決められた運命

□第7衝突
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―side:絵麻―


絵「(す、すごいところだなあ。ドレス着てきてよかったかも)」




お昼少し過ぎに、わたしは式が行われるホテルに着いた。
タクシーを降りて正面玄関を入ると、いきなりゴージャスなエントランスホールが目の前に広がる。真っ白の大理石でできた巨大な柱のステンドガラス。床に敷き詰められた真紅のカーペット。
ものすごく場違いなところにきてしまったようで足が震えそうだ。

式場の場所を探そうと大きな館内案内マップに向かうと、横合いからものすごく軽い声が聞こえてきた。


要「あ、妹ちゃん。ヤバすぎじゃない、それ。………ってあれ、無視されちゃうの、俺?うわ〜、悲しい」



わたしは溜息をついて振り返る。そこにはやはり要さんが立っていた。


要「あ。振り向いてくれた」
絵「……どうも」
要「すごくキレイだよ。俺、今日が何の日か忘れて速攻誘っちゃいそう」
絵「(……もう、この人は)」


黒のスーツを着た要さんはすらりとした体系が引き立ってとても見栄えがいい。
そばを通る女性が必ずちらっとそちらを見ていた。


絵「要さんも素敵みたいですね」
要「うーん、きつい言葉も板についてきたね」


要さんが苦笑する。わたしがそれを無視して立ち去ろうとしたとき、ぼそりと声が聞こえた。





要「…………ますます父さんが妬きそうだな」





それは優しくて、でもどこかさびしそうな声。思わず要さんのほうを見ると、要さんはすっと顔を横に背けた。


要「俺、さっき会ってきた」
絵「……お父さんに?」
要「そ。こんな日に変かもしれないけどね」



要さんはまた寂しそうに笑う。

要「母さんのこと、本気で愛していたからさ。今日の晴れ姿、嫉妬しないで見てやってくれって頼んできた」




要さんのお父さん、つまり美和さんの前の結婚相手は、10年くらい前に事故で亡くなったと聞いた。



絵「(ということは………お墓に行ってきたってこと?)」
要「母さんの晴れ姿に、こんなキレイな娘……。父さん、喜んだと思うんだよね」



そういって要さんはわたしのほうへ振り返る。


要「だから、俺父さんに代わってお礼を言いたい。妹ちゃん……今日はキレイになってくれてありがとう」




思わず涙が溢れそうになった。結婚式場にいることを思い出して懸命にこらえる。
純白のハンカチがわたしの目元をそっと撫でた。


要「ごめんね。………いきなり父さんのことなんか言ったりして。俺もう少し後で行くから、………みんなによろしくいっておいて」



要さんはそういって、正面玄関へ通じるエントランスホールの方へ歩いていった。









今日は美和さんとパパの結婚式。本来なら、喜ばしいお祝いの日だ。
でも、要さんはそんな日であっても亡くなった人のことを考えている。お坊さんなんだし当たり前なのかもしれないけど、その心づかいが温かく感じた。
そのとき、ふっとわたしの脳内にある女性の顔が浮かぶ。



それは、わたしが見た記憶じゃない、写真でしか顔を知らない人。






絵「(ママ………今日のパパを祝福してあげて)」








―――――――――――――――――――


絵「(まだ時間はあるし、せっかくだからホテルの中を見て回ろうかな)」



案内マップを見てみると、一角に"チャペル"と書かれた場所があった。
あとで式のときに行くのはわかっていたけど、どうしても好奇心が抑えきれなくなった。




案内マップをもう一度確かめてから、わたしはその場所へと向かった。



少し行くと、赤い絨毯が敷き詰められた区画に出た。待合室を兼ねた広い空間で、細い廊下が別の建物につながっている。


廊下の入り口には、"朝日奈家/日向家様御婚礼場"と書かれた案内板が出ていた。
胸がざわつくのを感じながら、廊下を奥へと進んでいく。



絵「(…………あ)」





その先にチャペルがあった。




正面の壁を彩るステンドグラス。華やかで、それでいて清らかな光を投げかけるシャンデリア。その光を受けて輝く銀の燭台。来賓席を飾る白い花。
準備はすべて整えられ、あとは花嫁、花婿を待つばかりになっていた。






