利団部屋

□ごめんね、なんて。
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小松田さんの入門書にサインをする。筆を走らせる腕も酷く重かった。
鉛でも入っているのかと思うほど体は動かない。忍術学園の門をくぐることを体全体が拒否しているようだ。
どうして来なければならないのだろう、と無意味なことをぼんやり考えておぼつかない足取りで、それでも確実に父上の部屋に足は向かっている。
城と城の情報を伝えたり母上からの伝言を伝えたり、それは今までもしてきたこと。団蔵を避けていたときもしていたのに。
体が重い。

空はあの日の天気とは打って変わって、雲ひとつない青空。休み時間らしくあちこちから忍たまたちの声が聞こえる。
それを聞いて、団蔵を思い出した。
二人で楽しげに会話をしていたときが嘘のようだ。あのときの笑顔を奪ったのは、紛れもない自分自身なのだけれど。
無理矢理組み敷いて、無理矢理口を塞いで、無理矢理犯した。泣き叫ぶ愛しい子を力で押さえつけ、力でねじ込んだ。

思い出すと体が震える。
なんてことをしたのだと恐ろしくて、己の穢れを呪って、気がつくと涙が出そうになっている。
頬を伝う雫に気付いてから小さく拭うのは、もはや習慣となっていた。



「どうした利吉。大丈夫か?」



父上の問いにぼんやりと微笑む。大丈夫だ、とわざと強く言えばそれ以上追求されることはなかった。それが利吉には有難い。
城と城の関係を説明していても、自分では何を言っているのか意識はなく、口が勝手に文章を作って話しているような状態だった。だからどこまで話したのか、何を話したのかも理解できていない。同じことを二度話し、「それはさっき聞いた」と言われる場面が何度もあった。

父上の顔を見るのも辛い。
教え子を犯したなんて、どの面下げて言えるのだ。教え子を犯したのが息子だと知ったら、どんな顔をするだろう。父上が築き上げた地位を息子が突き崩すなんて、親不孝の極みだ。

父上の教え子なのだから、きっと団蔵の異変にも気付いている。
泣いてはいないだろうか、精神的に落ち込んではいないだろうか。
――いや、何を考えているんだ。泣いているに決まっている、落ち込んでいるに決まっている。そうじゃないほうがおかしい。



「父上、」



フ、と自嘲気味に笑う。
こんなこと聞いて、どうすると言うのだ。



「団蔵君は、・・・元気ですか?」



バカの極みだ。傷つけておいて「元気ですか?」なんて虫が良すぎる。
父上は一瞬驚いたような表情を浮かべ、ハハハと声をあげて笑った。



「何をいきなり聞いてるんだ」
「いや・・・ちょっと」



つられて軽く笑う。



「いつも通り・・・と言いたいところだが、元気がないというのも確かだ。何だ、ケンカでもしたのか?」



ケンカだったらどんなに楽だろう。ケンカよりも取り返しのつかないことをした。
ケンカだったら謝れる。だけど今回のは謝れない。謝って済むような問題ではない。



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