HIKAGO

□納涼
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「ヒカル、私これを見に行きたい」

そう言って佐為が指差したのは、テレビの画面。そこに映っているのは、夜空に咲く大輪の花。

「佐為、花火見てぇの?」
「はい。花火は夏の風物詩でしょう?」
「え、お前花火知ってんの?」
「えぇ。江戸時代にもありましたから。花火」
「へえ!」

そんな昔からあるんだ。知らなかった。

「それにしても、すごい人ですねえ」

テレビ画面に映る人ごみを見て、佐為が呟く。

「江戸時代でも花火は人気がありましたけど、これほどではありませんでしたね」
「うー、俺、人多いとこあんまり好きじゃねぇんだよなぁ」
「えー、行きましょうよ、花火大会」
「行かないとは言ってないだろ。…近くで花火大会あったかなぁ」

それにお母さん許してくれるかなぁ。一人で夜に外出なんて。
そう言ったら、佐為は少し残念そうな顔をした。

「誰か友達と行けば良いではないですか」
「やーだ」
「なぜです?」
「どうせ行くんなら佐為と二人で行きたい」
「そうですねえ」

佐為が嬉しそうに言う。私も、ヒカルと二人がいいです。
なんとなくその言葉が嬉しくて、俺は照れ笑いを浮かべた。

「でもなぁ…夏休みとは言え忙しいしなぁ」

プロ試験まであと一ヶ月。碁関係の予定は少なくない。森下先生の研究会、和谷や伊角さんと碁会所に行く約束、佐為との碁の特訓。
…それと、夏休みの宿題。
なんだかんだ忙しいんだ。俺も。
どうしたもんかなぁ。俺が困って頭をかいていると、佐為が申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んだ。

「ごめんなさいヒカル。困らせてしまって。私、別にいいですよ。ヒカルと一緒にいられれば、それで充分です。…ほら、てれびで見る花火も、なかなかいいものですよ」

そう言って佐為は笑う。
うーん、なんとかしてやりたいなぁ。いつも佐為には我慢させてばっかだし。俺も佐為と花火見たいし。
うーん。
…………………あ、そうだ。

「よし!行こう!花火!!」
「え?」

佐為が目を丸くする。

「いつですか?」
「明日!」
「本当ですか?」

驚きの表情でいっぱいだった佐為の顔が、みるみるほころんでいく。

「でも…、どこの花火大会ですか?」
「いいからいいから。任せとけって」

不思議そうにする佐為に、俺はニッと笑って見せる。
そうしたら佐為も笑って、楽しみにしてます、と言った。









次の日は、和谷たちと碁会所へ行った。その日も俺達は碁会所の大人相手に見事勝利を収め、俺達を気に入ってくれたのか帰りに夜ご飯を奢ってもらってしまった。碁会所の人たち、太っ腹!
俺が家に帰り着いた頃には、もう既にとっぷり日が暮れていた。

