DEN-O

□君と砂糖とコーヒーカップ。
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「いらっしゃ…、あ、侑斗」

扉の開く音に顔を上げたら、そこには見慣れたしかめっ面があった。
彼は不機嫌そうにカウンター席に腰を下ろすと、辺りをキョロキョロと見回した。まだ時間が早いからか、お客さんは侑斗一人だ。

「姉さんなら、今は買い出しに行ってるよ」

僕がそう言うと、侑斗はあっそ、とさも興味なさそうに言った。そのまま、どこか一点を睨んで沈黙。

「…コーヒー、飲む?」

なんとなく沈黙が息苦しくて、僕はコーヒーカップを音をたてて取り出しながら聞く。すると、侑斗は驚いたように目を丸くした。

「お前、コーヒー淹れられんの」
「伊達にここの手伝いしてないよ。そのくらいできる」
「そう」
「あ、でも侑斗の好みに合うかわからないけど」
「にっがいのにしたら承知しない」
「いやいやコーヒーって基本苦いものでしょ」

素直じゃない、侑斗らしい注文の仕方に苦笑しながらも、準備を進めていく。コーヒー豆をミルで挽くと、いい香りが広がった。

「…けっこう手際いいのな」
「そう?ありがとう。───そう言えば、今日はデネブは?」
「なんかゼロライナーのキッチン大掃除するって突然言い出してよ。朝から籠もりっきり」
「いいじゃない。モモタロス達もそのくらい掃除ちゃんとしてくれればなぁ」
「あいつらは散らかす専門だろ」
「そうそう。この前もナオミさんに迷惑かけて」
「デンライナーの客室乗務員ってのも大変そうだな…」
「ホント。僕じゃ絶対ムリ」

俺も、と侑斗が言って笑う。僕も自然と笑みがこぼれる。
姉さんは、「コーヒーを淹れているときは静かに」、と言うけれど、僕はこうやって談笑しながらコーヒーを淹れる方が好きだ。そっちの方が美味しくなる気がする。

「はい、どうぞ」

コーヒーカップを侑斗の目の前へ差し出す。カップからは、ほわほわと白い湯気が立ち上っている。

「…いただきます」

侑斗は少しの間カップの中の黒色を睨んだあと、なぜか仰々しく食前の挨拶を唱えてカップに手をかけた。
が、それはすぐに彼の口元へは運ばれなかった。侑斗はコーヒーの中に、スプーンに山盛り三杯の砂糖を投入した。

「えぇ!?そんなに砂糖入れる!?」
「うっさい苦いの苦手なんだよ!!俺の勝手だろ!!」
「うーんまぁそうだけど…」

侑斗は姉さんのコーヒーにも、いつもたっぷり砂糖を入れる。桜井さんはブラックで飲むのになぁ、と思ったけれど、そんなことを言ったら睨まれそうなので黙っておく。
苦さのせいか甘さのせいか知らないが、侑斗はときどき顔をしかめながらもコーヒーを飲みほした。

「どうだった?僕のコーヒー」
「…いつもと違う味がした」
「あんなに砂糖入れて味わかるわけ?」
「わかる!」
「あはは、冗談だよ。美味しかった?」
「まぁ…苦かったけど」
「そっか、良かった」

あ、なんとなく姉さんが侑斗のためにコーヒーのブレンド研究する理由がわかったかも。
侑斗の言葉が嬉しくて思わず顔をほころばせたら、侑斗はふい、とそっぽを向いてしまった。
横を向いているから侑斗の表情はわからないけれど、耳が赤くなっている。

「…じゃあ、俺は行くから。ごちそうさま」

侑斗はお代をカウンターに置いて、席を立った。

「え?もう帰るの?姉さんに会わなくていいの?」
「別にいい」
「侑斗、姉さんに会いに来たんでしょ?」
「んなっ…!!お前、そういうことストレートに言うな!!」
「えぇ?だってそうでしょ?」
「うっさい!!……今日は、お前のコーヒー飲めたからいいんだよ…」
「…!」

小さな声でボソッと言った侑斗の言葉に、なぜか一気に頬が熱くなる。
侑斗はというと、僕に背を向けて既に出口へ向かって歩き出していた。
だけどわかる。きっと彼も今、僕と同じように顔を真っ赤にしているんだろう、と。

「じゃあな」

侑斗は何事もなかったかのようにひらりと右手を上げると、扉を開けて店を出て行ってしまった。
僕は店の中にひとり取り残されて、もうコーヒーの入っていない、空のコーヒーカップをなんとなく眺めていた。



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