book

□距離
1ページ/1ページ


「就職先どこだっけ?」

最近よく聞かれる言葉。
大学生活、ダラダラと過ごし
気が付けば大学も卒業。
やりたい事も特になく
適当に就職しようと思ったものの
日本は生憎、大不況。
就職難に見舞われて
就職先も見つからず、
ニートやフリーターはゴメンだと見栄を張って
大学院に進む事にした。

「大学院か…私はもう勉強したくないや…」

そう言う友人は今年からOLデビューだ。

「勉強熱心で良いね」
「ばーか。んなわけねぇだろが。」

私が否定するより先に
後ろから声がした。

「一角…」
「こいつの事だ。働きたくねぇから進学。って所だろ。」

なかなか痛いところを突いてくる。
さすが、四年間共に過ごした仲なだけある。

「うるさいな。そう言う一角はどうなのよ。」
「んあ?俺は就職。二年間は海外。」
「海外…インド?タイ?」

一角の剃られた頭を見ながら言えば

「殺すぞ。イギリスだ!ロンドン!」

青筋立てて怒鳴る一角の、
顔に似つかわしくない国名に吹き出した。

「何笑ってんだよ。」
「何も…」

再び一角の頭を見て
彼がイギリスに居る所を想像してまた吹き出した。

「おいこら、喧嘩売ってんのか?」

一角の青筋は消えることはなく
私の笑いもなかなか、止まらなかった。

でも、こんな馴れ合いも後少しで終わってしまうのだ。

「でもさ、凄いじゃん。」
「何だよ改まって。」

気が付けば先程まで一緒にいたはずの友人は何処かに行ってしまっていて、私と一角の二人。

「海外に就職なんて、凄いよ。」
「ちげぇよ。本社がそっちだから二年間の研修みたいなもん。」
「それでも凄いって。」
「まあな、男は養っていかなきゃなんねぇしな。」
「養う相手も居ないのに?」
「うるせぇな。」
「私が嫁いであげよっか?」
「お前に家事できんのか?」
「それ聞いちゃう?」
「壊滅的なんだろ。手に取るように解るわ。」
「まあ、本気出せば出来るよ。」
「うそつけ。」

いつもと変わらぬこんなやりとりも
卒業したらする事も出来なくなるのかと思うと、
少し寂しい気がした。

「何だよ。辛気臭い顔して。」
「元々こういう顔なの。」
「そーかよ。」
「…」
「…」

素直じゃない私は
寂しい。なんて、言えるわけもなかった。

暫く無言が続いて

「二年後。」
「え?」
「それまでに家事できるようになったら、しょうがねぇから貰ってやるよ。」
「しょうがなくで貰われたくない。」
「そーかよ。じゃあ、孤独死だな。」
「その前に良い人見つけるもん。」

どこまでも正直じゃない。
本当は相手の気持ちなんて
とっくに気付いているのに。

どちらかが、
もっと素直だったら
私たちの関係は変わっていたのだろうか…
答えのでないまま時が過ぎて
卒業の日。

中学校や高校と違って感動的な担任の言葉もなくて
呆気なく式が終わった。

珍しい一角のスーツ姿に
本当に卒業してしまうのだと実感
寂しさがこみ上げた。

友人と記念写真を撮っていると
一角がやってきた。
要らぬ気を使って友人達は捌けていく

「俺明日行くから。」
「うん。」
「元気でな。」
「うん。」

この期に及んで可愛いこと一つ言えない私。

「…」
「…」

どちらとも、相手の言葉を待っていた。

「じゃあ、行くわ。いい男見つけろよ。」

そう言って振り返り、
どんどんと遠くなる一角の背中。

「家事!出来るようになるから!」

精一杯の言葉。

「ん。迎えに行く。」

振り返らずに言った一角。

後ろ姿でもわかるほど、
頭の先まで真っ赤になっていた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