東方蒼天葬 弐

□向き合うべき時
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向き合うべき時

 生まれた時から、自分には家族というものが存在しなかった。
軍によって戦うために生み出された試験管ベビー……それが自分、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。
平気として生まれ、育てらた自分にとって戦う力こそが存在意義……。
それに疑問を感じた事は無い……だが、そこに温もりが無かったのは確かだ。

 だが、そんな自分にも温もりを知る出来事があった。
事のきっかけは、普段眼帯で覆い隠している片目……ナノマシン処理された義眼『ヴォーダン・オージェ』だ。
IS適正を上げるために作られた義眼……理論上は100%適合するはずだったこの目が自身の身体に合わず、結果として自分は部隊随一の優秀な兵士から落ちこぼれへと転落した。
そんなどん底にいた自分を、ドイツ軍に出向していた織斑千冬は救ってくれた。
落ちこぼれと蔑まれる中、彼女は自分を真っ直ぐに見てくれた。
そんな彼女から指導を受け、自分は部隊最強の座に返り咲き、シュヴァルツァ・ハーゼの体長にまで上り詰める事が出来た。
千冬は決して自分を英気や道具としては見ない。一人の人間として接してくれた。
それは今まで戦う事しか知らなかったら裏にとって新鮮過ぎるものだった。

 故に、ラウラは千冬に憧れ、尊敬し、慕った。
生まれて初めて暖かさを教えてくれた存在にラウラは心を奪われ、それはやがて崇拝の域に達した。
そんな自身にとって神にも等しい千冬が弟である織斑一夏の喪失を嘆く姿だけは見るに耐えなかった。
千冬にとっての一番は自分ではなく一夏だと言われているようで……無償に腹立たしかった。
自分は死人にも劣る存在なのかと何度も自問した。
だが、同時に一夏がもういないのであれば自分が千冬の支えになる事が出来る……それは即ち、自分は千冬の家族になれるという悪魔の誘惑だったのかもしれない。

 千冬が日本へ戻った後も、その願いを糧にし続けたラウラだったが、そんな中耳に入った二つの凶報。
一つ目は千冬の行方不明……それを聞いた時はわき目も振らずにISで日本へ向かおうとしてシュヴァルツァ・ハーゼの全隊員に無理矢理止められたのは記憶に新しい。

そして二つ目……行方不明になっていた千冬が再び姿を現した、そこまでは良い。
しかしそこ死亡した筈の織斑一夏まで生き返ったという事実にラウラは憤った。
折角千冬と再会出来るのに、自分は最早千冬の支えになる事は出来ないという事実を突きつけられたも同然だった。


 故に、ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏を妬み、憎んだ。


 それから先は一夏を潰すために動き続けた。
しかし、編入初日に宣戦布告の一撃を喰らわせようとした自分は逆に組み伏せられ、模擬戦では惨敗……挙句には何の興味も無い存在だった犬走椛から痛烈な批判を受ける破目になった。
兵器をファッションにしか見てない周囲への苛立ちもあり、ラウラは日に日に怒りを募らせ、武術部を襲撃するに至った。

 だが、その結果は無様な敗北と暴走の果てに終わった。


(私は……どこで何を間違えた?)

 気が付けばラウラは闇の中にいた。
真っ暗で自分以外に何も無い黒い空間の中、たった一人立ち尽くす。

「私は……何がしたかったんだ?」

 答える者などいない筈なのに自然と問いが自身の口から出る。

『これだ、この力だ!!これこそ私が求めていた力だ!!!!』

(こ、この声は……)

 不意にどこからか鳴り響く狂った声……その言葉を聴いてラウラは絶句する。
それは先の戦いで自分が言った言葉と全く同じもの……つまりこの声は。

(わ、私の……声?)

『喜べ。貴様はこの私による粛清の第一歩だぁーーーーー!!!!』

 再び響く耳障りな声。
自分がどれだけ狂っていたのかを改めて認識させられる狂気に満ちた声だ。

(や、やめろ……やめてくれ!)

『ギャアアァァァァッ!!!!』

 断末魔の叫びと共に視界が黒から赤に染まる。
そして目の前には血まみれで倒れる襲撃グループの一員である少女の姿。

『アハハハハハ!!死ね!死んで後悔しろ、クズ共ぉぉ!!』

「や、やめろぉっ!!やめてくれぇぇっ!!私は、私はそこまでするつもりは無かったんだ!!」

 狂気に身を任せてがむしゃらに力を振り回す己の姿にラウラは叫び声を上げる。
しかしそれは何の意味もなさずに周囲には亡骸だけが増えていく。

「カッ……!?」

 突然背後から何かが己の身体を貫かれる感覚を覚える。

「……え?」

 突然の事に困惑し、自身の胸を見下ろす。
そこからは一本の刀が生えていた……そしてその刀の持ち主は。

「この、人殺しが……」

「犬、走……?」

 犬走椛……自分を叩きのめした一人。
その彼女が先の戦い以上に憎しみの視線を送って自分を睨みつけている。

「ち、違う……違うんだ。私は……ここまでする気は……」

「……だが、この力を欲したのはお前……選んだのは、お前自身だ」

 椛の姿は一夏の姿へと変わり、ラウラへの糾弾をより強くする。

「……これで満足か?千冬姉の恥晒しである俺にも勝てず、八つ当たりでこんな真似した薄汚ぇクズ野郎が!!」

「ウアァァァァアァァーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」

 目の前の一夏から放たれた言葉にラウラは絶叫し、直後にラウラの世界は闇一色に染まった。



「……ハッ!?」

 絶叫し、目の前が真っ暗になった後、ラウラは悪夢から現実に引き戻される。
全身から吹き出る嫌な汗が現実を認識させる。

「わ、私は……私は……」

 そして興奮と暴走が消え失せ、冷静さを取り戻した頭は自身の行いを改めて認識させてくる。
気が付けばラウラは自分の両手を見つめて震え始める。

「あ、あぁぁぁぁ……!!」

 取り返しのつかない事をしてしまった……混乱しそうな頭でそれだけは理解する。
機体の暴走があったとはいえ、何人かの生徒を負傷させ、挙句には殺人未遂にまで及んでしまった……自分のしでかした事は重大だ。

