落乱SS illust

□罠
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夜も更けて来た頃。
私は此処で人を待って居る。

「おや。きり丸。」
「綾部、先輩…?」

何も答えない私に、きり丸は困った様に笑ってみせた。
私はその笑顔を無視してきり丸の腕を引き、自らの腕の中に包み込みながら、今日一番美しく掘れた蛸壺へと飛び込んだ。

(偽りの笑顔など、私には必要ない。)

浮遊感が消え、聴こえたきり丸の小さな呻き声に、きり丸が穴へ落ちる瞬間みせた、これまで観たこともないような無防備に驚いた表情を、今まさに観ているかのようにはっきりと、まるで脳内に刻み付けるかのように思い出した。
蛸壺が生み出す より一層深い暗闇は私たちを包み、土の匂いは優しく鼻先を撫でる。
腕の中のきり丸の体温が、此処のひんやりとした空気に合い、心地よい。

「先輩!なにするんすか!」

密着した中、きり丸が私を見上げてそう叫んだ。
私もまた、見上げてみた。
穴の終わりは地上から幾分離れ過ぎ、見上げると美しい円形に切り取られた星空が ただそこにあった。

先程から何も応えようとしない私に、きり丸は痺れを切らしたのだろう。
もういいです。と言った切り、なんとか自力で這い上がろうと垂直の土壁に爪を立て、足を立て、必死になってもがいていた。

しかしそれも、半刻としないうちに諦めて、誰か小銭落としてくれないかなぁ…等と呟きながら私の膝の上で小さな膝を抱えてさらに小さく蹲(うずくま)ってしまった。

観ていて飽きない。
私が人間に対して、始めてそう感じたのがきり丸だった。

きり丸、

私は遂に口を開いていた。
今の今まで全くの無音だった私から発せられた音に、きり丸は大層驚いた風に眼を見開くと、視線だけをこちらへ向けた。
今となっては私しか喋る者も、頼る者も、すがる者も、何も無いきり丸は、その唯一が全く反応を示さないので、今までさぞかし不安だったであろう。
同様に、此処には、私ときり丸しか存在しないのだから、

「ここなら声をあげてもどんな顔をしても、誰にも観られない。」

空気が揺れるのがわかった。
必死に、音を起てまいと嗚咽を呑み込む微かな音。
私はそれを聴いて眼を閉じた。
幾分慣れたとはいえ、深い暗闇の中で、初めからきり丸の顔などはっきりとは観えていないのだったが。

「きり丸、」

私はもう一度、今度は確りと名前を呼んだ。

私の背中に細い腕が回された。
それは力強いような、必死にすがりつくようなものであった。
何度も何度も私の着物を握り直し、まるで、私という人間が確かに此処に存在しているのか否かを確かめるような頼り無いもので、私は胸に広がる温かい湿った感覚を感じていた。
それがきり丸の涙であることは、その切な気なか細い腕が私の背に爪を立てる前から気付いていた。

私は知っていたのだ。
たまにこの時間になると、きり丸が一人で部屋を抜け、此処へ来て泣くことを。
私がそのことを知ったのはごく最近のこと。
一体きり丸は、何時からそうやって人目を忍んで泣く様になったのだろうか。

私も漸(ようや)く、そんなきり丸の背に腕を回した。
これでいい。

肩に顔を埋めると泥の匂いに混じってきり丸のいい香りがした。
柔らかい髪に頬擦りし、一度大きく呼吸をする。

夢にまで観た、歓喜の瞬間(とき)。

「今日は月が綺麗だ。」

(涙を誘う為に穴へ落とした卑怯な私を知っているのは、円から覗く月だけ。)

それで良かった。

唯、きり丸と共に居たいと思った。
強がりの裏に隠した普段観せない弱い顔を観てみたいと、観せてほしいと想い願った。

どれも、いつだって 私だけに。
その為にはやはり、ここへ落とし一芝居打つのが得策だと私は踏んだのだ。
そして凡てが上手くいった。

ねぇきり丸、
お前の中に聳(そび)え立つ虚勢を、これから私が突き崩してあげる。

再び眼を閉じ、きり丸の背に爪を立てる。
それは何れ、この者が私の所有物である証となるだろう。

耳に馴染む嗚咽を、私は一つも聴き逃すことはなかった。




ああ、

私はお前のことをこんなにも、















20101212

綾部のキャラがいまいち掴めない。
そして、きり丸はまんまと
綾部の罠に嵌って
綾部の事を好きになったり
すればいいなー!

毎回わかりにくい文ですみません。
お付き合い下さりありがとうございました。










  

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