Bed Room
□閑話
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ーーゲーム開始後、約1ヶ月で2000人が死んだ。
外部からの解決策は無く、なんのメッセージも届くことはなかった。
私たちは直接目にしていないが、この世界から本当に出られないとようやく理解した時のプレイヤーたちのパニックは、狂乱の一言に尽きたという。
わめく者や、泣き出す者。
中にはゲーム世界を破壊すると言って街の石畳を掘り返そうとする者までいたという話だ。
無論、建築物は全て破壊不能オブジェクトで、その試みは徒労に終わったが。
どうにか全員が現状を呑み込み、それぞれに今後の方針を考え始めるまでに数日を要し、そしてプレイヤーは、大きく4つのグループに分かれた。
まず(これが大半を占めたのだが)、茅場 晶彦の出した解放条件を信じずに外部からの救助を待った者たち。
まぁ、彼らの気持ちは解らなくもない。
なんせ、自分たちの体は現実には椅子やベッドの上でゆったりと横たわり、呼吸をしているのだから。
この状況は《仮》であり、ちょっとしたはずみや、些細なきっかけで向こうに戻れる筈だ。
あるいは、外部では今、運営企業のアーガスと、政府がプレイヤーを救おうと最大限の努力をしているのだろう。
だから慌てずに待っていれば、いずれは何事もなく目覚めるはず。
そう思うのも無理はない。
キリトでさえ内心の何割かは期待していたようだしな。
彼らの取った行動は基本的に《待機》だ。
街から一歩も出ずに、初期配布のゲーム内通貨(この世界では《コル》という単位で表記されている)を僅かずつ使って日々の食糧を買い、安い宿屋で寝泊まりして、何人かのグループを作って漠然と日々を過ごしていた。
幸い《はじまりの街》は基部フロアの面積の約2割を占めており、東京の小さな区ひとつほどの威容を誇っていた為、5000人のプレイヤーがそれほど窮屈な思いをせずに暮らせるだけのキャパシティがあった。
だが、助けはいつまで待ってもくる筈もなく、何度目覚めても広がる光景は変わらなかった。
初期資金も永遠に保つわけもなく、やがて彼らも何かしらの行動を起こさざるを得なくなった。
そして2つ目のグループは、全体の約3割。
3000人ほどのプレイヤーが属したのが、協力して前向きにサバイバルを目指そうという集団だった。
リーダーとなったのは、日本国内でも最大級のネットゲーム情報サイトの管理人だった男だ。
彼のもとで、プレイヤーはいくつかの集団に分けられ、獲得したアイテム等を共同管理し、情報を集めた後、上層の階段がある迷宮区の攻略に乗り出した。
リーダーのグループは、はじまりの街の中央広場に面した《黒鉄宮》を根城にし、物資を蓄積してあれやこれやと配下のプレイヤー集団に指示を飛ばしていた。
この巨大集団にはしばらく名がなかったらしいが、全員に共通の制服が支給されるようになってからは、《軍》という笑えない呼称が与えられていた。
3つ目は、推定で1000人ほどのプレイヤーが属した。
初期の段階で無計画にコルを使い果たし、されどモンスターと戦って真っ当に稼ぐ気も起きない、食い詰めた者たち。
因みに、仮想であるにも関わらず、厳然と起こる整理的欲求がある。
ーーー睡眠欲と食欲だ。
睡眠欲は存在するのも納得がいく。
プレイヤーの脳は与えられている感覚情報が、現実のものなのか、はたまた仮想のものなのかなどということは意識していないだろう。
プレイヤーは眠くなれば街の宿へ行き、懐具合に応じた部屋を借りてベッドに潜り込むことになる。
莫大なコルを稼げば、好みの街で自分専用の部屋を買うこともできるが、おいそれと貯まる額ではない。
食欲に関しては、多くのプレイヤーを不思議がらせていた。
現実の肉体が置かれた状況などは想像したくはないが、恐らく何らかの手段で強制的に栄養を与えられているのだろう。
つまり、空腹を感じて此方で食事をしたとしても、現実の体に食べ物が入るわけではない。
だが、実際にはゲーム内で仮想のパンだの肉だのを詰め込めば空腹感はなくなり、満腹感が得られる。
このメカニズムはもうどっかの専門家に聞いてもらうしかない。
まぁ、逆に言えば、一度生じた空腹感は、食べない限り消えることはない。
多分、絶食しても死にはしないだろうが、やはりそれが耐え難い欲求であることに変わりは無く、プレイヤーは毎日NCPが経営するレストランに向かってはデータの食事を胃に詰め込むことになるのだ。
さて、話が脱線してしまったが、初期に金を使い果たし、寝るのはともかく、食うに困った者たちのうち大半は、例の共同攻略グループこと《軍》に否応なしに参加することになった。
上の指示に従ってさえいれば、少なくとも食事は支給されるからだ。
でも、どこの世界にも協調性など皆無の人間は存在するもので、はなからグループに属するのを良しとしない者は問題を起こしたり、はじまりの街のスラム地区を根城にして強盗に手を染める者まで現れた。
街の中、いわゆる《圏内》はシステムに保護されていて、プレイヤーは他のプレイヤーに一切の危害を加えることはできない。
だが、街の外は別で、はぐれ者たちは徒党を組み、モンスターより旨味があって危険の少ないプレイヤーたちをフィールドや迷宮区で待ち伏せして襲うようになったのだ。
とはいえ、流石の彼らも《殺し》まではしなかった。
少なくとも、最初の一年までは。
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