メッシスで行こう!

□発熱
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はじまりは、あの日だったか。先月末のアニムス祭(宮国では別の呼び名も、本来これはプルンブム嶺国の風習であることから)。あのときアーエルにドレスを着せたロードレアモンたちは、さらにパライエッタの提案でネヴィリルにも協力を要請し、髪をセットし化粧を施して見事に変身させた。その姿を見たある少女は、不覚にも…アーエルにときめいてしまった。
そんなアーエルの“仮装”もその日限り。翌日にはいつものアーエルに戻っていて、それで自然に終わったことのように思えた。

「へぷしっ」
今日も開いたままになっている食堂の窓から、冷たい風が吹き込む。
「なに奇声あげてんの、アーエル」
言いながら窓を閉めるマミーナ。開けたのはアーエルだったが。
「奇声って…くしゃみだよ」
心外そうに、アーエル。
「誰か噂でもしてるのかしら?…狙われてたりして」
わざとらしく怪しい笑みを浮かべながら、マミーナ。
「や、ちょっと風邪気味かも…」
そう言ってマミーナからティシュを受け取るアーエル。
「安心しなさい、アーエル」
アーエルの肩に手を置いて、マミーナ。
「なんか特効薬でもあるの?」
ハナをかんだティシュを丸めてゴミ箱に放り込むアーエル。外した。
「バカは風邪ひかないって言うでしょ」
アーエルの頭を小突いて、落ちたゴミを指さすマミーナ。拾いに行け、という指示だ。
「なんだよー」
叱られた子供のように口をとがらせて、アーエル。
相変わらず仲良くじゃれ合う(?)二人をぼんやりと眺めているユンの隣で、リモネが新聞を読んでいる。
「あら」
その隣で声をあげるロードレアモン。新聞をのぞき込んで、何か面白い記事を見つけたようだ。
「これって、ユンのことじゃない?」
何事かとアーエルたちも集まってくる。
ロードレアモンが記事を読み上げる。それは「女の子が“オレ”と言うことについてどう思うか」という議論がちょっとした話題になっているという内容だった。
「そういえば、うちにも一人いたわね」
先に(ロードレアモンが)ユンだと言っていたのに、からかうように遠回しな言い方をするマミーナ。
「話題になるってことはさ」
フロエが話に割り込んでくる。
「変、ってことじゃん」
ユンには初対面のときから何かと突っかかるフロエ。
「それで迷惑をかけてるわけじゃない」
あくまで冷静に、ユン。
「サジッタとして劣るというなら別だが」
ユンにしては珍しく皮肉をこめた言葉。
コール・テンペストのサジッタ(シムーンの後部座席に乗るナビゲーター兼砲撃手)では、ユンはかなり優秀。シヴュラ・アウレアと呼ばれるネヴィリルも(彼女は本来サジッタではなかったが)、ユンの能力の高さは認めている。
一方フロエはその性格からアウリーガ(シムーンの前席に乗り操縦する者)向きではないかとの声もあり、サジッタとしての技能はまずまずといったところ。
「別に、ずっとサジッタでいる必要ないし」
そう言って話を打ち切ると、フロエは食堂を出て行く。
多感な時期の少女たちは些細なことでたびたび衝突する。ドミヌーラは黙って彼女らを見守っていたが、内心ため息をつきたい気分だった。
「ユンらしくていいんじゃない。あたしは好きだよ」
話題を提供したロードレアモンが落ち込む様子を見て、これまた珍しくアーエルがフォローを入れた。
「え」
ユンの頬が、ぱっと赤く染まる。返答に困ったように席を立つと、去り際に一言。
「…ありがとう」
そんな二人のやりとりを眺めて満足げに微笑むドミヌーラ。アーエルという娘は、よどんだ空気を一瞬で吹き飛ばすような何かを持っている(時々逆効果もあるが)。
ばらばらのコール・テンペストをひとつにまとめるには彼女が必要だ、とあらためて思った。
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