利団部屋

□霞み花 二
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山田先生の言葉が耳に入ってこなかった。いや、正しくは理解できなかった。
先生は何を言ってるんだろう。日本語なのに日本語ではなく聞こえる。
ちぐはぐな単語を繋ぎ合わせただけの文章にもならない言葉。団蔵は目の前を真っ暗にさせながら、どうにかその言葉の意味を汲み取った。



「・・・そんなことありえません!」



山田先生に吼えついたときの団蔵の声は、自分で思ったよりも大きく怒気を強めていた。
利吉さんが「団蔵と別れたがってる」?何を言ってるんだ、山田先生は。



「嘘ではない。利吉がわしに言ったのだ」
「嘘だ!嘘です!そんなはずがありません!」



団蔵は叫ぶ。
授業が終わったあと山田先生に呼ばれ、話されたことがこれだった。
今日のつい先ほどまで密会をしていたというのに、何がどうなって利吉が団蔵に「別れたい」などと言うのか。そもそもあんなに苦労して、いっぱいいっぱい泣いて、ようやく付き合えるようになったのに、わずか数ヶ月で別れを切り出すはずがない。利吉はそんな人じゃない。
山田先生が二人の間を知っていることに多少驚かずにはいられなかったが、今はそんなことどうでもいい。とにかく目の前の事実だ。



「きょ・・・今日だって一緒にいたんです!別れたがってるならそんなことしないでしょっ?ねぇ、先生!」
「・・・うむ、確かに本来ならばそうだろう。しかし利吉は最後のつもりでお前を抱きしめたのだ」



別れると知りながら?
最後のつもりで?
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ!



「違う!利吉さんはそんな人じゃない!」
「団蔵、落ち着け」
「別れるなんて絶対あり得ない!『ずっと好きだよ』って言ってくれたんだ!利吉さんが約束を破るはずがない!」



気がつくと団蔵の瞳からは熱いものが零れ、頬に緩やかな弧を描いていた。
山田先生の言葉は、空虚なものにしか聞こえなかった。利吉が「別れる」なんて重要なことを、人伝いにするだろうか。そんなこと絶対にない。
利吉はいつだって正面から感情をぶつけてくれた。「好きだ」という感情も、苦しみも、全て、全て。だから団蔵も正面からぶつかって、自分の気持ちを伝えたし利吉の想いを受け入れた。
なのに、なのになのになのに、こんな重要なことを人伝いにして、隠れてコソコソ逃げるなんて利吉じゃない。あり得ないんだ!



「嘘・・・つかないで下さい」
「嘘じゃないと言っておろうが」
「嘘だ!嘘です!だって利吉さんだもん!利吉さんがそんなこと言うわけ・・・言うわけない・・・。ないんだ、ない、ないんです」



ボロボロと涙が溢れ出る。もう目の前の山田先生の顔すら見えない。



「現実とは残酷なものよ」
「・・・うそだ・・・」
「今は受け入れられんかもしれない。だが時が経てば分かる」
「・・・そだ・・・」
「嘘ではない。団蔵、理解するんだ」
「・・・・・・」



山田先生がそう言って、団蔵の肩にポンと手をおいた。それと同時に団蔵はその場に崩れ落ちる。
山田先生が横を通って行った。もう何も言い返す気力がない。
地面の土を震える手で握り締め、ガンッと思い切り叩き付けた。砂埃が激しく舞う。だが団蔵はその行動をやめる気配はない。



「・・・そだ、嘘だ嘘だ嘘だ!利吉さん、・・・利吉さん、利吉さん!」



地面に零れ落ちる幾多の涙。そして叩きつけることによってアザが出来始める幼き手。



「うわああぁああぁぁあ!」



団蔵の泣き叫ぶ声が、山田先生の背中を刺した。










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