Bed Room U

□第二十七話
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「お兄ちゃん、なかなか映らないねー。アンジュさんはさっき映ったのに…」

薄くグリーンがかった金色のポニーテールを背中で揺らして言うリーファに、その隣で腰掛けるシリカが、ライトブラウンの髪から突き出した三角の猫耳を動かして応じた。

「ほんとに……意外ですねぇ。キリトさんのことだから、てっきり最初から飛ばしまくると思ってたのに。

それにしても、アンジュさん、可愛らしかったですね!」

「確かにな!まぁ、本人は不本意なんだろうけどよ?アレで自分よりデカイ相手を瞬殺だもんなぁ。またファンが増えるんじゃねーか?ヤローも気が気じゃないだろうな。

でもまぁ、この大会で言えばキリトの奴はああ見えて計算高ぇから、参加者がテキトーに減るまで、どっかに隠れてる気かもよ?」

と、これは部屋の片隅のバーカウンターに陣取ったクラインの台詞だ。

そしてそれを耳にした、リーファ、シリカと並んで中央のソファに腰掛けているアスナの夫であるショウは、バーカウンターの椅子に座り直しながらそれを聞いて思わず苦笑した。

「幾らキリトでもそこまではしないんじゃないかな?……多分」

やや小声の付け足しに、アスナの左肩に乗る掌サイズの小妖精ーーアンジュとキリトの《娘》である人工知能のユイとその反対側の肩に座るショウとアスナの《息子》である、同じく人工知能のアルが薄膜のような羽をぱたぱたさせながら言った。

「そーですよ、パパならきっと、カメラに映る暇もないほど一瞬で敵の後ろからフイウチしまくりです!それにママの可愛らしさは天性のものですよ♪」

「うんうん。ボクの父さんと母さんも強くて速いけど、ユイの父さんと母さんもめちゃくちゃ速いもんな!」

その現実的な推論とヒーローものを見た子供のようにはしゃぐ姿に今度はアスナの左隣のリズベットが笑う。

「あっはは、確かにそれはありそうだね。しかも、あの2人の場合銃ゲーなのに銃じゃなくて剣でやってそうだよね」

一瞬、全員でその様子を想像。

たちまち朗らかな笑い声が部屋に満ち、シリカの膝の上で丸くなった小竜のピナが耳をぴくぴく動かした。

「そう言えば、アンジュさんの武器ってどうなってるんだろう?ボクが見たときはただの拳銃に見えたのに…」

「あれはですね!以前ママが使用していた武器をGGOに合わせてカスタマイズして使用しているんです!本来は2丁拳銃なんですけど、グリップの部分が外れるようになっていて光剣として使用することも可能なんですよ!」

「へー!」

「しかもですね、ママの拳銃に装填できる弾はちょっと特殊で……」

その2人の会話に、兄夫婦と他のメンバーは苦笑を浮かべた。

アンジュのチート具合は相変わらずらしい。と全員の気持ちが一致した瞬間だった。

久しぶりに集った8人と1匹だが、場所は現実世界ではない。

皆でプレイしているVRMMO−RPG、《アルヴヘイム・オンライン》の中だ。

広大なワールドマップの中心に聳える巨大な《世界樹》上の空中都市《イグドラシル・シティ》ーー

その一画に兄夫婦がアンジュたちと共同で借りた部屋が、今日の集まりの会場となっている。

月額4,000ユルドの賃料を払っているだけ相当に広く、綺麗に磨かれた板張りの床。その中央に大きなソファーセットが置かれ、壁にはホームバーまで完備されている。

棚に並んでいる無数のボトルは、仮想世界でも酒呑みなキャラを貫いているクラインが9種類の妖精の領地から地下にあるヨツンヘイムまで巡りに巡って集めてきたものだ。

中には「酔えないことを別にすれば30年もののスコッチより旨い」逸品もある。

未成年であるアスナにはまだその価値は分からないらしくいつも苦笑を浮かべていたが、偶に呑みに付き合う俺としてはその価値が分かる訳で。

っと、話が逸れたが、南向きの壁は一面ガラス張りになっていて、いつもならイグシティの壮麗な姿が眼下に一望できる。でも今日は、生憎と都市の夜景を楽しむことは出来なさそうだ。

何故なら、大型スクリーンを兼ねているガラスに、別世界の光景が映されているからだ。

即ちーーネット放送局《MMOストリーム》が生中継を行っている《GGO》の最強者決定バトルロワイヤル大会《第3回バレット・オブ・バレッツ》のライブ映像。

今日の集まりの趣旨は、予告なしにこの大会に殴り込んだ妹であるアンジュとその旦那であるキリトの応援、或いは糾弾、かな?

