決められた運命

□第4衝突
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━side:絵麻━



夏休みの終わりが見えてきた8月中旬、わたしはベッドに腰掛けて窓の向こうに見えるややオレンジがかった空をぼんやりと眺めていた。





ピピ、と脇に挟んでいた体温計が鳴りジュリと見てみると、37度2分だった。


ジ「熱があるじゃないか」
絵「微熱だよ、たいしたことないから」




そうは言ったけど先月末の旅行以来、なんとなく身体の倦怠感が続いていた。
この3ヶ月でいろいろな事があったから、疲れが溜まっていたのかな……。




━━━いろんな事といえば


旅行での、あの出来事……

満点の星空のもと海辺で要さんにキスをされてしまったあの夜━━




突然のとこで何がなんだかわからなくて……。

気がついたらジュリを置いて猛ダッシュで逃げ出していた。
あの時以来、要さんとは顔を合わせづらいというか、その姿をまともに見られない。幸いにも要さんは法事で忙しいらしく、家を空けることが多かったから内心ホッとしていたりして……。

そんな事を考えていたらいつの間にか頬が熱くなっていた。


(さすがに薬を飲んでおいたほうがいいかもしれない……)


そう思った私はジュリにお留守番を頼んで薬箱が置いてある5階のリビングに向かうことにした。




━━━━━━━━━━━━━━━



弥「はー、楽しかったー!おねーちゃん、ただいまー!」




広いリビングの片隅でごそごそと解熱剤を探していると、プール道具を持った弥ちゃんが入ってきた。


絵「プールへ行ってたの?」
弥「うん!僕泳ぐのヘタだから、友達と一緒に練習してきたんだ!」



そういえば旅行のときにあいつは泳げないんだって雅臣さんが言ってたな。
ちゃんと練習するなんて弥ちゃん、偉いなぁ。
弥ちゃんが全身を使ってプールでの様子を教えてくれる。それがすごくかわいらしい。



弥「あれ、そういえばおねーちゃんは何してたの?」
絵「わたしは……ちょっと熱っぽいから、お薬を探してたの」
弥「え!?だいじょーぶ……?」


弥ちゃんが心配そうにわたしを見つめると、何か思いついたらしく
"僕がなおしてあげるよ!"
と言い出した。



弥「あのね、びょーきになったら"あえぐ"だよ!」






あ え ぐ……!?








弥ちゃんの口からあまりにも意外な言葉が出てきて、呆然としてしまった。どこでそんな言葉を覚えたんだろう……。そもそも、病気になったら"あえぐ"ってどういうこと?


疑問だらけのわたしをよそに、弥ちゃんは元気よくリビングから出ていってしまった。





━━━━━━━




ソファに腰掛け弥ちゃんが戻ってくるのを待っていると、突然大きなふとんがのそのそとリビングに入ってきた……!



(ふとんが勝手に……………!?)




でもよく見ると、ふとんの下から小さな足が少しだけ見える。弥ちゃんが自分より大きいふとんを運んできてくれたのだ。



弥「まずは、あったまるの"あ"!おねーちゃん、これであったまって!」
絵「……あ、ありがとう」


無邪気な顔でふとんを差し出してくれる弥ちゃん。せっかく持ってきてくれたのでふとんにくるまってみるけど………。



絵「(うーん、これは温まるというよりものすごく暑い、よ?)」
弥「これであったまるの"あ"はバッチリ!次は………えいようの"え"!」




若干困惑するわたしをよそに弥ちゃんははりきっていて、今度はキッチンへと向かい冷蔵庫や戸棚を探りだした。



まさか、何か作ってくれるとか?









ところが弥ちゃんは腕一杯にいろんな食材を抱えてこちらへやってきた。
リビングのローテーブルにそれらを並べて1つ1つわたしに手渡してくれる。





弥「これでえいようとってね、まずは………バナナ!」


確かにバナナは栄養満点だね。



弥「それに………マヨネーズ!」




そ、そのままはちょっとつらいかも。




弥「あと………おにく!」






さすがに生肉は食べられないよ…………!?





弥「そして………アイス!」




あ、ちょっと食べたいかも。



それにしても、持ち出された食材を見てわたしは少し不安になる。これは………あとで右京さんに怒られるんじゃないかな。
そんな心配をしながらふと弥ちゃんに目を向けると、アイスをじーっと見つめていた。




絵「弥ちゃん、アイス食べたいの?」
弥「これ、おねーちゃんのだもん。僕がまんできるよ!」




けれどその目線はすぐにアイスに向かう。
弥ちゃんが小さい声でがまん……、とつぶやきながらウルウルした目でアイスを見つめる。
弥ちゃんの愛らしさに思わず笑みがこぼれた。



絵「じゃあ、一緒に食べよっか!」
弥「え!いーの!?」
絵「弥ちゃん、わたしのために頑張ってくれたからご褒美だよ」



すると弥ちゃんは元気いっぱいにありがとー!と言ってわたしに抱きついてきた。



(右京さん……ごめんなさい)




━━━━━━━━━━━━━━━









弥「あっ!"ぐ"忘れてた!あえぐの"ぐ"!はやく"ぐ"しなきゃ!」


仲良くアイスをはんぶんこしておなかにおさめたとき、弥ちゃんが思いだしたように叫んだ。最後の"ぐ"は何をするんだろう?
ところが弥ちゃんもそれを忘れてしまったみたい。
うーんと考えて弥ちゃんが出した答えは……。




弥「ぐるぐる!…………だったっけ?きっとね、ぐるぐるまわってるとよくなるんだと思う!」




弥ちゃんはわたしの手を引いてたたせると、突然ぐるぐると回り出した。
絶対に間違ってる……!
そうは思うものの、熱のせいで頭がぼーっとしていたわたしはされるがままになっていた。リビングでひたすらぐるぐると回る弥ちゃんとわたし。


雅「………なんだか楽しそうなことしてるね」
絵「っ!?」



そこへ、のそりと雅臣さんがリビングへ入ってきた。昨晩は夜勤だったから今頃になって起きてきたみたい。



雅「なにかのダンス?」
絵「ち、違います。弥ちゃんが病気のときはこうした方がいいって言うから………」



しどろもどろになって言い訳をしながら、おかしなことをやっていた自分に改めて気がついた。
一方では、目を回した弥ちゃんがよたよたしながら雅臣さんに近づく。



弥「ま、まーくん…………?」
雅「弥、大丈夫か?」
弥「あ、あのね、あえぐの"ぐ"はぐるぐるの"ぐ"…………だよね?」
雅「あえぐっ!?」



弥ちゃんの発言に雅臣さんはかなりびっくりしたようだ。


弥「まーくんがびょーきのときに早くなおる方法を教えてくれたでしょ?あっためるのとー、えいようとー…………」
雅「ああ、風邪をひいたときの対処法だね。あとは"ぐっすり眠る"だけど………」


絵「(やっぱり違ったんだ……)」


雅「それよりもその………あ、あえぐって誰から聞いたんだ、弥」
弥「んーと………この前、僕が風邪をひいたときにそのことをみんなに教えてあげたんだよ。そしたらつっくんが、略して"あえぐ"だなーって………」



ああ、犯人は椿さんだったんだ……。それを聞いた雅臣さんは目をキラーンと光らせて静に何かを呟いた。
雅臣さんって弥ちゃんのこととなると人が変わるよね、旅行のときもそうだったし。
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