決められた運命

□第5衝突
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━side:絵麻━

だんだんと秋の気配が感じられるようになった9月中旬、わたしは買い物を終えてマンションへの道を歩いていた。
袋の中には、薄力粉、グラニュー糖、生クリーム、チョコレート…それにフルーツなどが入っている。


(これで大丈夫かな……うまくいくといいんだけど……)



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右「実は明日、昴の誕生会をやろうと思っているんです。ケーキ作りをお任せしたいのですが……」
絵「え、昴さんの!?」
右「はい、本当は21日が誕生日なんですが今年は平日ですから。それで繰り上げて明日の休日に」
絵「へえ〜、いいですねえ!」


右京さんにそう言われたのは昨日の夜、夕食の片付けをしているときだった。
兄弟っていいなあと思いわたしは思わずそう応えていた。



右「普段はそこまでやらないんですが今年、昴は二十歳になります。ですから特別、ですね」
絵「で、でもいいんですか?そんな大切な日のケーキをわたしが作ったりしても」
右「もちろんです、あなたの手作りならみんなすごく喜ぶと思いますよ」



右京さんはわたしを励ますようににこやかな微笑みを浮かべた。

どうやら明日どうしても依頼人と会わないといけないようで、弁護士さんは大変だと感じる。
実は、ケーキなんてもう長いこと作っていない。だから不安がないと言えば嘘になる。
でも、兄弟が集まっての昴さんの二十歳の誕生会。その記念にケーキを作る。それってとてもすばらしいことだと思う。



(やってみようかな………もし不安な所があったら葵さんに……って、そうだ!)



絵「あの、葵さんの二十歳のお祝いも一緒にやっていいですか?」
右「白百合さんの?確かに彼女も昴と同じ二十歳になる方ですが……誕生日はいつなのです?」
絵「それが、わたしも教えてもらっていなくて……。だから毎年祝えずに過ごしてきたんです。昴さんの誕生日に葵さんにもおめでとうを言いたいから……」
右「……わかりました、それでは二人のためのケーキ作りをお任せします。あ、道具の場所ですが……」


………というわけで、わたしは突然ケーキの材料を買い集めることになったのだった。

(兄弟みんなが集まるんだから、それにふさわしい大きさがいるよね。よーし、気合い入れるぞ!)



そんな事を考えながらわたしはようやくマンションのエントランスまでたどり着いた。



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琉「あ、おかえり、ちぃちゃん」
『おかえりなさい、絵麻ちゃん』
絵「(え!?琉生さん今、なんて……?)」



リビングに入ると、ソファに琉生さんと葵さんが座っていた。
わたしのことを"ちぃ"と呼ぶのはジュリだけなのに、なぜ琉生さんが……。




絵「琉生さんと葵さんが一緒にいるって珍しいですね」
『うん、今日はバイトも特になかったし早く帰ってこれたんだよね。で、リビングに入ろうとしたら琉生さんが床に突っ伏して寝てたからここまで運んだところ』
琉「すぐ、店、戻らないといけない。けど、ちぃちゃんと葵ちゃんの髪、アレンジしたい。特別な日だから……昴くんの誕生日、パーティも、あるし……」




確かに今日、琉生さんと風斗くんは仕事の関係で誕生会には出席しないと聞いていた。
ようやくわたしは、琉生さんがここにいる理由に思い至った。



琉「だから、アレンジ。………ね?」
絵「……すみません、ありがとうございます」


わたしはやっとそれだけ言った。琉生さんが柔らかな笑みを浮かべる。


琉「ごめん、葵ちゃんは……仕事場まで、来てほしい。ここで二人、できないかも」
『わたしはべつにアレンジする必要ないんじゃ………』
琉「わかった………?」
『は、はい…………』
絵「(うそ、葵さんが折れた……!)」


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琉「………どう?」




琉生さんに声をかけられてハッと我に返る。渡された手鏡に映った自分を見てびっくりした。
かわいい!と葵さんもすごく驚いている。
琉生さんは、わたしがアップしていた髪をダウンスタイルのアレンジにしていた。キレイな編み込みが入ったことですごく華やかになっている。



最後の仕上げをしようとしたとき、琉生さんの笑顔に陰がさした。




絵「どうしたんですか?」
琉「アイロンが……壊れてる。ごめん、予備の…持ってくる」
絵「あの、もう充分ですから………!」




琉生さんにそう言うと、今まで穏やかだった顔が急に引き締まった。いつもの琉生さんからは予想もつかない、真剣な顔だ。


琉「最後まで………やらせて。すぐ、戻る」


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絵「(琉生さん、美容師の仕事にあれだけ打ち込んでいるんだ。遠慮したら、かえって良くないときもあるんだな………)」

