夢小説 魔術師の戦律

□ouverture(序曲) 黒衣の兄妹(上)
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 アフリカを発って、数時間。
 僕たちは輸送機の中にいた。
 輸送機はJu252、カールスラントの中ではかなりの名作であると思う。

「ねえ、聞いている? アハト」

 語りかけてくるのは銀髪に琥珀色の目の女性。
 彼女の名前はユリアヌース・ティアム。
 僕の副官でもあり、大切な家族だ。

「き・い・て・る・の?」

「痛い、痛い」

 右耳を引っ張る彼女に抗議の声を上げて、振りほどく。
 ちなみに左耳はいまでも赤く染まっているだろう。
 右手はというと、赤を通り越して青く腫れ上がっている。

 これは、飛行機に乗る前に起きた、一連の騒動のせいである。
 気の利いたジョークの一言ぐらいいいじゃないか。
 それなのに、ティナとユリアときたら……。

 過ぎたことを考えても仕方がない。
 なんにせよ、現在の問題はケイだ。
 ティナのレア写真はともかく、僕がいたぶられるところもきっちりカメラに収めていた。
 普通止めるだろうに。

 とにかく、あの写真を使って変な記事でも書かれたら大ごとだ。
 写真を抑える手段は……やはり、ケイに頼み込むしかないだろうか。
 手紙では普通、二週間はかかる。
 慈悲深い彼女のだ、それぐらいは待ってくれるだろう。
 支払う対価は大きいだろうが。

 つん、つん。
 ふいに右ほほに違和感を受ける。

「ん?」

 振り向くと、ユリアはほほを膨らませ待ち構えていた。
 はたから見ればかわいいのだが、その目はジトっとこちらを見ている。
 この数時間何度も交わした言葉を口にする。

「ごめん、ごめん」

 僕が素直に謝った。

「兄さんは今日、何度その言葉を口にしたの?」
 
 ユリアの口から紡がれたのは、まったく予想外の言葉。
 いままでだと、ため息をついて許してくれたのに。
 
「軽く数えて、70回以上かな」

 数えているはずないよ。
 僕は肩をすくめながらうそぶいた。

「そう」

 ユリアは僕の嘘を見抜いているといわんばかりのため息をつく。

「兄さんは本当に許してもらおうと思っているの?」

「うん」

 これは本当。

「本当に悪いと思っているの?」

「うん」

 これは嘘。

「なら、罰を与えなきゃね」

「え?」

 理解が追い付かない僕に、ユリアは諭すように続ける。 

「罪を憎んで、人を憎まずというでしょ?」

「うん」

「だから、私は兄さんのことを憎んでないよ」

「ありがと」

 それを聞いたユリアは気恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに微笑んだ。

「でもね、罪を犯した人には罰を与えないといけないよね」

「そうだね」

 その通りだ。
 だが、それには規定がある。
 罪を犯した者に同じ罰を与えようと、人間は考えないのだ。
 倫理的問題もあれば、心情的問題もあるから。
 そのための法律であり、軍規である。

「だから、兄さんへの罰を考えたんだけど……」

「へ?」

「兄さんが今日、謝った回数だけお菓子を作って」

「なんだ、そんなこ……」

 僕は了承しかけて言葉に詰まった。
 待て。
 いま、ユリアは何と言った。
 何かとてつもないことを言わなかったか?
 会話を脳でリフレインする。
 そんな僕の目を彼女は覗き込むように近づいてきた。

「兄さんは嘘付いてたの?」

「ぐっ……」

 上目遣いのまま、どこか気落ちするように言うユリア。
 そんなことをされれば、僕に反論の余地もない。

「わ、わかった」

 彼女は花を咲かせたような顔になる。

「ありがとう」

 無垢な笑顔に、飾らない言葉。
 僕は途端にに恥ずかしくなり、顔をそむけた。
 そのまま気を紛らわせようと外を流れる風景に目を向けた。

「うん?」

 いま遠くで何か光った。
 あれは?
 僕は確認しようと席を立ち、左目に手を添えた。

 『人工魔眼』

 目の色が生来の青から赤く染まっていく。
 そしてその奥で輝く、黒き五芒星。
 ルーン魔術の中で付加の際、失明の危険性を伴う強力な魔法の一種。
 
「【ᛋ】 天より注ぎし至純の光明を以って、汝の真なる姿を晒し出せ」

 魔眼の発動とともに、視力が驚異的に上がり目に見えぬ物まで映し出す。
 映し出されたのは、異形の一団と赤く輝くクリスタル。
 僕の故郷を焦土に変えた、人類最大の敵。

「ネウロイだ」
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