゃって、何の本だったのか聞きそびれたんだって。
「くそー。こうなったら遺跡に着く前に聞き出してやる!」
モリナスたちが乗ってるウェルテクスに向かって通信索を伸ばす。
「アーエル。何の用?」
でも聞こえたのはロードレアモンじゃなくてマミーナの声。
「あれ?なんでマミーナがウェルテクスに乗ってるんだよ?」
「アーエルが急にリモネと組んだから、ネヴィリルは今日ロードレアモンと組んでるのよ」
「あ。そっか」
普段はアーエルが乗るウェントスのアウリーガ席が空いてそこにネヴィリル、後ろのサジッタ席にロードレアモンが乗ったんだね。
で、普段ロードレアモンのパルのモリナスは代わりにマミーナと組んでるんだって。
「アウリーガ同士で組むなよ…」
「そっちも同じでしょうが。遺跡調査くらいなら別にどっちでもいいわよ」
「と言いつつ今日も結局マミーナがアウリーガじゃないか」
「当然よ。組む相手はどっちでもいいけど私は絶対にアウリーガって決まってるの」
「やれやれ…」
アーエルは今日はサジッタで、私がアウリーガ。
「そういえばロードレアモン、ネヴィリルと仲いいよね」
私やアーエルが来る前からコール・テンペストでずっと一緒だったからかな?
「誰かさんと違って自己主張が激しくないから付き合いやすいんじゃないの?」
「マミーナのこと?」
「あなたの事よ。アーエル!」
ロードレアモンは真面目で誰にでも優しいもんね。
「まあいいや。ロードレアモンの事ならマミーナに聞けばわかるだろ」
「はあ?あの子の事なんか私は何も知らないわよ」
「大した事じゃないよ。ロードレアモンが読んでた本のことなんだけど」
モリナスとマミーナにも、さっきの話をした。
「出撃前に読むくらいだし、リ・マージョンの本じゃないの?」
「それってマミーナが読んでたやつじゃないか」
「別に持ち出したわけじゃないんだから、ロードレアモンだって読むでしょ」
「そうかなぁ…」
「きっとシムーンの本よ♪」
黙って聞いてたモリナスが会話に入ってくる。
「そんな本あるの?」
「あるわよ。メッシスの図書室に置いてるかどうかは知らないけど」
「あるんだ…でもそれ、完全にモリナスの趣味だよね?」
モリナスはシムーンが大好きなんだよね。出撃がない時でもメンテナンスとか言って毎日シムーンをいじってるみたい。
「あなた、いつもデッキや格納庫に入り浸りじゃない。本なんて読んでるの見たことないわよ」
「そりゃあね。本物のシムーンに乗れるのに本で見る必要ないし。私が読んでたのはシヴュラになる前ね」
「機械ヲタクのモリナスでも今は読まないのにロードレアモンが読むわけないでしょ」
「えー?じゃあ飛行機や船の本?」
「だからそれもモリナスの趣味だろ…あたしはロードレアモンが読んでた本が知りたいの!」
別の方向から通信索が伸びてきて…
「なになに?何の話?私も混ぜて♪」
フロエの声。アルティたちのチューボだ。
「無駄話ばっかりしてたらまたパライエッタに怒られるよ…」
「いいじゃない。アルティだっていつも頭の中はカイムでいっぱいのくせに」
「大きなお世話!もう、私は注意したからね」
アルティはパライエッタに怒られることより「パラ様を困らせるな」ってカイムが怒るのがイヤなんだよね。
「…で、ロードレアモンが何の本を読んでたのかなって」
「んふふ。女の子が夢中になる本っていったら…」
「やっぱりお菓子の本?」
「違うよー。もう、リモネはお子様なんだから」
むーっ。ネヴィリルやドミヌーラだってお菓子は好きだもん。
「ファッションとか占い、おまじないの本とか、いろいろあるけど…ロードレアモンでしょ?きっと恋愛小説だよ♪」
「いや、それはフロエの趣味なんじゃないのか?」
「そうよ。ロードレアモンはああ見えて真面目なんだから。あなたと一緒にするんじゃないわよ」
「えー?でも本読んで感動したりするんだよ。それだったらファッションや占いより断然、恋愛でしょ♪」
「そもそもフロエって小説なんか読むの?」
