□離すなよ
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息が白い。
大晦日から元日にかけての気温は今期一番の冷え込みだとお天気お姉さんが言っていた。氷に映った自分の鼻の頭は赤く、甘酒の振る舞いには行列ができている。
そんな寒い日なのに体の内側は熱くて熱くて。マフラーはもちろん分厚いコートを脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。

時計を見ると午後十一時二十五分。団蔵との待ち合わせの時間まであと五分。



「先輩!」



人混みをかき分けかき分け団蔵が現れる。左近と同じく鼻の頭は赤い。



「すみません、待ちました?」
「いや。てかまだ三十分になってないし」



この人混みの中走って来たのだろう、髪の毛があちこち別の方向を向いている。それを一生懸命撫でつける団蔵が可愛い。

二人が付き合って初めての年越し。「一緒に初詣行かないか?」と誘ったのは左近から。冬休みに入ったがお互い家には帰らずまだ学園にいたから、今がチャンスと言わんばかりに勇気を出して誘った。
既に虎若たちと約束していると言われたらどうしようと不安だったが、「行きます!」と即答されて嬉しくてたまらなかった。

近くにある八幡宮が混雑することは分かっていたから別の神社を捜したのだが、この人数。確かにいつもテレビに映る八幡宮よりは混んでいないが、それでもやっぱり多い。八幡宮を避けた人たちがこちらへ来るのだろう。



「今から並んでないとお参りできないな」



境内には既に行列ができている。こっちもこんなに混むと思っていなかったから十一時半に待ち合わせしたのだが、失敗だったかな。



「団蔵、お腹減ってないか?」
「平気です。どんべえ食べて来ました!」
「…僕も」



同じもの食べてたのか。赤くなる必要がないのに以心伝心したようで少し赤くなってしまう。

屋台で何か買おうかとも思ったがどんべえを食べてきたなら大丈夫。しかも団蔵のことだからきっと汁までしっかり飲みほしているだろう。
人の流れにのって列へ並ぶ。警備員のおじさんが声を出して誘導していて大変そう。

がやがやと周りの声がうるさいくらい耳に響く。「今年ももう終わりか〜」とか「今年は忙しかった」とか、思い出に浸ったり懐かしんだり。
左近も団蔵と話したいのに緊張して言葉が出てこない。お互い学園にいるとはいえ高等部と中等部で頻繁に会えるわけではない。だから話したいこと、聞きたいことが山ほどあるのにお互い黙って棒立ちしているだけ。

会えない間何してた?陸上部の練習はどう?宿題は?どうせ進んでないだろ?

頭で問いかけることは簡単なのにどうして声にならないんだろう。付き合う前はこんなに緊張しなかったのに。団蔵を茶化す言葉はスラスラ出てくるのに、いざ普通に話すとなるとこんなにも緊張してしまうなんて。

気付かれないように横を見ると、寒いのか手を息で温める団蔵の姿。
「手、繋ごうか」と頭の中で呟いた。けどやっぱり声にはならない。ちくしょうちくしょう、僕のヘタレ。弱虫意気地なし!
手を繋ぎたい。
白くて細めの指は寒さからか少し赤らんで見える。
手を繋いだ回数は何度もある。だけど何回経験しても、この繋ぐまでのきっかけがどうしても緊張してしまってなかなか作り出せない。




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