東方蒼天葬 弐

□目標への道
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 ラウラと女尊男卑派による襲撃騒ぎから数日が経過し、いよいよ学年別トーナメントは後3日と迫り、出場する生徒達はそれぞれのコンディションを整えるべく、様々な対応に追われていた。
ある者は己の持つ技術を磨き、またある者は要注意人物の攻略法を考えるなど、皆それぞれ多種多様の対策を練っていた。
武術部も例外ではなく基本的な基礎体力作りや体術の訓練を除けば、弾、簪、セシリアの三人は基礎訓練が終わればそれぞれ単独で自主練習を行う。
三人は仲間であると同時にそれぞれライバルでもあり、三人とも虎視眈々とトーナメント優勝を狙っていた。


「…………う〜ん」

 自室でパソコンのキーボードを操作しながら簪は自分の実力とライバル達のスタイルを照らし合わせ、来るべきトーナメントでの戦いをシミュレートする。
当然実践とシミュレーションでは必ず違いが現れる事は承知している。
故にシミュレートに割り振る時間は決して長すぎず短すぎず、残りの時間は基礎能力の向上に当てている。
対処法を覚え、それを実行できるように身体を鍛える……これが簪の選んだ対策だ。

「ねぇ、魔理沙」

「ん、どうした?」

 不意に簪はベッドに寝転がる魔理沙に声をかける。

「一夏って、お姉ちゃん……生徒会長に勝ったんでしょ?」

「ん……ああ、入試の時な。
まぁ、向こうが油断してたってのもあるけどな」

 あの時の楯無が油断したのもある意味当然だった。
一夏は当時訓練を受けたとはいえぽっと出の新人。
訓練を受け、かつ才能に恵まれていると考えても良くて代表候補レベルの実力を想定するのが関の山だろう。
その上一夏達の強さの基は根底から種類が違うというのもある。
そう考えれば油断した楯無に非あまり無いと言える。

「じゃあ……もし最初からフルで飛ばしていれば、結果はどうなったと思う?」

「そうだなぁ……油断しててもSEを4割削ってたからなぁ。
最初から本気で行けば一夏でもSEの7割から7割半ぐらいは削られてたと思うぜ」

「……そう」

 魔理沙の言葉に簪は難しい表情を浮かべる。……やはり姉という壁は決して低くない。
だが、それでも簪は諦めようとは思わない。
自分は決心したのだ。姉を超えてみせる……そして魔理沙の隣に立てるだけ強くなって見せると……。
その決心をさせてくれた魔理沙の前でそれを揺るがせるなど、余りにも格好悪すぎる。
同性であることを差し引いても強く惹かれる存在である魔理沙……その魔理沙に失望されるのだけは負け犬になることよりも耐えられない。
そう思うだけで簪は良い意味で我武者羅になれた。
今の簪にとっては自身が強くなる事が重要だ。
超えるべき目標に向かってひたすら走り、それを超える……そしてその目標には姉の楯無だけでなく、魔理沙達も含まれている。
姉を超え、いずれは魔理沙から白星を奪える程に強くなり、ライバルとして隣に立つ。それが簪の目指す目標だった。





「うぉおおおおっ!!」

 武術部の部室にて、弾は美鈴を相手に組み手を行い、実戦形式で己の実力を磨く。

「まだ連撃に隙が多いです!」

 弾の槍と体術による攻撃は全て美鈴に見切られ、躱され、そして受け流されてしまう。
もちろん弾の攻撃が悪いという訳ではない。並の人間であればこれらの攻撃を全て見切るのは不可能と言える精度を持った動きだ。
だが、国家代表レベルとなればそういう訳にはいかない。ましてやそれをも超える美鈴では相手が悪すぎるだろう。

「攻撃から攻撃につなぐ際はもっと素早く!こんな風に……」

 一喝の後、美鈴は弾との距離を一気に詰めて懐に入り、両拳を繰り出した。

「グガッ!?」

「……心山拳体術・連環撃」

 美鈴の両拳から繰り出された拳撃を弾はまともに受ける。
しかも喰らった攻撃は二発だけではない。美鈴は二発の拳撃の中に肘打ちに蹴り上げを混ぜており、それらを全て僅か1秒弱で繰り出している。
弾にとっては自分の反応速度を超えた攻撃をかわす事など出来る筈もなく、結局成す術無く吹っ飛ばされ、床に叩きつけられる結果となった。


