利団部屋

□優しい涙
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団蔵君は感受性が豊かだ。人の喜びを自分のことのように喜び、幸せを願うことができる。人の不幸を喜び幸せを妬むこの時代に、なんと素晴らしい子供だろうか。
しかし逆を言えば、人の悲しみも自分の悲しみとして受け止め涙を流す。人の不幸を悲しむ。人を踏み台にしてあがることができない。
それはとても立派なことで大切なことなのだけれども、忍びとしては不合格。

忍者は護衛から殺人まで様々な依頼が来る。自分の手で肉の感触を直に感じながら殺めることもままだ。きっとこの子の場合それができない。任務を受けたとしても、泣きながら、敵のために、いくら名の通った悪を殺めるときでも、涙を流す。
痛みを感じ、生を喜びに感じている彼だからこそ、死の瞬間は目を逸らしたくなる。私も人を何人も殺めてきたが、死ぬ瞬間は見慣れない。生きようともがく者が動きを止め、ただの肉塊となる。仲間内では、あえて見ないようにしているという者もいた。どうしてもその姿を見ようとすると目をつむってしまうようだ。

だけど、そうすればいいのに、団蔵君は目を逸らさないだろう。ずっと、泣きながら見ている。自分の犯した罪を、自分が奪った命が黄泉へ渡るのをしっかり見届ける。

小さな背中に死を背負い、それでも前へ進まなければならないと、重みで崩れ落ちそうになりながらも必死に立ち上がり続ける。



「――…」



仲間の死を見たくないこの子は、数年もすれば真っ先に死線へ立ち向かうだろう。
自分が傷つくよりも仲間が傷ついたほうが傷口は深い。ならばいっそのこと自分が。

失うことの辛さは誰よりも分かっている。自分自身が死んだとき、周りがどれだけ悲しむかも充分に分かっている。それでも死へ急ぐ。



「団蔵君…」



きっと。
これから成長して忍びとして強くなっていくと同時に、いくつもの悲しい出来事が起こるだろう。
最初は声をあげて泣いていた子供も、声を出さないことを覚え、ハラハラと静かに泣く。せめて声を出したほうが楽なのに、いっそのこと泣かないほうが楽なのに、涙を流す。
唇を噛みしめ血に染まった手で涙を拭く。その血を見て、また泣く。

重いものを背負っていても、みんなの前では笑う。
強がっているのではない。自分が泣けばみんなを心配させてしまうから。命の重みを分かっているからこそ、余計に。



「なら――」



ならばせめて、私の前では泣いてほしい。
声をあげて、子供のように泣きじゃくってほしい。

団蔵君が背中に抱える悲しみを、共に背負わせて欲しい。

きっと団蔵君はそれに反対する。だけど私たちは恋人同士、喜びも悲しみも笑顔も涙も共にしたい。

大丈夫だよ、団蔵君。私は君を残していかない。こんな小さな君を、誰が残していけるだろう。
成長し身長が伸び、大人びた顔になっても私にとって君は小さいまま。そう言ったら怒るだろうな。けど。

五年後も十年後も、君が笑っていられるように。君が声を出して泣けるように。



「団蔵君…?」



見ると、目から溢れる小さな滴。眠りながら泣いている。子猫の夢でも見ているのだろうか。
温かな涙。悲しみの涙。
頬を伝うそれを拭い、そっと唇を重ねる。

私も涙を流した。



「大丈夫…」



私は、ここにいるよ。
小さな手を握り締め、私も寝転がった。









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