利団部屋

□霞み花 完結編
1ページ/3ページ




眠れない。眠れない。眠たくない。
利吉は町の宿屋の布団で何回も寝返りを打っていた。先ほどから胸がぎゅうぎゅうと痛む。苦しい。苦しさでおかしくなってしまいそうだ。

団蔵は父から聞いただろうか。「上手く言っておく」と言っていた。父がそう言うなら上手く言わないはずがない。
忍者の利吉は言葉の恐ろしさも理解していた。噂ほど怖いものはないし、人の体を殺めるより心を殺めた方がずっと簡単だし治ることはないと分かっていた。
父の言い方はどのようなものだったのだろう。団蔵はそれを信じ、今ごろ私を恨んでいるのだろうか。
いや、恨むくらいならそれでいい。呪ってくれても構わない。一番は団蔵の心だ。
傷つきボロボロになり、もう笑えなくなったらどうする。あの笑顔が、天使のような笑顔が一生見れなくなったら。



「――・・・・・・ッッ」



自分は何をしている。こんなに簡単に団蔵を手放していいものか。
団蔵は強姦をしたこんな自分でも好きだと言ってくれた。行為の意味すら分からない十の子供が、だ。それがどれほどの愛情なのか計り知れない。

大好きだ。団蔵が大好きすぎて狂いそうだった。
だからこの手で抱きしめられた時は、言葉で言い表せないくらい嬉しかった。それは今も変わらない。
団蔵を抱きしめたい。「本当は好きだ」と伝えたい。
『教師の子供が生徒に手を出すなんて』。そうだ、利吉自身それがいけないことだと分かっている。父の築き上げた地位を、どれだけ脅かすものかも充分に分かっている。



「それが・・・」



それが、何だというのだ。
父の立場も分かる。分かるが、それが何だ。
教師の子供が、生徒に手を出してはいけない。そんなの誰が決めた?
そもそも「手を出した」というのでは、団蔵と利吉の間では大きく意味合いが違ってくる。
確かに強姦をした。これは「手を出した」うちに入るだろう。だがその後のこと、団蔵と想いを共有できた喜び、抱き合えた幸せ、キスをしたときの旨の高鳴り。これが全て「手を出した」うちに入るのか。
否、その行為には溢れんばかりの愛があった。団蔵からのそれが嬉しくて、利吉もめいっぱいの愛を団蔵に伝えたつもりだ。

大好きなんだ。こんなにも、こんなにも大好きなんだ。
簡単に手放していい存在じゃないんだ!



「っく、」



利吉は起き上がると寝間着を脱ぎ捨て私服に着替え始めた。
今から忍術学園に行こう。そして忍び込んで、団蔵に会わなければ。時間は待ってくれない。事は一刻を争う。
袴をはき上着を着る。その時、トントン、と扉を叩く音がした。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