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□桜色
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貴方と一緒にいるにはどうしたらいいのか。

そんな事ばかり考えて、
別れの日までを辿るのだ。


三階の春には桜の見える科学室。

「先生。頼まれてたクラス全員のノート。」
「お。わりーな。」

私の方など見向きもせず、薄い緑色の液体の入ったフラスコを眺めている。
それは毎回いつものこと


私の想い人。
科学の阿近先生。

用事は済んだものの、名残惜しく先生の後ろ姿を見ていれば

「まだ何か用か?」
「ううん…何も…」

振り返ることはなく、先程のフラスコに透明の液体を垂らせば
フラスコの中身は桜色に変わった。

思わず見とれていた私に

「ほら、御褒美。」

そう言ってやっぱり振り返る事の無いまま
私の方にあめ玉を投げる。

「ん、ありがと。」

口に含めば口いっぱいにあめ玉の甘ったるさが広がった。

そして、また
実験に没頭する。
先生は、時々自分の実験に没頭して、
授業を放棄しちゃったり
めんどくさいからと
理科室に泊まり込んだり
実験器具で珈琲いれたり…
少し変わり者ではあるけど
そこがまた、好きだったりする。

「先生。何の実験?」

次々変わるフラスコの中の液体をを見ながら訪ねる。

「来週の御前のクラスの最後の授業の。」

最後の。
そうか。もう、終わりは近づいて居るのか。

もう直ぐ私はここを卒業する。
先生ともお別れ。
ただの高校生の私には
どうにも出来ない事で

それでも、
この先もずっと、先生と居たいと
思わずには居られなかった。

その願いは叶う事無く
ただ時は流れて
今日は最後の化学の授業だ。

先生に言われたとおりに薬品を混ぜていく。
フラスコの中の液体は
薄い緑から桜色に
それに無色透明な薬品を混ぜれば…

「うわ…すげぇ。」

阿散井君が声を上げた。

混ぜ合わさった薬品は桜色
フラスコから泡となって溢れ出した。

「綺麗…」
「すげぇ。」

皆の歓喜の声。

「卒業おめでとう。」

そう言って先生が窓を開ける。
冷たい風とともに溢れ出した泡が舞った。

一足先に科学室に舞った桜
泣きたくなるくらい綺麗だった。
先生からのプレゼント。
きっと私は忘れない。

先生。先生が好き。
先生。会いに来ちゃ駄目かな。
先生。まだ、高校生で居たいよ。
卒業…したくないな。

溢れる想いを言葉にする勇気はなかった。

何も出来ない時間が過ぎ
そして、卒業式。

校長先生のありがたい話も
担任の感動する話も
上の空で、
ずっと、阿近先生との数少ない思い出を巡らせていた。

式も最後のホームルームも終わり
生徒玄関をでる。
校門をくぐれば、もう。ここにもどってくる事は無いだろう。

本当に、今日で最後なのだ。

そう思うとなかなか校門をくぐることが出来ない。
まだ…
伝えてない。
先生に何一つ
私の気持ちは伝えてない。

そう思ったらあとは、勝手に体が動いていて
気が付けば科学室へ向かっていた。
卒業式だけど…
先生はきっとここにいる。
根拠のない確信があった。

「先生。」
勢い良く科学室の扉を開ければ
私が来ることを分かっていたように涼しげな顔の先生がいた。

「先生…わたし。」

いざ先生を前にすると言葉が出てこない。
すると、先生が此方にやってきて
「三年間よく頑張ったな。」
卒業おめでとう。と言って私の額にキスをした。

「ご褒美な。」

いつもと変わらずそう言った。

特別なご褒美に
ああ、本当に最後なのだと思い知った。
結局先生は全部お見通しだったのだ。
私が先生を好きだった事も

「うん。三年間ありがとう。」

涙はこらえた。
科学室をでて後者の階段を駆け下りる。

先生。私は自分の力では何も出来ないお子ちゃまで
先生とはまだまだ釣り合わないけど
いつか。いつか私が大人になって、
たくさん恋をして
それでもまだ、先生を忘れられなかったら
その時は、先生に会いに行っても良いかな。
好きって伝えても良いかな…

涙は堪えたまま、校門を一気に駆け抜けた。

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