BKMN.

□君の名は
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それは、突然の出来事だった。
ある日の午後。俺は、いつものファミレスで、蒼樹嬢の原稿の指導をしていた。


「んー、ここのパンチラ、タイミングはいいんだけどよ、アングルがイマイチなんだよなぁ…。突然このコマでアオリになるっておかしくね?ほら、もっと自然な感じで書き直せ、蒼樹嬢」

俺は向かいの席に座る蒼樹嬢の方へ原稿を放った。
次のページは…。

「あの、…ふ、福田さんっ、」
「ん?」

顔を上げたら、そこにはなぜか真っ赤になった蒼樹嬢の顔があった。
右手に持ったシャーペンを、ギュッ、と強く握っている。
話聞いてたか?こいつ。
そうは思ったものの、何やら思い詰めた様子の蒼樹嬢を見て、出かけた言葉を飲み込んだ。

「なんだよ、俺の顔にでもなんかついてんのか?」

未だに顔を真っ赤にして俺の顔を見つめている蒼樹嬢にそう尋ねる。
けれど蒼樹嬢は少し視線を泳がせただけで、何も言わない。

「…どうしたんだよ、蒼樹嬢」

俺が首を傾げて蒼樹嬢の瞳を覗き込むように見つめると、蒼樹嬢は赤い顔をさらに真っ赤にして、俺から視線を逸らして、そして、小さな声で言った。

「福田さんは、私のこと…『蒼樹嬢』って呼びますよね」
「ん?あぁ」
「…何か、意味、あるんですか?」
「別にねぇけど?なんかお嬢っぽいじゃん。だから、『蒼樹嬢』。それだけ」
「…そうですか」

蒼樹嬢はそれだけ言って、俯いてしまった。
…意味がわからん。

「…」
「…」

気まずい沈黙が流れる。

「なんだよ蒼樹嬢。まだなんか言いたいことあんじゃねぇの?」

蒼樹嬢が何か言いたそうな視線でちらちらこっちを見てくるもんだから、俺は痺れを切らして言った。
すると蒼樹嬢は、俯いたまま答えた。

「その…、『蒼樹嬢』、じゃなくて…、名前で呼んでもらえませんか?」
「…え?」

蒼樹嬢の言葉に頭の中が真っ白になって、俺は持っていたシャーペンを落としてしまった。
シャーペンが床に落ちてたてた、カシャン、という音に我に返る。

「…やべ」

かがんでシャーペンを拾い上げてもう一度蒼樹嬢の方に目をやると、さっきとは一転、強い意志を持った目が俺を見ていた。
スイッチ入った蒼樹嬢の目だ。

「あの…つまりどういう?」
「だからっ、私のこと、『優梨子』って呼んで欲しいんです!」

顔を赤くしながらも、強い語調でそう迫る。

「なんで突然?」

俺が聞くと、蒼樹嬢は怒ったように少し頬を膨らませた。

「女の子っていうのは、好きな人には名前で呼ばれたいものなんです!」

言い切って、さすがに恥ずかしくなったのか蒼樹嬢が視線を逸らす。

あぁ、そうか。蒼樹嬢───いや、優梨子。

心の中で彼女の名前を呼んだだけで、なんだかくすぐったい気持ちになる。

「…なんですか、ニヤニヤして。変です、福田さん」

蒼樹嬢が俺を睨む。

「あー、悪い悪い、…優梨子」
「っ…!!」

名前を呼んだら、彼女は目を丸くして赤面した。

「や、やっぱりいいです!普通に『蒼樹嬢』で!!」
「え、なんで?」

俺はけっこういいと思うけどな。可愛いじゃん。『優梨子』って名前。

「は、恥ずかしいからいいです!」
「呼んで欲しいって言ったのそっちじゃねぇか」
「前言撤回です!」

真っ赤に顔を赤らめて、必死にやめろやめろと言う彼女を、俺は不謹慎にも可愛いと思ってしまう。

「優梨子」
「だからその呼び方やめて下さい!!」
「やだ」
「〜っ!!」
「いいじゃん、優梨子」
「なんでさり気なく気に入ってるんですか!!」
「いや、だってよ、」


いかにも恋人同士って感じだろ。名前呼びってさ。

そう言ったら、彼女はどんな顔をするんだろうか。



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