利団部屋

□すれ違い
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「え、利吉さん来たんですか!?」



団蔵は目の前にいる事務員、小松田秀作に向かってそう大声で言った。大きな漆黒の瞳はぱちくりとしばたかれ、長い睫が揺れている。



「うん、3時間くらい前かな。でも仕事があるからって行っちゃった」



木々がざわざわと揺れた。
団蔵は顔をしかめる。
この前話したときには次の仕事まで大分余裕がある、と言っていたはずだ。
ため口を解禁してもらったその日、団蔵と利吉はまるで壊れた蛇口のように喋り続けていた。途中、一度話した内容をまた話しているのにも気付きながら。
たくさんたくさん、それこそ両手じゃ抱えきれないほどに話したが、その内容は全て覚えている。仕事が忙しくて髪を切りにいけないこと、城主がお見合いをする際、肝心なところで噛んだこと、美味しい茶屋を見つけたこと――・・・・。

利吉の仕草、声は、今もそのときへワープしたように鮮明に思い出される。

団蔵が「今度はいつ来てくれる?」と聞いたときの、「仕事が済んだらすぐに来るよ」と答えてくれた際の利吉の照れた笑みも、だ。


だから、学園の前まで来たのに帰るなんて信じられなかった。



「でも大丈夫だよ、ちゃんと『団蔵君が待ってます』って言ったから!!今度また寄ってくれるよ」



団蔵がショックを受けていることを悟ったのか、小松田は団蔵に負けないくらいのボリュームで声を出した。余りにも大きな声だったので飛ばされるかと思った。

だが「ありがとうございます」と言いながらも団蔵の顔はまだくもったまま。
途中で新たな任務がはいったんだ、忍者ならしょうがないだろ、と心の中では思ってもやっぱり腑に落ちない。約束したのに、とチクリチクリと小さく刺が刺さる。

『怒り』はない。ただ、『悲しい』のだ。

約束してから会うまでのこの期間がどれほど長いものか。こればっかりは経験してみないと分からない。一日が百年、十日が千年にも感じられるのだ。
団蔵は利吉が大好きでしょうがない。団蔵自ら言うのなら、「世界で一番――能高速号はと聞かれたら困っちゃうけど――大好きだよ」。
団蔵の世界がどれほどなのかは良く分からない。しかし団蔵が今まで見てきた人、動物・・・能高速号は除くとして、それを含めたのが『団蔵の世界』なのだ。それだけでも膨大な数だが、その中の1番。

団蔵が、どれほど利吉のことを好いているか。



「・・・・団蔵君・・・」



悲しかった。
悲しかったから、小松田も悲しそうな目をしていることに気付かなかった。



「ごめんねごめんね、僕が引き止めなかったばっかりに・・・」
「あ、イヤイヤ、良いんですよ!!利吉さんもお仕事だったんだから、しょうがないことだし」



後ろに雨が見えるようで、そこだけジメジメと湿っている。それを見て団蔵は初めて小松田が責任感を感じていることに気付いた。
なんだか申し訳なくて、全然気にしてないというそぶりを見せる。無駄に明るい声を出し、大げさに口を開けて笑うのだ。

小松田はそれを見て、安堵の表情を見せた。良かった、顔に出やすいといつも言われていたから、今も上手くできているか心配だったんだ。



「次来たときは絶対に引き止めておくから!!まかせてよ、団蔵君!!」
「はい、よろしくお願いします」



いつもの屈託のない笑顔で小松田は続けた。先ほどの雨はどこへやら、今はさんさんと日が照っているよう。
団蔵も努めて明るさを装ったが、本当は胸が張り裂けるんじゃないかというほど辛かった。証拠に、目は先ほどからずっと門へ向けられている。

利吉が、「団蔵君」と呼んで入って来てくれるのを期待して。



END




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