東方蒼天葬 弐

□武術部のプライド
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 シャルロットの性別詐称と(偽装)自殺騒ぎから数日が経過し、騒ぎは一先ず落ち着いたものの、主に一年生の間では未だ思い雰囲気が漂いつつあった。
今の今まで華やかに見えていたISの世界の闇の一端を知り、今まで自分が抱いていたイメージとのギャップは多かれ少なかれ生徒達に影響を与えていた。



 そして、IS学園では……

「ドイツに戻ってください!アナタはこんな学園で教師で収まって良いような人ではない筈です!!」

 人気の無い通路でラウラは千冬に詰め寄っていた。

「この学園の連中はISをファッションとしか思っていない!そんな連中に何を教える事があるというのですか!?」

「……その認識を改めさせるのが私の役目だ。何度も言わせるな」

 ラウラの言葉に千冬はキッパリと答える。

「ラウラ、私を慕ってくれるのは嬉しいと思っている。だが、いい加減私だけでなく周りにも目を向けろ」

「教官!どうしたというのですか!?以前のアナタはもっと凛々しかった。なのにこの学園に来てからのアナタは……」

 千冬の態度にラウラは声を荒げる。
自分の知る千冬は今よりもずっと凛々しかった。
例えるのであれば世界でたった一つ、至高の刀のように触れる事さえ恐れ多い程に、ただそこに居るだけで威圧感のあるような存在だった(とラウラは認識している)。
なのに今は何だ?あの頃のような鋭い視線はなりを潜め、今ではただ優秀な教師程度でしかなくなっている。

「私には……無いんだ。……お前に教官と呼んでもらう資格も、慕ってもらう資格も……最初から無かったんだ」

「!?」

 千冬が一瞬だけ見せたその表情にラウラは驚愕する。
それは余りにも弱々しい、悲壮感を帯びた表情だった。

(あの時と、一緒だ……)

 ラウラは思い出す。訓練時代一度だけ、夜中に偶然こっそりと見た千冬の表情を。
あの時、千冬は一夏の生存を知らなかった頃……消灯時間を過ぎ、一人で部屋に居る時、一夏を失った悲しみを忘れられずに、ずっと声を押し殺して泣いていた。
涙の有無こそ違えど、あの時と全く同じ表情が今目の前にある。

「な、何で……何故なんですか!?何でそんな顔をするのですか!?」

 それをラウラは受け入れる事が出来ない。
自身の中の千冬の偶像が崩れそうになる事に対して必死で抗おうとする。

「織斑一夏(アイツ)の所為なのですか!?教官の名を汚した上に今更生き返って……なんであんな男に感化されなければいけないのですか!?」

「……アイツは私なんかよりずっと立派だ。私はアイツを守ってきたつもりでいたが……もう逆なんだ。私はアイツに守られっぱなしだ」

「っ!?」

 千冬の言葉にラウラは絶句し、そして唇を震わせる。
まるで現実を受け入れまいと抵抗するように……。

「アイツが誘拐されたのだって、私がアイツの安全を十全に確保しなかったのが原因、モンドグロッソの一件は言ってみれば私の自業自得だ。それにな……」

 一旦区切って千冬は再び口を開く。
そこから出た言葉は、ラウラにとって何よりも信じがたい言葉だった……。

「一夏はもう私など既に超えている。心も身体もな……。私はもう一夏には敵わないだろうな」

「…………え?」

 ラウラの時間が静止する。
超えている?誰が誰を?
織斑一夏が……自身が教官の恥さらしと断じたあの男が、その教官を超えている?
有り得ない……無敵の初代ブリュンヒルデが……自分にとって世界、いや宇宙最強の織斑千冬が敵わない相手がよりにもよってあの男などに……。

「私だけに囚われるな。その考えはいつかお前を不幸にする。……話はコレまでだ。教室に戻れ」

 静かにそう言い、千冬は背を向けて歩き出す。
その場には呆然と立ち尽くすラウラのみが残った。

「うそ、だ……嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だぁっ!!」

 そして千冬が去って数分後、ラウラの叫びが通路内に木霊した。





「何かさ……一気に暗くなっちゃったわね」

 食堂のテーブルに腰掛け、鈴は頬杖を突きながら周囲を見回して呟く。
その向かいには昼食のカツ丼を掻き込む弾の姿もあった。
偶然にも昼食時間が重なった二人は旧友のよしみで相席していた。

