夢小説 魔術師の戦律

□prelude(前奏曲) 旅立ち
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「暑い」 

 この場所に来れば誰でも口にするであろう、その言葉をひとり呟いた。

 天高く昇り、煌々と輝く灼熱の太陽。
 どこまでも続き、まったく生命の息吹を感じない広大な砂地。
 その一角に設けられたアスファルトの地面に僕は立っていた。
 
 アスファルトの地面、つまり滑走路が設けられているここアフリカ基地は赤道直下にあたり、年中このような暑さだそうだ。
 ここに年中いる者の気がしれない……。

 各地を転々としていた、僕たちがここに来たのが一ヶ月ほど前。
 その頃にはあの第501統合戦闘航空団で活躍した、ウサギ耳の大尉と黒猫……いや、黒豹の使い魔を持つ少尉がいた。
 だが、彼女たちは501が再結成することを聞き、飛び出して行ってしまった。
 
 そして、二人と入れ違うように僕たちのもとへ一通の手紙が届く。
 差出人は、我々カールスラント空軍ウィッチ隊総監のアドルフィーネ・ガランド少将であった。

 内容は至って簡潔。
 
 エイト・グライナー少佐
 並びに、ユリアヌース・ティアム大尉
 両名はロマーニャに赴き第501統合戦闘航空団を支援せよ

 とのことであった。
 
 そんな訳で僕たちは現在、滑走路にいるのだった。
 その滑走路はというと、扶桑人の隊長さんに〈アフリカの星〉とその従者、抱き合っている3人の女の子に整備士の方々など多くの人でごったがえしていた。
 アフリカの皆さんは律儀にも、勝手な理由で訪れ、勝手な理由で去っていく僕たちを見送りしてくれるそうだ。

 背後から規律のいい足音が聞こえてくる。
 振り返ると、兵がひとりこちらに歩み寄ってきた。
 どうやら、離陸の準備が終わったようだ。

「グライナー少佐、準備が整いました」

「わかった。よろしく頼むよ」

「はっ」
 
 知らせにきた、副機長に労い言葉をかけると、これまた律儀に敬礼をして機内に帰っていった。
 さて、こちらもそろそろ動こうか。
 気分を改め、抱き合っている三人の少女の方に歩を進める。

「ユリア、そろそろ出発だぞ」

「ふぇ」

 声をかけると、一番手前の銀髪をセミロングにした少女が涙声で反応した。
 少女はこちらを一瞥すると、再び目の前の少女たちと抱き合った。
 その横では〈ケイ〉と呼ばれている隊長さんが愛用のライカを手にせわしく動き回っている。
 肩をすくめ、僕はひとり飛行機へと向かった。

「待て」

 飛行機に乗り込もうと、タラップに足をかけたところで声をかけられた。
 声をかけてきたのは、その天才的な技術と天性の美貌で〈アフリカの星〉と称される、ハンナ・ユースティーナ・マルセイユ大尉だ。
 本名はもっと長いらしく、彼女も嫌っていたので覚えていない。

「どうした、ハンナ」

「ファ、ファーストネームで呼ぶな!」

 ティナは顔を赤く染めて、怒気を含んだ声を上げる。
 これは前に一度アフリカを訪れたとき見つけたティナの弱点で、本人いわく呼ばれ慣れてないそうだ。
 普段、傲岸不遜な彼女がこう呼ぶことで、意外な一面を見れるのからついつい使ってしまう。
 その証拠にティナの隣にいる、マティルダが微笑をたたえている。

「ごめん、ごめん。ティナ」

 こちらが下手に出て謝ると、彼女は鼻を鳴らして答えてくれた。
 どうやら許してくれたらしい。
 
「まったくお前という奴は」
 
 ティナはひとり愚痴っているが問題ないだろう。
 そうしていると、少し咳ばらいをした後でこちらをまっすぐ見据えてきた。
 何者も恐れない、曇り一つとない目。
 砂漠に君臨する彼女にこそふさわしい、その狩人の目で見てきている。
 正直言って、怖い。
 大抵の人なら立ち竦んでしまうのではないかと、思われるぐらい。
 そして彼女はこちらに人差し指を突き付け、高らかに宣言した。

「次、来たときこそグライナー、お前に勝ち越してその鼻っ柱を折ってやる」

「くっ、くっくく、あはは」

 僕は思わずその宣言を聞いた途端、笑いがこみあげてきてしまった。

「お、お前は何を笑っている!!」

 ティナは羞恥の色に顔を染め、こちらに詰め寄ってくる。
 それでも僕は一度決壊したこの感情を抑えることができない。
 ティナがあと一歩も出詰め寄ってきたところでやっと、僕は言葉を出すことができた。

