決められた運命

□第6衝突
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━side:葵━



絵「……水が冷たくなってきましたね」
右「もう10月も下旬ですからね、さすがに秋らしくなってきた気がします。あ、ほうれん草を切ってもらえますか?ベーコンと炒めますから」
絵「わかりました」
『……右京さん、絵麻ちゃん……おはようございます』
右「おはようございます、随分と眠そうですね」



大きなあくびをしながらリビングに入ると、右京さんと絵麻ちゃんが朝食の準備をしている最中だった。
右京さんはフライパンを片手に私に訳を問いかけてくる。



『少し急ぎでやらないといけない事があったので……、作業が終わったのが明け方だったんです』
絵「それじゃあ少ししか葵さん寝ていないんですか!?」
『そうなるかな…まあきついと思った事はないし大丈夫だよ』




そうですか……と、まだ不安そうに見つめる絵麻ちゃんがなんだか可愛い妹のように見えて少し嬉しくなった。
そんなことを話していると、もう一人リビングへ入ってくる。
それは雅臣さんだった。髪はぼさぼさでなんだかぼーっとしている。



右「昨日は夜勤だったんですか?」
雅「その予定じゃなかったんだけど、帰ろうとしたら急患が入っちゃって。さっき帰ってきたところなんだ」
『お疲れさまでした………』





だるそうに座る雅臣さんに声をかけると、ありがとう、と返ってきた。さっきよりかは顔に笑顔が浮かんだように見える。その笑顔はとても優しいものだった。



右「正論だと思いますが、体調には気をつけてくださいよ。あと1ヶ月くらいですから、長男が欠席するわけにはいきませんし」
雅「なんの話だい、右京?」



雅臣さんがきょとんとした顔で聞く。カレンダーを見て私はようやくその意味を理解した。



『11月23日が麟太郎さんと美和さんの結婚式でしたよね?多分右京さんがおっしゃったのはその事かも………』




再婚した半年後、結婚披露宴を行う予定だと麟太郎さんからは聞いている。それが11月23日だと教えてもらったのはつい最近のことだ。



雅「そのことか。大丈夫、もちろん覚えているよ。だって昨日もそのせいで帰れなくなったんだから」
右「どういうことです?」
雅「帰りがけに母さんから電話がきたんだよ。いきなりだったなあ。それで式のことをいろいろ言われてね、一通り聞いて帰ろうと思ったらそこに急患がきたんだ。それでそのままなし崩し的に………」
右「ちょ、ちょっと待ってください」





おかしそうに笑いながら話す雅臣さんの話を右京さんが遮った。




右「母さんから連絡があったんですか?」
雅「うん、そうだよ。準備はほとんど終わったって言ってた。僕らの予定が気になったらしくて、全員出席できるかって。…………相変わらずパワフルだよね」
右「笑っている場合ではないですよ。私たちも何かするべきでは……」
雅「大丈夫だってば。右京だって知ってるだろう?母さんはそういうことは得意だから、僕らは邪魔になるだけだよ」




雅臣さんはそう言ってにこにこ笑っている。
でも右京さんはその態度にかえって不安がつのった様子だった。



右「しかし、息子なんですから………」
雅「あはは、母さんの言った通りだ」





右「なんの話です?」
雅「いや、ごめんごめん。昨日母さんが言っていたんだよ。右京が心配してあれこれ言い出すだろうから気にするなって、言ってくれって。さすがによくわかってるよね。…………ねえ、右京」


右京さんが言葉に詰まっていると、雅臣さんの口調がちょっと変わった気がした。


雅「母さんは自分のことは自分でやらないと気がすまないんだ。そういう人なんだよ。まして結婚式じゃないか。だから、やりたいようにやらせてあげようよ。ね?」


右「………………そうですね。確かに母さんはそういう人でした。
雅臣兄さんの言う通りです。ここは黙って見守るのが最善でしょう」
雅「うん、僕もそう思う。
………ところで、朝ごはん、すぐできる?今日、日勤だからそのまま病院にいても良かったんだけど、少しお腹が空いちゃってね」





わかりました、と言うと右京さんは卵を割り始める。絵麻ちゃんも野菜を手に取った。
ふと、雅臣さんと二人だけの時間になったと気が付いた。もう半年近くここで居候しているが、仕事だとか私のスケジュールの問題からしっかり話した事があるのはまだ少ない。
(一番わたしに影響を与えているのは双子の椿さん、梓さんなのは確実だけどね………)




雅「母さんの結婚式、白百合さんは出席するの?」
『一応麟太郎さんから招待状を受け取ったので、その予定です。親族だけの式に赤の他人が出るなんて申し訳ないですけど……』
雅「そんなことはないと思うよ。母さんは女の子がすごくほしがっていたし、君がそう思っていたとしても母さんは歓迎してくれると思う」
『そう言ってもらえると、嬉しいです……』









少し恥ずかしく思っていると、リビングに誰かが入ってきた。





絵「あ、椿さん」
『おはようございます、椿さん』
椿「おはよ♥は〜い、朝のハグ〜」



そのまま椿さんは絵麻ちゃんに抱きつこうとするが手にしたほうれん草でそれを押し止めてしまった。



椿「あー、つれないなあ。…………ところでなんかあったの?」
右「なにもありませんよ、椿。結婚式の話をしていただけです」
椿「え、誰か結婚するの?誰が?まさか、まさにー?」
雅「ううん、違うよ。母さんのだよ、忘れた?」





雅臣さんは相変わらずにこにこと答える。




椿「ああ、あれねー。そういや連絡来てたっけ。えーといつだっけか、来月?」
『来月の23日です』
椿「そっかー。
あ、そーだ!俺歌うたおっと、梓と一緒に。決まり決まり!……つーことだから、何か良いCD借りてきて!」







私の方をキラキラした目で見つめてくる椿さん。
誰か助けを………と思いあたりを見渡すけど、梓さんはいないし、右京さんや絵麻ちゃんは料理に夢中でこっちを構ってくれそうにない。
雅臣さんは隣で静かに寝息を立てていた。






そうして私はレンタルショップへと足を運ぶ事になったのだ。
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