東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜
□月の罪人達
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「喰らえぇぇーーーーーーー!!!!」
「がっ……はっ…!」
光の剣を携え、千冬は渾身の一撃を鈴仙に叩き込んだ。
予備策を思わぬ方法で破られた鈴仙にとってその一撃は防ぎようも無く、千冬の零落白夜は見事直撃し、鈴仙は床へ叩きつけられた。
「やった……か……うぅっ」
鈴仙が落下するのを見届けると同時に千冬はとてつもない脱力感に襲われ、自らも落下するように降下し、床に着地する。
(だ、ダメだもう動けない…今ので魔力を使い切ってしまった……これで倒せてなければ私の負けだ)
へたり込むように膝を付き、千冬は鈴仙を叩きつけられた場所へ目を向ける。
(頼む……もう起き上がってこないでくれ)
僅かな望みに賭けるように心底からそう願う千冬。
「……クッ…さ、流石に……今のは効いたわ」
しかしその想いとは裏腹に鈴仙の身体がピクリと動き始め、やがて立ち上がるまでに至った。
「そ、そんな……零落白夜でも倒せないというのか」
「いえ、あの一撃が完全に決まっていれば私は負けてた。だけど直前にアナタが私の弾を消し飛ばして魔力を消費したから剣の威力が落ちたのよ」
「なるほどな……結局お前の予備策が功を制したという事か……ぅ…ぁ……」
鈴仙の説明に自嘲気味に苦笑を浮かべ、千冬はそのまま倒れ、意識を失った。
「ハァ、ハァ……本当、コイツが経験浅くて助かったわ。これで熟練者とかだったら本当に負けてたかも」
千冬の気絶を確認し終え、鈴仙は零落白夜で受けた傷を手で押さえながら息を荒げる。
千冬の見ている手前強がってはいたものの、やはり零落白夜の一撃は大きなダメージを鈴仙に与えていたのだ。
「け、けど……こんな所で休んでられない。早くお師匠様達を援護しにいかないと……」
覚束ない足取りながら鈴仙は永遠亭の奥へと歩き出す。
「フニャアアア!!」
しかしそんな時、突然隣の部屋から何者かの悲鳴が聞こえ、直後に轟音と共に壁が破壊される。
「アナタを行かせる訳にはいかない!」
「な!?」
崩れた壁の先から飛び出して来たのは因幡てゐと戦っていた筈の魂魄妖夢の姿だった。
そして当のてゐはというと……
「きゅう……」
崩れた壁の先の部屋の中で伸びきっていた。
「フンッ!」
「ギャン!?」
突然の出来事に戸惑う鈴仙に妖夢は容赦なく刀の鞘を脳天に叩きつける。
「ぁぐっ……」
千冬との戦いでの大ダメージを受けた身体に不意打ちにも近い一撃を喰らい、鈴仙は呆気なく倒れ、気を失ってしまった。
「ふぅ……ようやく下っ端は片付いたわね」
頭にたんこぶを作り、目を回して倒れている鈴仙を尻目に妖夢は一息吐き、倒れている千冬に近寄って彼女の身体を抱え上げる。
「……ぅ」
「あ、気が付きました?」
抱え起こされた振動で千冬は目を覚ます。
「お前は……妖夢、だったか?私が戦っていた兎は?」
「今私が倒しました。アナタが戦ってくれたお陰で楽に倒せましたよ」
そう言って妖夢は千冬に倒れている鈴仙の姿を見せる。
「本当はもっと早く加勢しにくるつもりだったんですが、私が戦った相手(因幡てゐ)が思っていたよりかなり狡猾で結構時間をかけてしまいました」
「そうか……なぁ、私は一夏の役に立てただろうか?」
「十分役に立ててますよ。正直私一人ではこの兎達に勝てたかどうか分かりませんから」
「そうか……なら、良かった」
自分でも一夏の役に立つ事が出来たと知り、千冬は満足気に笑った。
そして一夏と輝夜による月下の戦いも新たな局面を迎えつつあった。
「『難題・燕の子安貝!!』」
輝夜の身体からレーザー状と星型の霊力弾が広範囲に放たれ、まるで蜘蛛の巣の如く獲物である一夏を捕らえようとするが、一夏はその数多のレーザーと弾幕の隙間を縫うように掻い潜っていく。
