□罪悪感だけなわけない
1ページ/5ページ




「遅いぞ、早く来いよ!」

団蔵がそう言って前を歩くことはもうない。先頭を切って歩く団蔵が歯を見せながらそう振り返ったのを見たのはもう二年前のこと。
今はゆっくりゆっくり山を登る。走ってすぐに頂上へ行くなんてこと、今の団蔵には到底できっこない。低い丘でさえ息を切らしながら歩いて、上へ着いた途端ぺたんと座りこむのだから。



「あ、やばい。薬忘れた」



何度目か分からない休憩の途中、団蔵がしまったと額の汗を拭いながら言った。



「どうして大事なもの忘れるんだ!ちゃんと持ち物確認しろって言ったろっ?」
「うう、伊助ちゃんそんなに怒んないで!」
「これが怒らずにいられるか!」



デコピンを食らった額が一カ所だけ赤くなる。



「なくても大丈夫だよー。今から戻るのめんどくさいし」
「大丈夫なわけないでしょ!今までそう言って大丈夫だったことあった?ほら思いだして」
「…スミマセンないです」



三治郎にまで詰め寄られてしょげ返る団蔵。そりゃそうだ、持ち物の中で一番大事なものを忘れてきたんだから。



「私が取ってくるよ。走れば十五分くらいで戻ってこれるし」
「えー、悪いよ。やっぱいいって」
「よくない。前回薬を飲まずにどうなったか思いだしてくださーい」
「…スミマセン乱太郎取って来てください」



結局乱太郎が走って学園まで戻り、取って来てくれることになった。団蔵は岩の上に腰をかけながら申し訳なさそうに身を丸める。



「団蔵、乱太郎が戻ってくるまでゆっくり休んで。うどん屋まで道中長いから休憩だと思えばいいよ」



僕がそう言うと「ごめんな、俺さえいなければすぐ着く距離なのに」と苦笑された。そういう意味で言ったんじゃない。

額を拭いていた手拭いで首筋、鎖骨も拭く。そのときちらっと見えた腹の傷痕は朱色で、白い肌に浮き出る血管のようだった。

団蔵は二年前大怪我をして以降、別人のように体が弱くなってしまった。
歩くだけですぐ疲れる。走るなんてもってのほか。大口をあけて沢山食べることもできない。以前はぺろりとたいらげていた量の三分の一をゆっくり噛んで食べる。薬も手放せない。
本当はもう忍者なんて目指せる体じゃない。そのことは本人も周りも充分理解している。でも忍術学園に通い続けているのは、まだ少しだけ希望にすがりつきたいのと皆が団蔵と離れたくないからなのかもしれない。

そんな体になってしまった団蔵だけど、元気だけは人一倍ある。月に二、三度気分転換も兼ねてこうやって僕たちで街まで連れだしているのだ。
実技もできなくなってしまった団蔵は、皆の授業風景を見て声を出しているだけ。でもそれだけだと気も滅入る。もう自分にはあんなことできないと分かっていても、体を動かしたくなるのは必然のこと。
だから体調と相談をして、新野先生から許可も貰ってこうやって外出しているんだ。

団蔵が楽しんでくれればそれで良い。僕は幸せだよ。



「…汗止まんないね。体熱い?」



三治郎が氷嚢を取り出す。しかし団蔵は首を振る。



「ううん、久しぶりに結構歩いたからだと思う。水さえ飲んどけばヘーキだよ」



二本目の水筒を開けゴクゴク。
ぺた、と首筋を触ってみるが確かに熱くはない。驚いたのか「ひぃ!」と肩を跳ねあがらせたせいでまた汗がドバッ。



「いきなり変なとこ触んなっ!」
「変って…。ただの首筋でしょ」
「団蔵ってそこ弱いよね。僕も触ろーっと」
「ちょ、氷嚢だけは止めて三ちゃん!」



三治郎は何気に団蔵の嫌がることをさらりとしようとするから困りもの。伊助が手を叩いて「団蔵は今休憩中!」と注意する。ホント母親みたいだ。
団蔵がわざとらしく伊助を盾にして泣き真似を始めた。



「うっうっ、俺に優しいのは伊助だけだ。三治郎はいじめてくるし、庄左ヱ門は漢字の補習で容赦ないし、乱太郎は薬のことになると鬼だし…」



バカだから薬を忘れたときに一番最初に伊助に怒られたことを忘れたらしい。でもすぐに「そもそも団蔵は忘れ物が多い!部屋が汚いから〜」と母ちゃん特有の説教タイムが始まり、早くも前言撤回と叫んでいた。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