「ア゛ア゛ァアアアアァァァァァッッッ!!」

 今度は現実で絶叫する。
ラウラはこの時、自分の犯した過ちを痛烈に後悔していた。





 救助された生徒達(負傷者除く)が集められた会議室では、殺伐とした空気が漂っていた。
ある者は先程の先頭での恐怖が頭から離れず震え続け、
またある者は自分達が受けるであろう処罰に頭を抱える。
襲撃グループの者達に最早逃げ場など無かった。
自分達を手引きし、訓練機の使用記録を改ざんしてくれた味方(女尊男卑主義)の教師は既に不正行為の証拠をあっさりと掴まれた挙句、先程千冬に叩きのめされ、ズタボロの姿で自分たちの目の前に転がった。
その際の千冬の形相を見れば彼女の処分はコレだけでは終わらないという事は嫌でも理解出来る。
それはつまり、自分達の受ける罰も大きいという事……それを察した時、襲撃グループの女子達は全員絶望のどん底に落とされた。

「……ふむ、大体分かった。取り敢えず、暫くこの事件の詳細は他言無用で頼む」

「了解ッス」

「分かりました」

「畏まりました」

 逆に襲撃された側である弾達は、勝敗や被害率はどうアレ、法的には被害者側に当たるため、ある程度の取調べと情報規制を命じられる程度で済んでいた。

(さて、一夏達は概ね五反田達と同じとして、あとはコイツら(襲撃グループ)の処遇だが……)

 千冬は考えを切り替え、絶望に震える女子達を見下ろして表情を厳しくする。
しかし、その時……

「お、織斑先生!大変です!!すぐに来てください!!」

 普段以上に慌て、血相を変えた真耶が室内に駆け込んでくる。
緊急事態だというのは誰が見ても明らかだ。

「どうした?」

「ボーデヴィッヒさんが…じ、自殺しようとしてるんです!!」

「何だと!?」





「や、やめてボーデヴィッヒさん!!」

「お、落ち着きなさい!!」

「離せ!離せぇっ!!」

 割れた花瓶の破片を握って自身の身体に突き刺そうとするラウラを保険医と監視を担当している教師が必死になって取り押さえようとするが、軍事訓練を受けているラウラの腕力は思いのほか強く、何度も振り放されそうになる。

「離してくれぇ!!私は、私は……取り返しのつかない事を…………もう教官にも、祖国にも合わせる顔がないんだぁ……」

 目から滂沱の涙を流し、ラウラは戦闘での負傷も気に留めずに保険医達を振り払って自身の喉下に花瓶の破片を突きつける。
だが、そこに何処からか小石らしきものが飛び出し、花瓶を持ったラウラの手に直撃してラウラは花瓶を床に落としてしまった。

「痛っ!?……何が?」

「さっきから騒がしいですね。うるさくて治療に専念できないじゃないですか」

「犬、走……!」

 小石を投げた者の正体は椛。
先の戦闘で骨折した腕をギブスで固定し、三角布で吊るしているが雰囲気や覇気は先頭前と全く変わらない姿でラウラの前に姿を現し、静かに近づいてラウラを見据える。

「犬走………殺してくれ」

 現れた椛に対し、ラウラは涙を流し続けながら懇願する。

「…………」

 そんなラウラを見下ろし、椛は無言のまま冷めた視線を向ける。

「取り返しのつかない事をしてしまった……もう私には生きる価値も無いんだ。
だから頼む。私を殺してくれぇぇ……」

 絶望と失意だけしか残らぬ表情で椛に縋り付くラウラ。
そんな彼女に椛は静かに開いている腕を振り上げ、そして……勢いよく椛の頬を張った。

「ッ!?」

「いつまで甘ったれてりゃ気が済むんですか、アナタは?」

 視線を冷めたものから鋭いものへ変え、椛は静かに言い放つ。
平手で頬を打たれたラウラは尻餅をつきながら呆然と椛を見つめることしか出来ない。

「アナタが自殺しようが泣き喚こうが私の知った事じゃないです。だけどアナタ一人死んだだけで何が解決するんですか?
結局アナタ一人が死んでもアナタが閻魔様の下に行くだけで、残りの後始末は全部学園とドイツ軍に丸投げ。本気で反省してるんなら迷惑掛けた人達に土下座して回る覚悟でもした方が有意義なんじゃないんですか?」

「う……うぅ……」

「いつまでも私情だけで動いてないで、自分のやるべき事を考えてみたらどうですか?
自分の感情を無視しろとは言いませんが、組織の一角である軍人たる者、己の感情と理性を上手く使い分けてこそでしょう?」

 言いたい事を言って椛はラウラに背を向けて医務室を後にする。
医務室内には嗚咽を漏らすラウラと呆然とする教師と保険の3人が残された。



「すまない。世話を掛けてしまったな、椛……」

 医務室を出た椛を千冬は出迎え、声を掛ける。

「私の事より、さっさと彼女の所へ行ってください」

「ああ……いい加減、私も向き合わないとな」

 自嘲気味に呟き、千冬は医務室へ入っていった。
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