夢小説 魔術師の戦律

□ouverture(序曲) 安穏なる日々の為に
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「いててて」 

 僕はお尻を抑え立ち上がる。
 理不尽な約束を承諾させられた後、僕は部屋から蹴り出された。
 自分の部屋なのに出る時も入るときも半場強制的である。

「兄さん、体をきれいにしてきてくださいね」

 口調こそ優しくあるが、部屋の入り口には阿修羅がいた。
 原因は僕の行動にある。
 砂埃の付いた制服のままベットで睡眠をとったことだ。
 その結果、制服にしわが付き、シーツが汚れたことを咎められている。
 それぐらい誰も気にしないだろうに……。

「カールスラントの佐官がそんな身嗜みでどうするんですか!」

 見透かしたように、ユリアが叱りつけてくる。
 この一年間、耳にタコができるほど聞いたお馴染みのセリフだ。
 
「分かった。次からは気を付ける」

「前もそう言っていませんでしたか?」

「うっ」

 それを言われると痛い。

「シャワールームいかないのか〜。早くしないと夕食の時間になるよ」

 両手を頭の後ろで組んだフラウが、ユリアの後ろから尋ねてきた。

「それもそうね」

 ユリアは微笑み返した。

「私は兄さんの着替えを探して後から行くから」

 まだ一度も触れてない荷物を横目にユリアが言う。

「フラウ、兄さんを頼んだわよ」

「は〜い」

 いったい、何を頼むんだ?
 悪い気がしてならない。

「道案内よ。兄さんも基地のことはまだわからないでしょ」

「そうだね。助かるよ」

 僕は苦笑いを浮かべた。
 やはり、人の親切に邪推をするのもではないな。
 
「アハトは何を想像していたのかな〜」

 フラウがにこにこと近寄ってくる。

「な、なんでもない。それより、ユリアはどうするつもりだ? ユリアもわからないだろ?」

 僕はすぐに話題を変えた。
 何度もかき回されてはたまらない。

「私はさっき使ったからシャワールームまでならわかるよ」

 言われるまで気付かなかったが、よく見ると彼女の髪がしっとりとしていた。
 夕日に映し出される彼女の姿はなんだか色っぽい。

「兄さん?」

 ユリアに呼ばれて、はっと我に返った。

「ユ、ユリア、着替えを頼んだよ。ほら、フラウ行くよ」

 笑みを浮かべる少女を促し、僕はその場を逃げるように歩き出した。
 どうも今日は調子が悪いらしい。
 このままだと、また墓穴を掘ってしまいそうだ。

「あ〜、アハト待ってよ〜」

 部屋が見えなくなってきたところでフラウが追い付いてきた。

「つっかまえた」

 腕に絡みついてじゃれてくる。

「ユリアの前では魔術師殿も形無しだな〜」

「あはは」

 的を射た少女の言葉に僕の口からはかわいた笑声しか出てこなかった。
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