落乱SS illust

□Pure truth
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長らく家を空けていたので、きり丸と掃除をしに帰った、その日の晩。

「せんせ、先生?」
「ん…なんだきり丸」

身を捩って起き上がると不安気な顔をしたきり丸が必死に私の着物の端を掴んでいた。

きり丸はなにも言わなかったが、その手は微かに震えていて、またあの日の夢をみてしまったのだろうなと思った。

「おいで」

布団を上げて入るよう催促した。
こうするときり丸はいつも酷く安心した顔をする。
私はそれを知っているのだ。
そして、きり丸もその事を知っているのではないかと思う。

いつもならやったあと得意気に笑いながら布団に入って来るのだが、どうやら今日は様子がおかしい。

「どうした?」

優しく尋ねると、俯いたきり丸は、肩を震わせて、蚊の鳴くような声で、よかったと呟いた。

それからはたはたと布団に雫を落とすものだから、みていられなくなって抱き締めた。

私はずっと、お前の側に居るよ。
もう不安になんてならなくてもいいんだ。

ちゃんと伝えてやりたい。
けれど、きり丸は信じる事が出来ないのではないだろうか。
ずっと続くと信じていたものも、目の前で一瞬にして消え去ったのだから。

そんな絶望を、幼くして、その身に染み込ませてしまったきり丸に、果たしてその様な軽率な言葉を与えてしまっていいのだろうか。

…正直わからない。
だからこそ今は、こうするしかなかった。

力の限り抱き締めた。
きり丸が潰れてしまうんじゃないかと思う程に。
今までこんなに激しく乱暴に抱き締めた事は一度もなかったが、力を緩める事など出来なかった。

これで、なにもかも忘れてしまえばいいのだ。

そして、私のこの臆病で伝え切れない想いも、きり丸を愛しく想う気持ちも総て、凡て。

伝わって仕舞えば いいのに、

苦しそうな息遣いが訊こえ、ハッとしてきり丸を離した。

私はなんて卑怯なんだ。

「すまないきり丸、大丈夫だったか…?」
「…、はい」
「…本当に悪かった」

辛いのはきり丸だというのに取り乱してしまった事が、一方的になってしまったことがどうにも罰が悪くて、眼を合わせる事が出来なかった。

今きり丸はどんな顔をしているのだろうか?
それが悲しい顔で無いことを祈った。

俯いていると、きり丸が私に抱き着いてきた。

精一杯の力で強く、肋が少し痛むくらいに。

何も言わずに回された腕が今は頼りなく震えていないことに気付き、私は途端に、自分が情けなくなった。

ずっと側に居たい。
ずっとすぐ横で、きり丸の成長を見守ってやりたい。
決して手放したく、失いたくないのは私も同じだ。

だから、何も伝えられなくても、精一杯抱き締めてあげるだけで、きり丸はこんなにも安心してくれたのだ。

私はそれだけきり丸に愛されて居るというのに、今までそれにすら気が付くことが出来ずに、信じる事が出来ないのではないだろうか。だなんて。

そっちの方がよっぽど軽率だ。
本当に不安だったのは私の方なんじゃないのか?

私は、今度は優しくきり丸の腰に腕を回した。

もう不安になどさせない。
もう二度と失わせない。

「私はずっと、お前の側に居るよ」

この世に真実があるのなら、これが私の、最も純な真実。










2010.9.12

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