利団部屋

□泡沫
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目の前に湖があった。
入水しようかと思った。
けど、できなかった。

ずっと団蔵のことを考えていた。
今回の仕事が楽でよかった。でなければ確実に失敗していただろう。
団蔵のことが頭から離れない。ずっと、ずっと、頭を彷徨っている。
屈託のない笑みだとかちょっと拗ねた時の膨れっ面だとかから始まり、今まで利吉が見てきた表情がずっと頭を駆け巡っている。ぼんやりと空を見ながら、瞳には何も映さず。

それでも終わりはいつも同じで、あの日あの時の泣き顔。
痛い痛いと泣き叫んで、小さな体で必死に抵抗している姿がいつも最後に思い出される。そのたびにどうしようもない罪悪感に駆られ、己の汚さを呪った。
愛する人を汚したのはこの腕か、この足か、この頭か。
己の全てが汚く汚らわしい。あんな小さな子供へ、何をされたかも分からぬだろう子供へ何てこと。

身を清めようと、森の中にぽっかりできた深く澄んだ池に入る。水は、どこまでも青く美しいのに、自分が入った途端一気に黒くなってしまったような気がした。
水をすくえば指の間から流れていく。
まるで利吉から逃げるかのように、急ぎ足で。
パシャン、パシャンと耳に残る水の音。それに促されるようにフラッシュバックする、あの日の雨の音。

何も考えられない。

この苦しさから逃れられたらどんなに楽だろう。いっそこの場で誰か私を射抜いてはくれまいか。
そうは思っても、こんな良いタイミングで誰かが現れるわけもない。物音ひとつしない空間をぼんやりと見て、何を考えているんだと自嘲した。

私は、この苦しさから逃げてはならない。これを背負わねばならない。
愛する人を傷つけたのは、紛れもない自分自身。その自分が苦しさや罪悪感から逃げ出すなんてもってのほか。
一番泣きたいのは団蔵だ。意味も分からぬ行為を強要され、教室で犯された団蔵が、一番傷つき苦しんでいる。
それに比べれば、私の苦しみが何だと言うのだ。

瞳から熱いものがこみ上げてきて、それを隠すように顔を水に沈めた。



「団蔵・・・くん、」



小さく水の中で呟いた。
漏れた息は泡となり天へ昇っていき、一瞬で消えゆく。

想う資格なんてないのに、それでも想わずにいられない自分は愚か、だ。










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