「もうこのまま行っちゃおうか」
「そうですね」
「佐為、ちょっと待ってて」
「はい」

佐為を少し玄関に待たせて、準備をして、そのまま一緒に家を出る。

「いってきまーす」
「あらまた行くの?いってらっしゃい。あんまり遅くならないようにね」
「わかってる」

見送りに出て来たお母さんに素っ気ない返事を返す。
隣を見たら、佐為が嬉しそうにお母さんに手を振っていた。
…こいつ、相当テンション上がってんな。



「ヒカル、それで…花火は?」

俺と佐為は、家の近くの小さな公園に来た。
夜だからか人は一人もいない。

「ほら、これ!」

俺は持っていた手提げから、大ぶりの袋を取り出した。

「これは…?」
「手持ち花火!打ち上げ花火は見せてやれないけどさ。これなら、二人でできるだろ」

少し前に、お母さんが花火を買って来たのを思い出したのだ。
ちなみに今日は、公園でクラスのみんなと花火大会をする、と言って来た。

「なるほど、小さな花火ですね。私知ってますよ、これ。やったことはありませんけど」
「江戸時代にもあった?」
「えぇ」

持って来たバケツに水を汲んで、マッチで蝋燭に火を点ける。
花火の入った袋を破り、一本目に点火した。

「綺麗ですねえ…」

一本目は、ピンク色のススキ花火だった。
佐為の花火を見つめる瞳が、ほんのりとピンク色になる。
花火なんて久しぶりだ。最近、家族とも友達ともやっていなかった。

そうして俺と佐為は、どんどん花火を消化していった。と言っても、佐為はものを持てないから俺が一人でやってるんだけど。
一本一本、花火に火を点ける度に、佐為はわーとかおーとか言って興奮する。
中でも佐為は、七色に光るやつが気に入ったようだ。ちなみに俺のお気に入りは、電気みたいに、ものすごく明るく光るやつ。

とうとう花火は、最後のひとつになった。

「あぁ、もうお終いですねえ」
「うん。けど、これは最後のお楽しみだ」
「それはなんの花火ですか?」
「線香花火だよ」
「センコウ花火?」
「そう。これがさ、最後まで続けんのがけっこう難しいんだよ。途中で火が落ちちゃうんだ。俺まだ一回も成功したことない」
「へえ」
「よしっ。今回こそは!!」
「頑張って、ヒカル」
「静かにしてろよ、佐為」

細い線香花火の先に火を点ける。
俺はその場にしゃがみ込んだ。佐為も、それに倣って俺の向かいにしゃがむ。

沈黙が流れる。
俺も佐為も、息を詰めて線香花火の小さな光を見つめている。
やがてそれは少しずつ大きく膨らんで、パチパチと星を散らし始めた。

「綺麗ですねえ」

佐為が呟く。
けれど、返事はしてやれない。もしかしたら、そのせいで手元が揺れて線香花火の火が落ちてしまうかもしれない。
散らばる火の星は、どんどん大きく明るくなって、パシュッ、と派手な音を出し始めた。
もう少しで最後まで行くんじゃないか。そう思った、刹那。

「くしゅんっ」
「!」

佐為がくしゃみをした。
それに驚いて俺は手元を狂わせてしまい、大きくなった花火の火の玉は、呆気なくぽとりと地面に落ちた。

「あぁっ」

佐為が、落ちてしまった火を見て小さく叫ぶ。

「あぁっ、じゃねぇよ佐為ー!!いいとこだったのに!!」
「ごめんなさい、ヒカル…」

佐為が心底申し訳なさそうに、残念そうに言う。
幽霊のくせになんでくしゃみなんかするんだよ、こういうときに限って。とか思ったけれど、それは言葉になることなく喉の辺りで止まってしまう。
そんな風に謝られたら、こっちだって責める気も失せてしまうというものだ。

「別にいいよ。火、落ちちゃったけど、楽しかったし。花火なんて久しぶりだったなぁ。ホント、楽しかった」

佐為は?そう聞いたら、彼は顔をいっぱいに輝かせて言った。

「はい、もちろん、すごくすごく楽しかったです」

それは、とても綺麗な、極上の笑みだった。







「ありがとう、ヒカル」

その帰り道、佐為が突然そんなことを言った。
俺が振り向くと、佐為は俺ににこりと笑いかける。

「私のわがままを聞いてくれてありがとう、ヒカル。本当に…、楽しかったです」

少しだけ佐為の笑顔は寂しげで、俺はほのかに胸が苦しくなるような感覚がした。
なんだろう。この感じは。

「何言ってんだよ。いつも我慢させちゃってんのはこっちだし…。ホントは打ち上げ花火見せてやりたかったんだけどな」
「それは、またいつか」
「そうだな。いつか…いつか絶対見せてやるよ、打ち上げ花火。…うん、いつか絶対、一緒に見に行こう」
「はい、楽しみです」

あぁ、もう少し、こうして二人で話しながら、歩いていたい。
そう思って俺は、ほんの少しだけ歩調を緩めた。



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