(どういう事なの?もう15分近く戦ってるのにコイツは発狂しないどころか集中力がまるで落ちてないじゃない)
「今だ!『魔符・ショットガンスパーク!!』」
輝夜の動揺を察知し、一夏は即座に自らもスペルカードを発動させ、魔力の拡散レーザー砲を拳から放つ。
「!?……クッ!」
紙一重で回避しようとした輝夜だがわずかに反応が遅れ、僅かではあるが一夏の魔力弾は輝夜の身体を掠める。どうやら腕にダメージを受けてしまったようだ。
「どうした?さっきまでの余裕はもう終わりか?」
「……アナタ、本当に人間?これだけ月の光を浴びながら戦って何とも無いなんて」
先ほどとは一変して警戒心を丸出しにして問いかける。その表情には戦闘前の余裕は殆ど薄れていた。
「失敬な奴だな、俺は人間だぜ。ただあらゆるものを砕く事が出来るだけだ。結界とか狂気とかな」
「……なるほどね。してやられたのはこっちってワケ」
「ああ、この部屋に入った時点で変な波動は感じていたからな」
一夏の言葉に輝夜はすべてを察する。
一夏の『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』は文字通りあらゆるものを打ち砕く力。
一夏はその能力を使用して月の光の影響で自分の中に生まれた狂気を砕く事で発狂を防いだのだ。
そして一夏は輝夜が用意したこの罠を利用し、それに嵌った振りをして輝夜の油断を誘ったのだ。
そしてその結果は成功。輝夜の腕を負傷させる事に成功したのだ。
「これで俺がより一層有利だ。手負いで倒せるほど俺は甘くないぜ」
「そんな脅しに屈すると思う?これでもこっちは後が無いのよ…………悪いけど叩き潰させてもらうわ。私の本気を以ってね」
今までの穏やかなものから一転して輝夜の声色が暗いものに変わる。
静かだが途轍もなく深く暗いその声の中にあるのは明確な敵意。一夏には解る彼女は本気だ。
「……来いよ」
「フフ…言われなくても……『難題・蓬莱の弾の枝!!』」
新たなスペルカードを発動する輝夜。
五色の霊力弾が槍のように一夏目掛けて発射され、一夏に襲い掛かる。
「うぉっ!?」
間一髪で弾を避ける一夏だが一発の弾が頬を掠め、一夏の頬が鋭利な刃物で切ったかのように切り裂かれ、頬から血が流れる。
「おいおい、コレまともに喰らったらマジでヤベェぞ!」
「言ったでしょ?本気で潰すって。言っとくけど、これは本気にさせたアナタが悪いのよ」
妖艶な笑みを見せて自分を見据える輝夜に一夏は額から冷や汗が流れるのを感じる。
「ヘヘッ……かわいい顔して嫌な事言うぜ。だがな……俺を潰したけりゃ上級妖怪1万匹は連れて来やがれってんだ!!『砕符・デストロイナックル!!』」
一夏の拳から魔力の大型レーザーが輝夜目掛けて放たれる。
「フフッ……力押しは、もう見飽きてるのよ!」
直後に輝夜は再び槍状の五色弾を一点に集中させて放つ。
「な!?ぐああああぁぁっ!!!」
一瞬輝夜の弾は一夏のレーザーに飲み込まれたかのように見えたがそれは違った。
輝夜の弾はレーザーを貫通しつきやぶったのだ。
拳から直にレーザーを撃ち続けていた一夏に貫通した弾は避けきれるものではなく、そのまま弾は一夏に直撃してしまった。
「ぐ…うぅ……ち、畜生……抜かったぜ(スペルカードの性能に慢心しすぎるなんて、俺も結構未熟だな)」
「流石ね、あの一瞬で急所への直撃を免れるなんて、でもこれで形勢逆転よ。その怪我で次を避けることが出来るかしら?」
輝夜の言う通り一夏の身体は急所への直撃こそ免れたものの、左腕と右足に傷を負ってしまい、とてもまともに戦えるような状態ではない。
「なめるなよ引きこもり……。俺は吸血鬼の従者や亡霊のお姫様と戦っても死ななかった男だぜ」
しかしそれでも一夏の顔は笑っていた。
