□座敷童
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「…名前は何ていうのかなあ」



気になる。強烈に気を引かれる。
その話をしてから数ヵ月後の夏休み、祀ってあると思われる場所に行くと団扇と水、スイカが供えてあった。
木は緑色の葉を誇らしげに広げ、広い広い日陰を作る。ミンミンゼミがうるさいくらいに鳴いて、風が吹くたびに木の葉はザワザワと揺れる。その風に揺られるように僕の赤茶の髪の毛もなびいた。
その木は大きくたくましい。汗が額からあごへ流れ落ちる僕の前に、力強くそびえ立っていた。

夜になってみんなが寝静まった頃、僕は鋤を片手にあの木の場所へ急いだ。
これが許されることではないことは分かっていた――供え物がしているところを掘り起こすこと。
これは鬼畜の所業だ。普通の人間がこんなことするわけない。人の道からそれる。
だけどそれでもいいと思った。僕に兄弟がいると確かめられるなら。この下に人がいると分かるなら。



「よっ…と」



鋤を土に差し込み、綾部先輩を真似してザクザク掘って行く。残念ながらすいすいとはいかないけれど、穴は確実にゆっくりと深く深く掘り下がっていった。

夜でもまだ暑いからすぐに汗をかく。何度も何度も額を拭いながら下へ、下へ。
蛍が飛んでいるのが見えた。すぐ側に川なんてないのに。

ザクザク、ザク、ザク。

と、そのとき鋤が硬いものにコツンとぶつかった。僕は慎重に掘り進める。蛍が何故か多くなる。

それは小さな木箱だった。七十センチあるかないか。
僕はそれを丁寧に持ち上げ土を払う。軽い。箱を揺らすとカタカタと音がした。
深呼吸をしてからそのふたを開ける…。覚悟も心構えも充分にあった。心臓がうるさい。ドクンドクン、と脈拍は速く音だけやたら耳に響く。



「…ひっ…!」



思わず悲鳴をあげるところだった。箱の中身は…やはり人が入っていた。白骨化して悪臭が酷い。間引きして火葬などはせずそのまま木箱にいれたのだろう。
木が腐っていないのが不思議だ。中身は腐って骨だけなのに。

僕に兄弟がいたことは現実だ。庄左ヱ門の言うとおりだ。
僕が兄か弟かは分からないけれど、この木箱の子は僕と兄弟なんだ。そして家を守ってくれているんだ。



「名前は…?」



返事があるはずもないのに骨に向かって問いかける。ふわん、と蛍が横切った。
ハッとして木を見上げると、闇に舞う光が幻想的に木に集まっている。何度も言うがこの近くに川はない。ということはどこから?



「団蔵だよ」



いきなり声がして肩が震え上がった。そして蛍が舞う暗闇から足が現れていく。僕はただ黙ってその様子を見ていた。
もしかして――君は――…



「団蔵です。ただいま加藤家の座敷童をさせていただいております」



現れたのは真っ黒な瞳に、赤茶でストレートな僕とは正反対の、ふわふわの同じく真っ黒なくせ毛を持つ少年。恐らく僕と同じ十歳くらい。服は青い着物を着ている。



「やー、すっごいね。まさか掘り返すなんて」



ふむふむとそこを見ながら団蔵は笑う。その表情を見ていると害意はなさそうだ。ただ純粋に驚いているように見える。



「由蔵で間違いないよね?」
「…うん」
「僕らは双子だよ。僕のほうがお兄ちゃん」



にこにこ笑ってお供え物の水を飲む。「ぷはーっ」と親父くさく息を吐いてみせるともとの場所に戻した。
カラスなんかじゃない、本物の座敷童が食べていた。



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