二番目

□紫煙
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隣で彼が眠っていた。
昔と変わらない寝顔。
遅くまで重ねあった身体
少しの痛みが未だ残る。

シャワー入らなきゃな。

思うものの、もう少し彼の温もりに包まれたくて、
剥き出しになった胸板に擦り寄るようにして瞼を閉じた。
昔と変わらぬ匂いに包まれ再び睡魔がやってくる。




「ん…」

僅かに漏れる彼の吐息に
瞼を開く。
何ら変わらぬ、彼の寝顔。
あの日もそうだったか。


「ん…起きてたのか。」

今より少し長い銀色の髪を掻きながら寝ぼけ眼のまま、私を見つめていた。


「ん…今起きた所。」

随分と昔の事でその言葉が本当であったか覚えていない。
暫くの間、彼の寝顔を眺めていた気もする。

「風呂、行くか。」

そう言って、私の頭を撫でた温もりは随分と昔の事なのに思い出せる。

そしてその日。
討伐に出た彼が、帰ってくる事はなかった。

彼が居なくなって
長年の月日がすぎて、

隙間を埋めるように煙草を覚えた。
満たされないながらにも
彼とは似ても似つかぬその匂いが、
別の誰かに抱かれているような錯覚を与えてくれたので
その匂いに包まれ眠る事が出来た。



目覚めぬ彼の隣から出、
畳に投げ出された煙草の箱から煙草を取り出す。
脱ぎっぱなしになった死覇装の懐からマッチ箱を取り出す。
火を着ければ、紫煙と共に彼が居なくなってから、
ずっと私を包み込んでくれていた香り。

紫煙が私を抱きしめる。

紫煙と匂いに包まれ、
先程まで包まれていた彼の匂いも思い出せなくなった。


「煙草吸ってたか?」

いつの間にか目を覚ました彼がいつもより少しばかり眉間の皺を深め、こちらを見る。

「ん。拳西が居なくなってから。」

そうか。と、独り言のように呟き、
後には何も言わなかった。
唯々、私の指から立ち上げる紫煙を眺めるだけ。
眉間の皺は元の深さに戻っていた。

沈黙が続き、煙草だけが短くなって行った。
口に広がる苦味が増し、
マッチ箱と共に取り出したブリキの手のひらサイズの平たい缶を開き、
煙草を押し当てる。
暫く細く紫煙を出していた吸殻が、
息絶えるように紫煙を出すのをやめた。

もう一本、煙草を取り出し
先程と同様に火を着ける。
また、紫煙が私を抱きしめた。

「俺も、一本。」

後ろから逞しい腕が一本、
箱から煙草を抜き取った。

「火。」

私の咥えた煙草と彼の咥えた煙草が重なった。
その慣れた手付きは、私の知らない彼だった。

「拳西も、吸ってたんだ。」
「現世行ってからな。」

視線は交じり合わず、遠くを見ていた。
何か大切な事を思い出しているようでその横顔は心なしか刹那気だった。

そりゃあ、一緒にいたのは百年も前だ
人間なら産まれ、死んでいくぐらい長い時間離れていたのだ。
その間互いに何があったかは話さないし聞かない。
気にならないわけじゃない。
聞いてもどうにもならないから。
嫉妬とやり場のない虚しさが溢れるだけだから

未だ遠くを見つめる彼の、前は無かった眉のピアスに触れる。
私を一瞥し、煙を口に含み其の儘唇を重ねた。
拳西の手にあった煙草がもみ消されるのが見えた。
紫煙の苦味が口内を犯す。
横目で私の手の中の煙草が畳に灰を落とすのが見えた。

紫煙と煙草の匂い。それに彼の温もり
全てが心地よくて、
その中に溶け込んでしまいたかった。

少し強く彼を抱きしめると、
唇は離され、頭を撫でられる。
懐かしいこの感じ。
この手は変わらない。

「百年…だもんね。」
「そうだな。」

その間、紫煙が私の側に居たように
現在の隣にも連れそうものがあったのだろうか。
いや、きっとあったのだろう。
互の隙間を埋めるなければやっていけない程
あの頃の私達は依存しあっていたのだから。

「拳西…お帰り。」
「ん?あぁ…ただいま。」

気が付けば煙草は酷く短くなっていた。
弱々しい紫煙を挙げながら暫くして静かに火を消した。
それを見届け、ブリキの缶にそっと煙草を置いた。
煙草は先程、彼が揉み消した煙草に寄り添っているようだった。

もう一本。と、煙草の箱に手を伸ばしたその手を彼が掴んだ。

「もう、 必要ねぇだろ?」

私を包み込むように抱き締めた。
彼の匂いに包まれた。

「そうね。」

煙草を求め伸びた手で、後ろから抱く彼の腕に触れた。

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