一夏はまだ勝負を捨ててなどいない。今までの戦いの中でもこんな風に追い詰められたことは何度もあった。
だが一夏はそれをも乗り越えてきた。そして今の一夏が在るのだ。
「今ココにいる俺は外界にいた頃の弱い俺とは違う。万屋をなめるな!引きこもりがぁ!!」
「そう、それなら……これで終わりよ!!」
数多の五色の弾が暴風雨のように一夏に降り注ぐ。
「でぁああああ!!!!」
しかし当たる直前に一夏は渾身の一撃とも言える魔力弾を輝夜目掛けて撃ち出した。
「ッ!?」
まさか避けもせずに攻撃に転じるとは思っていなかった輝夜は思わず面食らうもすぐに気を取り直し、その一撃を回避する。
「ち、畜生が……」
一方でカウンターを避けられた一夏はそのまま成す術無く輝夜の弾に飲み込まれてしまったのだった。
「まさかこの土壇場で相打ち狙いの玉砕戦法だなんて……」
自らの弾幕で巻き上がる煙とその中で倒れているであろう一夏を見据えながら輝夜は一夏の覚悟と胆力に敬意を感じる。
かつて出会った男達ではココまでやってのける大胆さなど無かった。
本気で惜しいと感じる……彼ほどの男なら敵としてではなく味方にしたかったと思うほどに。
そう思いながら輝夜は目を伏せた……その時だった。
「誰が相打ち狙いだって?」
突如として響いた声。その直後、煙の中から何かが飛び出す。
「な!?」
「俺は最初から勝つつもりだ!生憎負ける気も引き分ける気も更々無いんだよ!!」
飛び出した人影の正体は一夏。
その姿に輝夜は目を見開く。あれだけの弾をまともに喰らった筈の一夏の身体は攻撃を受ける前と全く変わりないのだ。
そして驚く輝夜を余所に一夏は輝夜に一気に近づき、拳を振り上げる。
「これで最後だぁぁーーーーー!!!!」
「クッ……ま、まだ」
回避する暇がなくなるほどに接近を許してしまったとき輝夜は漸く我に返り、霊力で障壁を生み出し防御に徹する。
しかし一夏を相手にその選択は完全に失敗だった。
「『魔拳・貫衝!!』」
一夏の拳は全てを打ち砕く。当然それは障壁とて例外ではない。
一夏から放たれたパンチは障壁を粉々に打ち砕き、輝夜の身体に叩き込まれた。
「カハァッ!!」
強烈な一撃を直に叩き込まれ、輝夜は吹っ飛ばされ、壁を突き破って廊下の床に叩きつけられた。
「グッ……ゥ……あ、あれだけの弾をまともに浴びてたのに、何故?」
「こういう事だよ」
息も絶え絶えな輝夜の問いに一夏は自分の身体に魔力の膜を張ってみせる。
「『魔纏・硬』……俺の持つ唯一の防御専用のスペルカードだ。稼働時間が短い割に結構な量の魔力を食う扱い辛いスペルだがな……」
「そ、その扱い辛さの分防御力は折り紙付きって事ね?……大したものね。いいわ、この勝負は私の負けよ。だけど……」
輝夜の身体が……いや、正確には輝夜の出す霊気が発光し、光り輝く。
「この夜だけは、終わらせる……!少しでも追手から逃れる時間を稼ぐためにもね」
そして時は急速に進みだす。輝夜は自らの能力を用いてこの長い夜に終止符を打ったのだ。
「輝夜!」
外が夜明けを迎えるのと同時に輝夜の従者である八意永琳が姿を現し、輝夜に駆け寄る。
その後ろからは彼女の後を追うように永琳と戦っていた筈の幽々子も一夏達の居る廊下に姿を現す。
「終わったようね。一夏」
「幽々子さん、アイツ(永琳)と戦っていたはずじゃ?」
「そうなんだけどね、夜が明けたのを見たら彼女ったら血相変えてその子(輝夜)のところに行っちゃったから」
幽々子の説明を聞いて一夏は視線を永琳達に向ける。
視線の先には輝夜を介抱する永琳の姿……その姿を見つめながら一夏はなんとなくではあるが彼女たちがどんな事情でこの異変を起こしたのか興味が沸いてくるのを感じた。
「説明してくれないか?この異変を起こした理由(ワケ)を」
「……良いわ」
永琳に介抱されつつ、まだダメージの残る身体を起こし輝夜は一夏の問いに頷いた。