アルクス・プリーマにいた頃、フロエが図書館で本読んでる姿なんて見かけたことないよね…
「えっ。私は…黙って本読んでると眠くなっちゃうから」
「アハハ。あたしと一緒じゃないか」
「私たちより長く一緒にいる割には、フロエの情報もアテにならないわね」
モリナスもアーエルも私も、アムリアがいなくなってからコール・テンペストに来たんだよね…マミーナは昔からロードレアモンを知ってるみたいだけど。
「そこまで言うなら本人に直接聞けばいいじゃん」
「いや、今日はネヴィリルと一緒なんでしょ。今はやめておこうよ…」
アルティの警告に、みんな納得。ロードレアモンに話を聞くのはメッシスに帰ってから…かな。
「ま、私はそんなこと別にどうでもいいけど」
「どうでもいいって…マミーナは気にならないのか?」
「だって、ちゃらんぽらんのフロエや機械ヲタクのモリナスじゃあるまいし」
「ちゃらんぽらんって何よー!」
「真面目で気弱なロードレアモンが、私たちが驚くような変な本なんか読まないと思うわよ。せいぜいテンプスパティウムの教典か神学書、多少踏み込んでリ・マージョンの本ってとこじゃない?」
マミーナは、やっぱりロードレアモンのことはよくわかってるのかな?

【再びメッシス】
遺跡を狙って現れた礁国軍を撃退した私たちは、幸い負傷者もなく無事メッシスへ帰還。パルの組み合わせもバラバラのまま急な戦闘だったけど、私もネヴィリルの足手まといにならなくてよかった…
ずっと出撃が無かった分、訓練は毎日できたし…それに読書も役に立ったのかも♪
「ロードレアモン!」
シャワーでも浴びに行こうと準備をしていたら、
「フロエ?…と、リモネにアーエルまで…どうしたんですか?」
「ちょっと一緒に来てもらうよ」
「は、はあ。別にいいですけど…」
三人からシャワーに誘われたけど…
「珍しいですね。アーエルまで私に声をかけてくれるなんて」
「だって、このままじゃ気になって眠れないよ」
「うん。気になる…」
「私にも聞かせて!」
「えーと…何がそんなに気になるんですか?」
もしかして、ネヴィリルとパルになった感想を聞きたいのかしら?
「教えてよー。どんな情熱的なラブストーリーなの?」
「えぇ!?そ、そんな。ネヴィリルと私はそういう関係じゃないですよ」
「どうしてネヴィリルが出てくるんだ?」
「パルになった感想を聞きたいんじゃないんですか?」
「違うよ。聞きたいのは本のこと。さっきロードレアモンが読んでた本!」
「お菓子作りの本じゃないの?」
「マミーナはテンプスパティウムの教典か神学書だって言ってたじゃないか」
「それじゃ全然ロマンチックじゃないー!」
私が読んでた本が何なのか、ですって。そんなことを三人そろって聞きに来るなんて…
「ふふふ。じゃあ、出たら三人にも見せてあげます♪」
私にぴったりの素晴らしい本だけど、きっとアーエルたちも読めば感動しますよね。
「わくわく♪」
「えーと、なになに…」
図書室に集まって、何度も読み返したページを開いて見せてあげました。
『自分を好きになれ!』
『反省はしろ。後悔はするな』
『勝ち負けなんか、ちっぽけなこと。大事なことは、本気だったかどうかだ!』
「もっと熱くなれよ!…なにこれ?」
「とっても情熱的でしょう?」
「テンプスパティウムの教え…には見えないけど」
「海外を飛び回って活躍したという、ある教官の言葉を集めた本なんです。見ていると私でも、ちょっぴり自信が湧いてくるんですよ♪」
力強く励ましてくれる名言の数々に、三人とも言葉にならないくらい感動して…
「…帰ろっか」
「そうだね」
「部屋でお菓子食べようっと」
「あ、あら?もういいんですか?」
やっぱり、読書も向き不向きがあるのかも…コール・テンペストだけでも十二人いるんだし、感じ方は人それぞれですよね。
この本、今度ネヴィリルやマミーナにも教えてあげようかしら♪

(後編へ続く→次頁)
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