□笹山兵太夫の幸せ
1ページ/3ページ




仕事が終わるとどこにも寄らずにまっすぐ帰るのはいつものことだったが、きり丸が産まれてからは更に一分一秒でも早く家に帰れるように急ぐようになった。

きり丸が産まれて二カ月。団蔵は育休中でずっと家にいる。
きり丸の外気浴以外は家の中にこもりっぱなしで話し相手はもっぱら俺。「兵太夫が帰ってくるとホント嬉しいんだよ〜」と言われたからには、頑張って早く帰らないと。そう言われなくても、俺だって二人に早く会いたいに決まってるからダッシュするけど。

アパートの階段を走って上る。ガンガンと響く騒音はお隣さんに朝とか会ったときに謝っておこう。



「ただいま」



ドアを開けてそう言うと団蔵がリビングからやってくる。腕の中には小さなきり丸。



「お帰り、へーだゆー」



眠そう。ちょっとだけ目がトロンとしてる。対してきり丸は爆睡状態。

もう一度ただいまと言ってキスをすると嬉しそうに笑う団蔵。くそ、可愛い。
きり丸ごとぎゅっと抱きしめるのも毎日のことだ。キスにあわせてこれも最近は恒例と化している。



「今日はどうだった?少しは昼寝できたか?」
「いや〜寝れなかったよ。置こうとすると泣くし…」



…今日もか。そりゃ眠いだろうに。

きり丸は、というか赤ん坊全員なのだろうが、抱っこをしていないと寝ない。
寝たと思ってそ〜っと布団に置くと泣きだして、また抱っこをするとピタッと泣きやむ。これは俺と団蔵の意見だが、背中にセンサーがついてるんだと思う。
特にきり丸は抱っこをして寝入ったと思って置くと火がついたように泣く。この前「何で置くんだよ!早く抱っこしろよ!抱っこしてトントンして寝かせておくれよ〜」って団蔵がアドリブしてて笑った。

しかし一日中そうやって抱っこしてれば肩コリは半端ないし腰痛だって酷くなる。超がつくほどの健康体だった団蔵だが、産後は肩コリと腰痛とお友達で寝る前のマッサージが欠かせない。
そして体を休めることもままならないわけで、絶賛睡眠不足中。まあ、昼夜問わず泣くからな…。しかも団蔵は、俺が昼は仕事で疲れてるだろうからって夜はどうにか一人で頑張ろうとしてるとこがある。そんなの、団蔵のほうが疲れてる癖に。



「じゃ、ずーっと抱っこ?」



団蔵に代わってきり丸を抱っこ。柔らかい。ふにゃふにゃしてる。



「うん。あ、でも二回くらい布団で寝てくれたよ」



二回ぽっちかよ。それでもきり丸にはよく寝てくれたと言うべきか。



「だからご飯とかまだできてない」
「ああ、いいよいいよ。今から作るから」
「ごめんな。なんか気付くとおむつ替えとミルクだけで一日が終わってんだよな〜」



あー分かる。
朝は「ふえ〜」っていう泣き声が目覚まし代わり。ケータイにセットしたアラームより遥かに早く起こしてくれる。
で、ミルク作って飲ませておむつ替える。満腹になると満足して寝るから、その間に今度は俺たちが全速力でご飯を食べる。大体団蔵が抱っこしてる間に俺が食べて、俺が抱っこしてる間に団蔵が食べる。
運が良ければ布団で寝かせても泣かないからここで少し休憩。でもそのうちすぐまた「ふえ〜」ってきり丸が泣いて、ミルクやっておむつ替え。以降、それの繰り返し。
気がつけば夕方になってて「あ、夕飯の準備」ってなるわけ。



「毎日毎日お疲れ様です」



そしてありがとう。
野菜炒め用のニンジンを切って、横に立っている団蔵の頭をなでなで。



「兵太夫こそ。昼も仕事なのに帰ってきたあとに夕飯まで作らせてしまって」
「いや、この状況で夕飯作ってろって鬼だろ」
「へへ〜、そう言ってくれるのが兵太夫だよな!優しい!」



またへらっと笑って頭を擦りよせて甘えてくる。普段はこんなことしないから疲れてんだな。消臭できるゴミ箱に溜まったオムツの量がそれを物語っている。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