BKMN.
□ラブコール
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しんとした仕事場に、騒がしく着信音が響く。
「誰だよこんな時間に……」
深夜二時。
ネームがあがったシュージンは香耶ちゃんがどうとか言って先に帰ってしまった。
僕は締め切りも近いので、今日はもう少し頑張ると言って仕事場で一人原稿を描いていた。
そんなときに携帯が鳴ったもんだからびっくりした。こんな夜中に電話してくるなんて、シュージンか港浦さんだろう。
「…福田さん?」
けれどディスプレイに表示されていたのは、意外な名前だった。
何か用かな。僕は首を傾げながら通話ボタンを押した。
「あ、真城くん?夜遅くに悪いな」
「どうしたんですか?福田さんがこんな時間に電話なんて珍しいですね」
「ん、ちょっと原稿行き詰まってよ…。真城くんの声が聞きたいなー、なんて…」
「なんで僕なんですか。今僕原稿描いてるんですけど」
「うわ真城くん冷たい」
いきなり電話してきてなんなんだ。ぶっちゃけ電話している暇じゃないんだけどなぁ。
そうは思ったものの、今まで何度となく福田さんに励まされたのを思うと、忙しいからと電話を切るのも悪い気がした。
「…まぁ話くらいなら聞きますけど…、僕も原稿あるんで手短にお願いしますよ」
「マジ?ありがと真城くん大好き」
「…」
「? 真城くん?」
「あ、いえなんでも!!」
大好き。
福田さんの口からサラッと出た言葉に焦るような恥ずかしいような変な気持ちになって黙ってしまう。
…いやいやなんで僕こんなことで焦ってんだ!?
「あ、ていうかさ」
「はい、」
「原稿描いてんならハンズフリーにすれば?そしたら描きながら電話できる」
「あ…そうですね」
僕は携帯から耳を離して、機能画面を呼び出した。携帯を右斜め前方に置く。
そして、僕は再びペンを取った。
「できました。…それにしても、福田さんが原稿詰まるなんて、あるんですね」
今まで、福田さんに助けてもらったことはいっぱいあったけれど、逆に福田さんが弱音を吐くのなんて見たことがない。いつだって福田さんは迷いがなくて、前を見ていて、そして僕を、僕達を元気づけてくれた。
「…ちょっとな、今のままでいいのかなぁ、なんて」
「『KIYOSHI』、調子悪いんですか?」
「んー、取り上げて悪いってほどじゃねぇけど…、一桁は最近なかなか」
「そうなんですか…」
いつも助けてくれる福田さんだからこそ、彼が自分に相談を持ちかけてくれたことが少し嬉しくて、僕はつい動かしていた手を止めて福田さんの声に耳を傾けてしまう。さっきまで、忙しいのに、なんて思っていたくせに。
少しでも福田さんの力になれたら。僕はいつの間にか、そんな風に思っていた。
それからずっと話をしていた。
初めは「KIYOSHI」の現状はどうかという話だったのだけれど、そのうちどうしたらもっと面白くなるかという話になり、最終的には、どんな漫画が理想か、とか、どんな漫画が求められているのか、とかそんな漫画論に発展した。
気付けば僕はすっかり福田さんとの話に夢中になっていて、原稿は机の隅に白いまま放置されていた。
「…あれ、今何時?」
福田さんがふと気付いてそう言わなければ、僕はまだまだ話し続けただろう。たぶん、福田さんも。
僕は机の上のデジタル時計を見た。…朝の五時半。
「五時半です」
「げ、マジか。やっべぇこりゃ徹夜か…」
電話の向こうで福田さんが苦笑する。
「僕もですよ。けっきょく原稿描いてないです」
「うわー、やっちまったな…」
「お互い頑張りましょう」
「おう。…原稿の邪魔してごめんな、真城くん」
「いえ、そんな…。楽しかったです、福田さんと話せて。いい息抜きになりました。ありがとうございます」
最初は迷惑にすら思っていたのに、なぜか出てきたのは感謝の言葉で。けれどそれは、決して嘘偽りのない本当の気持ちだ。
「礼を言うのはこっちだ。おかげでちょっとすっきりした。『KIYOSHI』、頑張ってみる」
「はい。…もしまた何かあったら、僕に言ってくださいね」
福田さんの悩みは、僕も一緒に背負いたいんです。
その言葉は流石に少し恥ずかしくて、僕は言えなかったけれど。福田さんには僕が言えなかったところまで、ちゃんと伝わっていたのかもしれない。
「あぁ、ありがとう。真城くんもな。あんまり一人で抱え込むなよ」
「はい」
「そんじゃ、ホントありがとな、付き合ってくれて。…真城くん、」
「? はい、」
「好きだ」
「え…?」
福田さんの突然の言葉。意味がわからない。
ただ、初め福田さんが言った「大好き」とは違う種類の言葉だというのはわかった。
ふざけて言ってるわけではない。福田さんの口調が、声音が、それを物語っていた。
「あの…っ福田さん…!?」
その言葉の意味を知りたくて、僕は声を絞り出した。
もし、もしその言葉が、そのままの意味なら。
心臓の鼓動が煩い。
けれど電話は既に切れていて、携帯からはツーツーという無機質な音が聞こえてくるだけだった。