「そりゃ、同じ学年の奴が自殺なんかしたんだ。暗くなるなってのが無理な話だろ。……けどさ、何も死ぬ事はないよな」

「まぁね……でもさ弾、もしもアンタがその手の事件とか騒ぎに巻き込まれたら、どうする?」

 淡々と返す弾に鈴は尋ねる。

「決まってる。俺は何をやってでも生きる」

 鈴の問いに弾は何の迷いも無く即答して見せた。

「俺は決めたんだ。糞ジジイと縁を切ったあの日から……必ず独立して、俺が蘭を立ち直らせてやるってな……。そして、あの糞ジジイに後悔させてやる……!!」

 普段は決して見せない弾の激しい怒りと憎悪に鈴は一瞬狼狽する。
鈴も弾の抱える事情はある程度知っており、彼の怒りを否定する事はしなかった。
だが同時に、血の繋がった者を憎む弾に何もしてやれない事に歯痒さを感じる。
鈴とて両親が離婚しており、片親と離れ離れの辛さを味わっているが、離婚した両親を恨んではいない。
だが弾は肉親である事を差し引いても憎悪の感情が消えない程の怒りを抱いている。
そんな彼に対して、大した力になれない自分が恨めしく思えた。

「ごめん……嫌な事聞いちゃったわね」

「良いんだよ。事実なんだからな……」

 鈴の謝罪に弾は普段の調子に戻って答える。
数秒前までとは別人とも思えるほどの変わりようだ。

「それよか、鈴は武術部に入らないのか?お前だって代表候補なんだから、練習に着いて行けないって事は無いと思うんだが……」

 暗くなりかけた空気を戻そうと弾は話題を変える。

「う〜ん、考えなかったわけじゃないんだけどさ……自分を振った相手(一夏)が部長やってる部活に入るってのもねぇ……。ま、私は私のペースで腕磨くわよ。偶に美鈴さんに太極拳教えてもらってるし」

「なぬ!?…………ずるい」

「た、偶によ。あくまで偶に教えてもらってるだけで……」

 自分の想い人に直々に指導を受けている事を羨む弾だった。





「クローデット・デュノアが死んだ?」

「ええ、先日死体が発見されたらしいわ」

 その日の放課後、一夏の部屋に椛と文を除く河城重工所属のメンバーが集まり、河城重工から連絡を受けたアリスが纏めた報告書の内容に目を細める。

「しかも、あのゴミクズ(ノエル)はまだ生きている……」

「お嬢様に身体を引き裂かれてまだ生きてるなんて……信じられません」

 報告書を睨みながらレミリアは目を細め、美鈴は少し困惑する。

「第三者に救助されたのであれば有り得ない話ではないわ。だけど問題なのは痕跡を一切残していない事、そして娘(ノエル)だけが助かり母(クローデット)は殺されたという事よ」

 一切の痕跡を残す事無くノエルを回収する事が出来る人物、もしくは組織……状況が状況とはいえ数は絞られてくる。
そしてノエルだけが生き残っているという事実を考えれば、ノエルは恐らく自身を回収した者の下に着いている可能性が高い。
クローデットを殺したのも何らかの証拠隠滅とも取れる。

「私の甘さね……やはりあの時止めを刺しておくべきだったわ」

「レミリアだけじゃない、俺達全員の責任だ。こうなる事は十分考える事が出来たんだ。」

 臍を噛むレミリアを一夏は気遣う。
もしもノエルが生きており、第三者の下に居るのであれば再び戦わなければならないのは確実だろう。
一夏達はその戦いに備える必要がある事を内心で感じていた。

「とにかくだ。今、文が現地に向かってこっそりクローデットとノエルとその周辺を調べているんだ。それが終わるまでは何とも言えないな。……あと、シャル達には折を見て話すか」

 魔理沙の言葉で締めくくられ、緊急の会議は終わりを告げたのだった。

「そうね、続きは文が帰っていてから……それはそうと、武術部の方は?」

 思い出したように咲夜は武術部について訊ねる。

「ああ、今日は椛に任せてる。アイツなら真面目だし……あと30分ぐらいして文からの連絡が無かったら手伝いに行くかな?」

 気楽に返しながら一夏はベッドに寝転がった。
思わぬ騒ぎが近付いている事も知らずに……。
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