Bed Room U
□第二十七話
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同じ画面を見ていたであろうリズベットが小さく口笛を吹く。
「おー、あの人強いね。なんか、こうして観てるとGGOもけっこう面白そうだなぁ。銃って自分で造れるのかな……」
SAO時代に引き続き、ALOでも《工匠妖精族(レプラコーン)》の鍛冶屋を経営しているリズベットの発言に俺もアスナも彼女らしいと思わず口許を綻ばせた。
「ちょっと、リズまでGGOにコンバートするなんて言い出さないでよね」
「そうだよ。新アインクラッドの攻略もまだまだこれからなんだし、贔屓にさせて貰ってるリズベットのお店が無くなるのは俺としても些か寂しいな」
とアスナと俺が告げると、すかさずシリカの援護射撃が開始された。
「そーですよ、リズさん!もうすぐ、やっと二十層台解放のアップデートがあるんですから」
「わかってる、わかってるわよ。どんなゲームにも強い人はいるもんだなーって思っただけよ」
きっとあの青い人が、今回の大会の優勝候補………とリズベットが続けた瞬間、その画面に写っていた《青い人》基、【ペイルライダー】が倒れた。
フレームがグイッと回り込み、今度は倒れたペイルライダーの視点に切り替わる。
倒れはしたがどうやら一撃死した訳ではないらしい。
右肩のダメージ痕を中心に細かいスパークが走っている事から麻痺弾でも使われてアバターの動きを封じられたように見える。
「まるで、風魔法の《風雷網(サンダーウェブ)》みたい……」
風妖精族《シルフ》の魔法戦士であるリーファの呟きに、火妖精族《サラマンダー》の刀使いのクラインがいつもの趣味の悪いバンダナで逆立てた赤髪が揺れるほどぶんぶんと首を振ってボヤいた。
「オリャ、あれ苦手なんだよなぁ。ホーミング性能良すぎだろどう考えても」
「あんたは弱体化魔法全部苦手でしょ!」
「そうだね。クラインはもう少し魔法対抗(レジ)上げた方がいいと思うよ?」
そう俺とリズベットが言うと、クラインはへん、と鼻を鳴らした。
「やなこった。侍たるもの、魔の一文字がついたスキルは取れねぇ、取っちゃなんねぇ!」
「あのねぇ、大昔から、RPGの侍って言えば戦士プラス黒魔法なクラスなの!」
リズベットとクラインの何時もの掛け合いにアスナと顔を見合わせて思わず苦笑を浮かべつつ、俺は右手を伸ばし問題の画面をフォーカスして二本の指を左右に開いた。
横たわるペイルライダーが一気に拡大され、他の中継は画面の周囲に押しやられる。
突然の麻痺に倒れたペイルライダーは既に10秒ほど放置されているが今だに誰も画面に姿を見せていない。
ただ、赤茶けた大地と鉄橋、その下を流れる大河と彼方の森が砂塵に霞んでいるだけだ。
そんな時だった。バサっと布が擦れるようなサウンドにその場にいた全員が同時にピクリと体を動かす。
画面の左側から急遽現れた黒い布に、カメラが徐々に引いていき、新たに出現した人物の全身を大スクリーンに映し出した。
まるで幽霊のようなその見た目に、アスナが「………ゴースト……?」と呟いたのが耳に入った。
まぁ、彼女がそう思うのも無理はないかな。
微風に揺れるボロボロのダークグレーのマントに、内部を完全な闇に隠すフード。そして、その奥で鬼火のように赤く灯る二つの赤い眼。
それらの出で立ちが、かつてアインクラッドでアスナを散々苦しめたゴースト系モンスターにあまりにもそっくりだったのだから。
ぎゅっと目を瞑ったアスナを見てカウンターから移動して彼女の隣に座ると、そっと手を伸ばしてポンと再び頭を撫でた。
その感触に彼女はそろりと目を開けこちらを見上げる。
「よく見てごらん。ちゃんと脚があるだろう?」
耳元でそっと囁くとアスナは仄かに頬を朱く染めて画面に視線を戻した。
うん。やっぱり俺の奥さんは可愛いね。
そして俺もアスナに習いペイルライダーを麻酔弾で撃ったであろう犯人が映る画面へと顔を戻した。
そのプレイヤー の右肩にはやけに大きな猟銃が掛けてあり、恐らくこの銃でペイルライダーの動きを封じたのであろうことは容易に想像ができた。
遠距離から敵の動きを封じ、近距離でトドメを刺すのはALOでもポピュラーなビルド(能力構成)だが………このプレイヤーが放つ雰囲気は何処か違うものを感じる。
何故だろう。俺はこの感じを“知っている”気がする。
そしてそのプレイヤーはおもむろに懐に手を差し込み、黒々としたピストルを一丁取り出したのだった。
「………………ショボくねぇ?」
クラインがそう言ったのも無理はないだろう。
確かにアレが主ダメージソースなのだとしたら確かにショボい。俺でもそう思う。
アスナたちもそう思っているようで画面を凝視している。
クラインは相変わらずの無精髭をジョリジョリ擦りながら言葉を続けた。
「どう見ても、肩のでけぇライフルのほうがATK(攻撃力)上っぺぇよな。あっちで撃ちゃいいのに」
「弾代が高い、とかかなぁ?ALOでも、大魔法は高い触媒いっぱい使うし」
確かに、弾の威力が高ければ殺傷能力は増えるだろうけど……
リーファの言葉に考え込むように一度目を伏せ、画面に眼を向ける。
ボロマントを着たプレイヤーは黒いピストルの撃鉄を起こし、今だに麻痺の解けないペイルライダーに銃口を向けた。
しかし、何故か彼は引き金を引かなかった。
まるで対戦者や観客を焦らしているかのようにも見えるその間に、俺は眉を寄せる。
そして、その代わりに左手を持ち上げると、予想外の行動を見せた。
人差し指と中指の先で、額、胸、左肩、右肩へと順に素早く触れていく。
あれはーーー
「十字………?」
洋画や小説などで多く用いられるその仕草は、VRMMOの中でも、特に回復士系職業(ヒーラー)のプレイヤーがロールプレイの一部として行う例は多い。
まぁ、勿論正式なキリスト教者からすれば愉快ではないだろうが。
因みに俺もアスナもクリスマスは祝うけどクリスチャンではない。
あとキリトや俺の可愛い妹のアンジュもね。
だが俺が感じた(もしかしたらアスナも感じていたかもしれないが)、記憶に引っかかるチリリとしたもの。
それは、言うならばーーー触れてはいけないパンドラの箱に手を掛けたような………
考え込んでいる俺の隣で、アスナの体が強張ったのを感じた。
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