絵「(ここで、パパと美和さんが………)」




感動がこみ上げて、足がかすかに揺れる感覚がする。








  










――――――そのときだった。
















 「オマエ、誰だ?」





とてつもなく無愛想な声が、一気に現実へと引き戻す。
振り返ると、黒のスーツを着た男の人が立っていた。

背はそんなに大きくないけれど、引き締まった体型、明るい色の髪がとても目を引いた。
ただ…………その髪の下にある瞳は、まっすぐにわたしを睨みつけている。






絵「あ、あの…………」





話しかけようとしたら、その人がいきなり言った。


 「出てけ」
絵「…………え?」



急にそんなこと言われて、少しうろたえてしまう。


絵「あ、あの、ちょっと………」



言い淀んでいると、その人が立て続けに言った。



 「人ンちの結婚式場に部外者が入るんじゃねえよ」
絵「(………えっ?)」


今度はこの人が言った言葉をどう聞いたらいいかわからなくなって混乱する。

朝日奈家の親戚か何かなのかな……。


そのとき、わたしの中で何かが引っかかった。
最初はなんだかわからなかった。でも、確かに何かが気になる。

 「な、なんだよ………人の顔、じろじろ見んじゃねえ」


その人は不愉快そうに視線を外す。



……顔?


そう。この人の顔、どこかで見たような気がするんだ。でも絶対に初対面………

そう思いつつも、なぜか面影を感じる。




わたしが考え込んでいるのにいらだったのか、その人が不快そうな声をあげた。




 「だから、見んなって言ってんだろうが」



絵「(………あ)」









まったく突然に、わたしは答えにたどり着いた。

瞳だ。独特の光彩を放つ瞳。
この瞳を、どこかで見た気がする。



そのときだった。



梓「椿、あれ………?」
椿「あ、棗(なつめ)じゃ〜ん!うわあ、ひっさしぶりー!」


椿さんと梓さんがチャペルの入り口に立っていた。車で来たのか、椿さんはキーを指先に引っ掛けてもてあそんでいる。


棗「椿、それに梓………」
梓「やあ、棗」


梓さんが声をかける。棗さんというこの人は椿さんや梓さんと知り合いのようだ。

棗「一緒か。……相変わらず仲がいいな」
椿「当たり前だろー、俺ら、愛し合っているんだからさー☆」
梓「椿。場所をわきまえようね」

椿さんは梓さんの肩に手を回すけど、それをやんわりと外した。椿さんは"ケチー"とつぶやきながら、梓さんから離れてわたしの方を見た。


椿「はーい★」
絵「………こんにちは」
椿「ドレス似合ってるねー。かっわいい!」
絵「………ありがとうございます」
椿「ね、式が終わったらさ、ドライブしようよ。今日俺、車で来てるからさー」
絵「は、はい?」
梓「椿、今日は特別な日なんだから、意味もなく妹を困らせるのはやめようね」




棗「妹………?どういうことだよ、妹って」


梓さんがわたしと椿さんの間に割って入ってくれる。
妹という言葉に、棗さんはいぶかしそうに聞いた。
それはねー……と答えようとする椿さんを止めて、梓さんが説明する。


梓「棗、僕が紹介するよ。彼女は母さんの新しい結婚相手の娘さんの絵麻。………だから、僕らの妹になるんだ」



今度はわたしが驚く番だ。
"僕らの"という意味に、頭の中がぐるぐるする。


椿「あ、困ってる困ってる★」
梓「紹介するよ」


椿さんは楽しそうに笑いながら、梓さんが言った。


梓「彼は棗。椿と僕の弟なんだ」
絵「………弟?」
椿「そう。だって俺ら、三つ子だしー?」



絵「ええっ―――――――!」

わたしは思わず大声をあげていた。
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