SKET

□夏さびて
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「椿」

聞き慣れた声に振り返ると、満面の笑みを浮かべた藤崎がいた。

「一緒に帰ろうぜ。今日は生徒会無いだろ?」
「あぁ」

昨日から試験一週間前ということで、部活動は原則禁止。もちろん生徒会も、その規定に外れてはいない。
僕が鞄を持って藤崎の提案を承諾すると、彼は笑顔をさらに輝かせ、やった、と呟いた。

「椿と帰んの、なんか久しぶりじゃね?お前忙しそうだったからな〜」

それぞれ帰宅の途につく生徒達に混ざって、僕と藤崎は並んで帰る。
何がそんなに嬉しいのかよくわからないが、藤崎は鼻歌を歌いながら僕の隣を歩く。その顔は本当にキラキラしていて、玩具を買ってもらった子供のようだ。

「うー、それにしても、あっついなぁ」

藤崎がぱたぱたと右手で自らを扇ぐ。
まだ梅雨明けしていないとはいえ、最近晴れが続いていて確かに暑い。
汗で体がベタベタする感じがなんとも不愉快だ。

「夏も近いな」
「夏かー。あー、プール行きてぇー」
「そんなことより、君はちゃんと勉強しているのか?もうすぐ試験なんだぞ」
「あーはいはい。ちゃんとやってますよ〜」
「本当か?」

この男の「ちゃんとやっている」は当てにならない。

「ホントだって。…ていうか何?もしかして椿俺のこと心配してくれてる?」
「…べ、別にそういうわけではない!生徒会の一員として、生徒を叱咤激励するのも仕事の一つだろうと思っただけだ!!」
「ふーん」

藤崎は興味なさそうにそう返してきたが、顔がニヤけているのがバレバレだ。
僕は左拳を握った。

「…ぃってぇ!突然殴るなよ!」

殴られた腹を抱えて藤崎がうずくまる。

「ニヤニヤするな愚か者!」
「仕方ねぇじゃんかよー、お前があんまり可愛いから…痛っ!!」
「そういうことを外で恥ずかしげもなく言うんじゃないっ!!」
「え、じゃあ二人のときなら言ってもいいの?」
「ッー!違うっ!!」

また藤崎が地面にうずくまる。三発連続だ。相当のダメージだろう。
藤崎は暫しうずくまったままだったが、突然パッと立ち上がると、僕を睨み付けて言った。

「痛ぇんだよバカっ!いきなり殴るな!!」
「バカは貴様だ。殴られるようなことを言うからいけないんだ」
「…可愛くねぇ奴!」
「可愛くなくて結構」
「この堅マツゲ野郎っ!!」
「なんだと赤ツノチリ毛虫」
「…っ、バーカバーカバーカ!!」
「バカは貴様だと言っているだろう愚か者」
「バーカバーカ…」

本当にこの男はボキャブラリーが少ない。言ってることの半分は「バカ」じゃないか。
とか思っていたら、藤崎と僕の間の距離が広がっていて、見たら藤崎は道の隅でいじけていた。

「…」

まぁ放っておいてもいいのだが、鬼塚や笛吹の言うところの「卑屈モード」になった藤崎は、そのままにしておいたらいつまでもそこでいじけているであろうことは容易に予想できる。
僕はひとつため息をついた。

「藤崎」
「…何」
「殴ったのは悪かった」
「すっげえ痛かったもん」

そう言って藤崎は僕を涙目で睨む。
その顔を見ると、なんだか罪悪感を感じてしまう。元はと言えば、悪いのは藤崎なのに。

「…ごめん」
「ヤだ」
「え?」
「許さない」
「貴様…」

だから悪いのはそっちだろう!という言葉が出かかったが、今度は突然にっこり笑った藤崎を見て、ぐ…と言葉が引っ込む。

「俺、椿んち行きてぇ!!」
「はぁ?」
「いいじゃん!勉強教えてくれよ!!なぁ、お願い椿!家連れてってくれたら許す!!」

許すって…。
さてはこいつ、もとからこれが目的だったな。

「…ちゃんと勉強するか」
「え、いいのやった!!」
「ちゃんと勉強するか!?」
「わかったわかったする!!するから!!」
「ならいい。…仕方ないな」
「やったっ!!ありがとう椿ー!!」

あいにく、僕は藤崎の頼みには弱いのだ。
藤崎はパッと僕の手を握ると、その手を引いてずんずん歩き始めた。
まぁ、時にはこういうのもいいかもしれない。試験まではもう少し時間があるのだし。
僕はそう思って、くすりと笑みを漏らした。



さて、どうすれば藤崎はちゃんと勉強してくれるだろうか。




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