DEN-O

□溶けてゆく、
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※龍ハナは付き合ってる設定です





「ハナちゃん!」

リュウタが私を呼ぶ声に我に返る。
見るとリュウタは私の向かいの席で、不満そうに私の瞳を覗き込んでいた。

今日はリュウタが良太郎に身体を借りて、二人で喫茶店に来ていた。久しぶりのデート。
…なのに。なのになぜか、私はずっと、注文したアイスコーヒーのグラスを見つめてぼうっとしていたようだ。

「ねぇ、ハナちゃん聞いてた?僕の話」
「え…。あ、ごめん…」

聞いてなかった、正直にそう言うと、リュウタは少し悲しそうに顔を歪めた。
けれどすぐに彼は笑みを取り戻す。

「だからね、この前、公園ですごく可愛い猫を見つけたんだぁ!!捨て猫みたいだったんだけどね」
「へぇ…」

その猫を連れ帰りたかったこと。けれどデンライナーでは飼えないから諦めたこと。それでもときどきその猫の様子を見に公園に足を運んでいること。リュウタは嬉しそうに話す。
グラスの中で氷が溶けて位置を変え、カラン、と涼しい音がなる。
それから、とリュウタが話を続けようとしたところで、彼はふと言葉を切った。

「ハナちゃん、聞いてる?」

不機嫌そうにリュウタが言う。

「えぇ、もちろん。なんでそんなこと言うの?」

嘘。半分くらい聞いてなかった。

「…嘘つき」

リュウタが私の心を見透かしたように言う。
紫色の瞳が少し細められて、私を見る。
私が戸惑って黙っていると、リュウタが口を開いた。

「最近ハナちゃん、僕のこと見てないでしょ」

リュウタは、何か苦いものを食べてそれを我慢するような、そんな表情で私を見つめる。
それは私を睨んでいるようにも見えたし、私に助けを乞うているようにも見えた。あるいは、私に心底絶望しているようにも。
アイスコーヒーのグラスについた水滴が集まって大きくなって、グラスに縦縞模様を描く。

「そんなことない」

自然に言葉が出た。
それを聞いたリュウタはさらにその表情を歪ませて、そして怒ったように言った。

「そんなことあるよっ。ハナちゃん最近、僕の方見てくれない!今だって、全然楽しそうじゃないっ!!」

リュウタの語調はだんだんと強くなって、最後は半ば叫ぶようだった。
リュウタがテーブルに乗り出したときについた手が振動を生んで、グラスがカタンと音をたてた。

「…ごめん」

辛そうな、悲しそうなリュウタの表情に、自然と口が動く。
けれどリュウタは表情を変えないまま、言った。

「…ハナちゃん、僕、ハナちゃんが誰のこと見てるかわかるよ」

リュウタは私から少し視線を逸らして、長い間沈黙していた。
けれどもう一度私に視線を合わせて、彼は言った。

「…………良太郎」
「え…?」

突然出てきた名前に、私は当惑する。
なんで、なんで、そんなこと言うの?
訳がわからない。なんで、なんで?

「ハナちゃん、僕のこと見てるんじゃないんだ。良太郎のこと、見てる。今だって…。確かに身体は良太郎だけど!僕は、僕は…リュウタロスだよ…!!」
「そんなことないっ」

そんなことない。私はリュウタのこと、好きだ。
無邪気に笑って細められる紫の瞳も、私の手を包む手のひらも、触るとふわふわして気持ちいいウェーブのかかった髪も。みんな、みんな好きだ。

「…なら」

小さくリュウタが呟いて、私の手を握る。

「ちゃんと僕に、『好き』って言って?」

紫色の視線が、私に真っ直ぐ突き刺さる。
ね、そしたら僕も信じるから、とリュウタが囁くように続ける。

「…」

言葉が、出ない。

好き。
その一言でいいんだ。私のそのたった一言を、彼は望んでいるだけなんだ。何を躊躇う必要があるんだろう。
なのに私の口は役目をすっかり忘れてしまったように、ひとつの言葉も発することができなかった。
口を開こうとすると何故か良太郎の顔が脳裏に浮かんで、言葉を攫って行ってしまう。

「…リュウタ、」

名前を呼んだ先に彼の望む言葉はやっぱりなくて、黙り込んでしまった私を見てリュウタは唇を噛んだ。

「やっぱりハナちゃんは…っ、僕じゃ駄目なんだね…っ!!」

椅子が音をたてる。
リュウタは瞳を悲しみで歪めて、私を睨んだ。

痛い。リュウタの視線の紫色が。
今からでも遅くない。立ち上がって、手を握って、ごめん、と言って、そして『好き』、と囁けばきっと、彼はまた笑ってくれる。
それがわかるのに、私の足も、手も、喉も、一ミリたりとも動かない。

「…っ」

リュウタは私からふい、と顔を背けて、突然良太郎の中から出て行った。
追い掛けなくちゃ、と頭では思ったけれど、けっきょく私はただ椅子に座ったまま、淡い紫の光になったリュウタが消えていくのを見ているだけだった。
突然身体の主導権を取り戻した良太郎は身体のバランスが取れずに、椅子の上に崩れ落ちる。

「った…。…ハナさん?………どうしたの…?」

雰囲気を察して、良太郎が心配そうに言う。
けれど私はその言葉に何も返せなくて、ただ俯いているしかなかった。

ハナさん、ハナさん。良太郎がうろたえながら私の名前を何度も呼んでいる。
その声に、目眩がするような甘い感覚を覚える。
ああ、もう、私すらも、私の気持ちがわからない。
どうしてしまったんだろう、私は。



アイスコーヒーの氷は、もうすっかり溶けてしまった。



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