【献上部屋】
□【香り】<15P>
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――これは、三蔵が三仏神から天竺ヘ向けての命が出される前の頃の話…
―――………
……悟浄が慶雲院から戻ると、八戒が夕食を支度している最中だった。
いつもの笑顔に穏やかな声。
……全てを見抜くような深緑の瞳が、悟浄の紅い目を捉えて離さない。
「…お帰りなさい。お疲れ様でした。……どうでした…?三蔵には会えましたか?」
「………いいや。相変わらず忙しいみたいよ、三蔵様」
「……そうですか…」
料理をする手を休め、手早くお茶を煎れ悟浄に出すと、八戒は悟浄と向き合い椅子に腰掛けた。
「………もう3週間になりますか…。…三蔵が三仏神さんの命令を受けて引きこもってから…」
「……………ぁあ」
「………寂しいんじゃありませんか…?…」
「………ぁあ。大分ヘコんだ顔してやがったぜ、さすがのあの猿も」
「…違いますよ」
「………ぁん?…」
「…貴方のことです、悟浄。……3週間も三蔵に逢えなくて……。………つらいんじゃありませんか……?」
「…………はん…。なんで俺が…。……あの子猿ならともかく……」
「………強がっても僕には解ります。……貴方はそういうの、隠せない人ですしね」
と、悟浄に優しく微笑みかけ、立ち上がった。
脱ぎっぱなしの悟浄の上着を手にし、ハンガーに掛け、再び調理場に立ち、途中だった支度を再開する。
「……それに、昔と違って今の三蔵も、貴方に対して明らかに違う感じですしね」
…包丁が野菜を刻む音に混じって、八戒の鋭い指摘が悟浄に向けられた。
「………まぁ僕はあえて口だしはしませんが…」
「…………」
「……お人良しの貴方は、自分なんか二の次なんだろうなぁ、なんて…」
「…………」
「……無理に自分の気持ちを押し隠して……」
「…………」
「………悟浄は器用なんですが、自分の事になると全く不器用で…。貴方や悟空だけが寂しい思いをしているだなんて、思い込まないでください」
「…………」
「………三蔵もあぁ見えて結構繊細な方ですから……」
「…………」
「………今頃一人寂しがってるかもしれませんねぇ…」
…そんな含むような言い方で、さりげなく悟浄に言葉を浴びせる八戒の背中を見、悟浄は深いため息をついた。
「………ったく……。……なんでもお見通し………ってか……?……世話好きな奴だぜ、おめぇはよ…」
「………ふふ、よく言われます。……不器用なあなた達を見ていると、なんだかこっちがもどかしくなっちゃって。
……もうそろそろ三蔵も限界でしょうし、悟空に至ってはあなたより酷いかもしれませんね。
………悟浄、三蔵のこと何とかしてあげてくださいね。……三蔵がなんとか余裕が持てれば、悟空も自然と元気になるでしょうから」
振り向き、やはりいつもの笑顔で言う八戒の言葉に、悟浄は、
「………へーへー。何とかしてくりゃぁいいんだろ?」
…………言われなくても、な……
…おどけた口調で返事を返したが、最後に残した言葉は、低い声で、自分に言い聞かせるかのように呟いた……。