まぁ、後半の部分に対してはキリトのみだけどね。

可愛い妹を糾弾するわけないだろう?

あ、そうそう仲間といえばもう1人。

巨漢の斧戦士エギルは現実世界で経営している喫茶店兼酒場が丁度この時間からかき入れ時で、本日は不参加だ。

とはいえ、俺とアスナは現在、自宅ではなく彼の店《ダイシー・カフェ》の2階からダイブさせてもらっている。

アスナ曰く、この大会が終わったら、都心でダイブ中の2人を速攻捕まえてあれこれ言うため、だそうだ。


「しっかし、キリトとアンジュもなんでまた、ALOからコンバートしてまでこの大会に出ようって思ったのかしら」


不思議なエメラルド色のワインを満たしたグラス片手にリズベットが首を傾げると、リーファからアスナに、アスナから俺に視線が回ってきた。


2人が、ALO仲間である水妖精族ーーウンディーネの魔導師(メイジ)《クリスハイト》ーーその中身は総務省仮想課の役人・菊岡誠二郎ーー彼からの依頼でGGOに赴いた事を知っているのは、この中では俺とアスナ、リーファ、それからアルとユイだけだ。

リーファの眼に返事はお二人に任せます!という意を汲み取り、俺とアスナはアイコンタクトを交わし頷いた。


「それがね……、2人ともなんだかおかしなバイト引き受けたらしいの。VRMMOの、っていうか《ザ・シード連結体(ネクサス)》の現状をリサーチする、、みたいな」

「GGOは、唯一《通貨還元システム》があるゲームだからね。その理由で選ばれたらしいんだけど……」


この説明は、2人から聞いた内容そのままだ。

だが、これが真実であるとは俺もアスナも思っていない。

2人が嘘をついているとは思わないが、2人が口にしなかった要素が何かあるはずだ。

先日のダブルデートの帰り際にコンバートの理由を説明された時、2人(特にキリト)の態度や声質で解った。

アンジュは嘘に慣れているから、こういうのを見分けるのは難しいんだけどね。

あの子の小さな変化が分かるのは、ごく僅かな人間だけだろう。

でも、俺たちはその時は敢えて訊ねることはしなかった。

2人が言わないからには、何かそうせねばならない理由があるって嫌という程わかっているからね。

そしてその理由が、自分達ないし他の誰かの為であることもわかっている。

それに、この事に関して本当の事を言わなかった理由の一つは俺たちに無駄な心配をかけない為、っていうのも入っているだろうしね。

だからアスナも「がんばってね」の一言だけで2人を送り出し、こうして気心の知れた友人たちと、遠く離れた別世界で中継映像を見ているーーんだけど……ここ数日、俺もアスナも、胸の奥に何か奇妙なざわめきを感じているのもまた事実だった。

2人への不信感ではなく、もっと漠然とした予感のようなものだけど、何かが起ころうとしている……いや、もう起きているのかもしれない。

かつて浮遊城アインクラッドの迷宮区で、索敵範囲からモンスターの大群に包囲されつつある時に感じたような、形のない不安。

そんな俺たちの懸念を、アスナの親友である故の第六感で察したらしいリズベットが、何処かあやふやな表情で頷いた。


「ふうん……バイト、ね。まあ、どんなゲームでもすぐコツを掴むあの2人なら適任なんだろうけど……」

「でもよぉ、それがなんでいきなりPvP大会出場になるんだ?リサーチってんなら、街で他のプレイヤーに話聞くとかが仕事なんじゃねぇの?」

隣に座るクラインが発した問いに、アスナやリーファを含めた4人が首を傾げる。

確かに。ただのリサーチならそうなんだろうね。

そんな事を考えているとシリカがおずおずと口を開いた。

「もしかしたら……大会で優勝して、手っ取り早く大金を稼いで、それを実際に通貨還元してみるつもりなんでしょうか?確か、還元できる最低額がかなり高いって聞いたことがありますから……」

その発言を受けて、アスナの肩に座っているユイとアルが即座に情報を補ってくれる。

「公式サイトにレートの記載はないけど、ネット上の記事によると還元最低額はGGOのゲーム内通貨で10万クレジット、対JPYのレートは100分の1だから千円からだね」