さっき見た普段とまったく違う琉生さんの表情を思い出す。
そんな事を考えていると、ばーんとリビングの扉が開け放たれた。
琉生さんかな、と思っていたら………


入ったきたのは風斗くんだった。




風「あれ、琉生兄いないの?」


リビングを見渡しながら風斗くんが言う。



絵「今ちょっと部屋に行ってるよ。すぐ戻ってくると思うけど」
風「なんだよ、も〜!店に聞いたら家だって言ってたのに〜」
絵「あ、あのどうしたの?確か風斗くん、お仕事だったんじゃ……」


かなりイライラした様子でしきりと壁に掛けられた時計を見ている。
わたしがたずねると、風斗くんがこちらをふりかえった。


全国のファンをとりこにする天使のような顔がじっとこちらを見ている。
さすがは人気アイドル、そんなに見つめられると……



風「なんでそんなこと、パンピーのアンタに教えなきゃなんないの?あ、わかった。アンタ情報売る気なんでしょ?あーもう、油断もスキもないよね〜」


風斗くんが呆れきった顔で言う。わたしの頭の中で何かがカチンと鳴る。
怒鳴りかけようとした時、ダーン!とうしろから大きな音がした。
後ろを振り返ると、いつか見たような満面の笑みの葵さんが立っている。
……あれ、さっきまでソファに座ってたよね?それに、今の音絶対葵さんが出した音だよね!?




『何なら、今すぐにでもTwi〇terとか、Faceb〇okとかに情報されけ出してもいいんだよ……?』
絵「あ、あの………葵さん、落ち着いて……」
風「はあ?っていうか、アンタの方が部外者でしょ。ボクあんたにも言ったつもりだったんだけど?」
『確かに部外者だね、でも姉である絵麻ちゃんにその言葉はないんじゃないかなー?』
風「家族でもないのに、パンピーで部外者のアンタがボクの事に口出さないでくれる?忙しいんだよねー」
『そうですねー、わたしみたいな一般人なんて相手できないでしょうね?国民的アイドルは忙しいですもんねー?』




売り言葉に買い言葉でどんどんヒートアップしていく二人。わたしが止められるような状況ではないよね……。







『あー、めんどくさ。わたし自分の部屋戻るね』





疲れたように葵さんがリビングから出ていくと、風斗くんの目線がこちらに向いた。


風「髪型、変えたんだね?似合ってるよ、すごくキレイだ……」
絵「え………?」




あまりに優しく、そしてあまりにも甘い声にさっきまでの怒りが吹き飛んだ。
風斗くんがわたしの方に近づいてくる。

風「ごめん、僕今まで気づかなかった。姉さんがそんな美しい人だってこと」



ね、姉さん………っ!



風斗くんにそう呼ばれたのは初めてだ。嬉しさと驚きが同時に湧きあがって頬が火照ってくるのを感じる。

風「………姉さん」


風斗くんの顔が視界いっぱいに広がった。


絵「な、何?」
風「今だけ、忘れてもいい?僕と姉さんがキョーダイだってこと」
絵「え、えええっ!!ふ、ふ、風斗くんっ………!」




心臓がドキンと高鳴った。
頭が混乱して何を言っていいのか分からない。



━━━━━すると、風斗くんがにやっと笑った。




風「………なんてね。今、本気にしたでしょ?うわー、ありえない!髪型変えただけでお姫様気分?ウケるー、もう最高!」
絵「ふ、風斗くん!」



私は思わず大声をあげた。そのとき風斗くんの携帯が鳴る。




風「………今?家だけど。だからあ、あのスタジオのヘアメイク、センスないって言ったでしょ?僕の兄貴の方が何倍も………え?みんなが待ってる?あ〜もう。………分かった、行くよ」


風斗くんは不機嫌そうに電話を切る。


風「あ〜あ、琉生兄がいないなんてツイてないな。ま、でもアンタの楽しい姿を見れたし来たかい、あったかな。………あの女もやっぱり面白そうだったし」



風斗くんが最後にぼそっと呟いたことは小さすぎて聞き取れなかった。



風「………じゃあね、キ・レ・イな、お姉さん」





風斗くんは来たときと同じく、あっという間に立ち去っていった。
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