「とっとても、き、きみらっしぃとっお、おもっって」

「何?」 

「だ、だって、っっっっふっふつうは、さ、こぉいう、ときは、別れの言葉を、言うものだろ」

 腰のあたりにある剣に触れ、〈別れ〉という言葉を頭の中で絵がき出したことでやっと、自制が利くようになってきた。
 
 いま、自分たちは異形の軍ネウロイと戦争をしている真っただ中だ。
 そして、戦争である以上、軍人ならば死を覚悟しておかねばならないだろ。
 最前線で戦うウィッチなおさらのはず。
 なのにティナときたら……。

 そんなことを考えていると、急にまた笑いが込み上げてきた。
 今度は思い出し笑いと、こんなことを考えてしまう自分にだ。

「だから、笑うなと……」

 二転、三転と僕の様子を見て、ティナは呆れているようだった。
 それから、聞こえるような大きなため息をつくと、いきなり彼女の雰囲気が変わった。

 先ほどの取り乱したものでもなく、時より見せるふざけた感じでもなく。
 普段の、最も彼女ににあう傲岸不遜としか言いようのないオーラがひしひしと伝わってくる。
 彼女は声だけで人を貫けるような鋭い言葉を放った。

「お前は、この私が戦いで死ぬとでも思っているのか。それにお前もだ、グライナー! お前は自らがおいそれと果てる魂だと思っているのか?」

 高慢としか言えないけど、決して曲がらない、その偽りのなき言葉に僕の心は貫かれる。
 心が大きく震え上がり、闘争心がみなぎってくる。
 そうして、僕は気づかされる。
 
 ティナが自分を鼓舞してくれたのだと。
 弱気な雰囲気が顔とか声とかどこかしらに出ていたのだろう。
 そのわずかな機微をカールスラントのトップエースは見逃さない。

(ほんと、かなわないな)

 そんなことを心の中で呟き、僕は苦笑した。
 すると、ティナは満足した顔になる。
 僕がお礼を言おうと口を開きかけたとき、彼女はニンマリと意地悪そうな笑みを浮かべ告げた。
 
「腕だけではなく、心まで錆びついているのかと思ったぞ。私と対等に渡り合える者は少ないのだから、ちゃんと背筋を伸ばしてなければ困る」 

 ……前言撤回。
 彼女が僕を励ましてくれたのは、彼女自身のためらしい。
 もっとも、彼女らしい理由が微笑ましく思える。

 その勝負はというと、大食い対決に酒の飲み比べ、我慢大会など多岐にわたり、その中でも一番拘るのが模擬戦である。
 僕とティナの模擬戦の戦績はというと、36勝13敗30分けである。
 しかしながら、この戦績には3年前に訪れた時の戦績も入っており、彼女は有名になり始めたばかりの頃であった。

 そして、ここ1ヶ月の戦績では14勝13敗23分けである。
 このわずか1勝の差も、ストライカーの圧倒的なスペック差を以ってして、この戦績なのだから何ともいたたまれない。
 それだけ彼女は成長し、射撃に関しては人類最高のウィッチと言われるのも、伊達ではなくなった。

 対して僕は、ウィザードとして活躍し世界に名を轟かせたある作戦の後、大量の魔力を消耗してしまい半年の入院を余儀なくされた。
 そのまま興味のあったストライカーの研究をするべく、研究者となり前線から遠ざかっていたのだ。
 たびたび、試験運用の名目で前線には出ていたものの、技術を衰えを防ぐ程度でしかない。
 最前線で戦い、日々その技術を練磨し続けるティナからすれば、錆びついていると見えるだろう。

 そんな僕をティナは好敵手と位置づけ、励ましてくれるのだ。
 だから、僕は心に思ったことをやはり口にすることにした。
 
「ありがとう、ティナ」
 
 すると、彼女はそっぽを向いてしまった。
 よく見るとこちらに向いている耳は心配になるほど真っ赤に染まりあげている。
 僕は横目でこちらを見ているティナに右手を差し出した。
 
 ティナは理解できないといった感じに暫し僕の手を見ていた。
 僕の真意に思い当たったようで、僕たちは握手を交わす。
 そして、僕は最高の笑顔で、いま思いつく最高の言葉を紡いだ。

「また、空で会おう。砂漠の女神様」 

  

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