「プレイヤーの登録メールアドレスに電子マネーのチャージ済みコードが送信される形式のようです。優勝賞金は300万クレジットとなっているので、全額還元すれば3万円となります」


立て板に水の発言ではあるけど、これは子供たちがたった今ネット上の膨大な情報をリアルタイムで検索し、纏めたものだ。

そのサーチ速度及びフィルタリング精度はどんな《検索の達人》も敵うものではない。キリトや俺、アンジュなんかはちょくちょく、アスナたちもごくたまに宿題のレポート作成の手伝いをお願いしているらしい。

「ありがとう、2人とも」

指先で2人の頭を撫でるアスナを見ながら、俺は考え込みつつ言った。

「……還元システムそのものはそんなに複雑なものじゃないから、あの2人がわざわざ実地に確かめるまでもないと思うけどな」

「そうだよね……電子マネーをコード化してメールで受け渡しとか、私たちもよくやるもの」

「賞金3万円にクラっときたっつうセンはあっけどな!」

クラインの身も蓋もない突っ込みに、皆苦笑した。

リズベッドの「あんたじゃあるまいし」と混ぜ返すのを聞きながら、俺は表情を改めた。


「クラインのセンはまずないと思うよ。アンジュはああ見えてお金には困ってないからね。キリトもアンジュ関連でバイト代貰ってるみたいだし」

「なっ……マジかよ?!」

「うん、詳しくは聞いてないけどアンジュはMMO関連の色々なことを手広くやってるみたいなんだ」

「ほへー……年下だとは思えないわね。……っと、話は戻るけど、バトルロイヤル形式のPvP大会なら普通、どっかに隠れたままで上位入賞狙うなんて手は通用しないよね。ALOでもそういう大会あるけど、1箇所でハイドしたまま何分か経つと、自動的に看破魔法(サーチャー)寄ってきて居所バラされちゃうでしょ?」

「‥‥‥‥それに、正直、お兄ちゃんの性格的にちょっと違和感があります。あのヒトが、他人の戦闘サウンドを聴きながら隠れ場所でじっと我慢してられるとはとても思えません」

と、これは長年一緒に暮らしているリーファのコメントだ。

確かにキリトの性格を考えるとその通りで、みんな揃ってうーんと唸っている。

その間にも、現実世界なら300インチはあろうかという巨大なスクリーンでは、多元のライブ映像が華々しくフラッシュしていた。

銃撃戦ゲームだからか、中継は基本的に一人のプレイヤーを背後から追いかけるパターンが多い。

仮想カメラが追っている間はフレーム下部にそのプレイヤー名が表示されるのだが、現在16分割で表示されている画面のどこにも【Kirito】の名前はないし、さっきまで見ていた妹の姿も消えていた。

原則として戦闘中の者以外は映さないらしく、30分経った現在まで、キリトの方は一度も戦っていないということになる。

剣と魔法の世界から、慣れていない銃の世界にコンバートしたばかりで慎重になっているということも考えられるが、俺やアスナの知るキリトなら、如何なる状況でも真正面から立ち向かおうとする筈だ。

リーファの言う通り、こんな大規模なイベントに出ておきながら、他の対戦者から30分も逃げ隠れしているのはしっくりこない。

寧ろ彼なら、開始直後に優勝候補と一戦やらかして華々しく討ち死にしそうなんだけど、今のところスクリーン右端に表示される出場者一覧ではキリトのステータスは【ALIVE】だ。


「つまり………大会で活躍するより、もっと大事な目的がある………って事かな……?」


俺の秘めやかな呟きが聞こえたのか、アスナが心配そうにこちらを見た。

そんな彼女に大丈夫だと手を伸ばしぽすりと頭を撫でると、十六分割画面の中央近くで行われていた戦闘が佳境を迎えた。

視点プレイヤーの名前は【ダイン】という名の男で、赤錆た鉄橋のたもとで無骨なマシンガンを構え、盛んに弾をばら撒いている。

しかし、対戦相手であろう青白い服を着た男はケットシー(猫妖精族)のような身軽さで橋の上を縦横無尽に跳び、たちまち接近した。

彼の武器はどうやらハリウッド映画の犯罪者などがよく使っているようなショットガンらしく、それを立て続けにぶっ放し、あっという間にダインを仕留めてしまった。


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