「はぁ〜〜、やっぱ強ぇや……実力、遠過ぎだろ」

 床に座り込みながら弾はぼやく様に呟く。
あの後も弾は美鈴に立ち向かったものの、結果は全く変わらず……美鈴との差を実感させられるばかりだった。
正直な所、先日の1対3での戦いに勝利した事もあって内心少し調子に乗っていたのだが、ある意味良い戒めになったかもしてない。

「でも、弾さんはちゃんと強くなってますよ。
それに、私が見た限りまだまだ伸びます。今の鍛錬と向上心を持続し続ければ国家代表クラスも夢じゃないです!」

 美鈴からの言葉に弾は顔が綻びそうになるのを抑える。
年上(美鈴の外界における年齢設定は18歳)の想い人からの褒め言葉はやはり嬉しいものがある。

「そういえば、美鈴さんが使ってたあの技……心山拳、でしたっけ?
アレってどんな拳法なんですか?聞いた事無いですけど……」

「中国のかなり古い流派です。昔縁があって学んでいたんです」

 美鈴は心山拳に関して掻い摘んで説明する。
心山拳は明治時代以前から中国に伝えられていた拳法で、心に重きを置いて己を鍛え、『人』としての強さを追及する拳法である。
最も、現在は時代の波に埋もれ、最早中国本土に僅かに記録が残っているのみであり、美鈴が学んだというのも日本で言う所の明治時代の話である。

(人としての強さか……あのクソジジイに叩き込んで貰いたいぜ)

 話を聞きながら弾は一瞬苦い思い出を頭に浮かべるが、すぐに頭を振って思考を切り替え、今更そんな事を思い出しても意味は無いと自分に言い聞かせる。

「さてと、今日はココまでにしましょうか。下手にやりすぎてトーナメントに差し支えるのは良くないですしね」

「ああ。……あの、美鈴さん」

 雑談を終え、立ち上がって部室を後にしようとする美鈴に、弾はやや戸惑いがちに……しかし、何かを決意したような声で呼び止める。

「ん、何か?」

「美鈴さん……俺はトーナメントで上位に入ったら、アンタを対戦相手に指名しようと思っている。
それと、一つ頼みがあるんだ」

「え、私をですか?それに頼みって……」

 弾からの思わぬ挑戦状に美鈴は呆気に取られる。
美鈴の予想では一夏辺りとの対戦を希望すると思っていたが、河城重工のメンバーの中では一夏、レミリア、魔理沙など目立った面々を差し置いて自分が選ばれたのは正直意外だった。

「でも、情けない話だけどさ、正直アンタと試合で戦っても勝てる気がしない。
だから、『俺が勝ったら』何ておこがましい台詞は言えないし、言う資格も無いと思ってる。
だから美鈴さんが嫌なら断ってくれても構わない」

「俺と戦って、アンタを認めさせることが出来たら……俺と、その……」

 歯切れを悪くしながらも、弾は最後の言葉を何とか口に出そうとする。

(ええい!しっかりしやがれ俺ぇ!!このときのため三日掛けて考えた言葉だろうが!!)

 必死に心の中で弾は想いを口にするべく、自分を奮い立たせる。
ある意味その手の経験に乏しい弾にとって今から言おうとしている言葉は一世一代の大勝負だ。

「俺がアンタに認められる男だったら……お、おお、俺、俺と…………デートしてくださいぃぃっ!!!」

「ふぇ?……え、えええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っっ!!!?」

 生まれてこの方優に100年は超える妖怪人生の中、紅魔館の門番になって以来男っ気の殆ど無い生活を送ってきた美鈴にとって、非常に免疫の無いお誘いだった……。

「へ、返事は、トーナメントの後で良いんで、考えておいてください!!」

 パクパクと金魚のように口を動かしながら唖然とする美鈴を余所に、弾は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてその場を去っていく。
その場には赤面する美鈴だけが残された。

「あ、あわわ……わ、私どうすれば良いんですか!?
教えてくださいお師匠様ぁ〜〜〜〜!!」

 全く経験の無い出来事に美鈴は叫び、その声はグラウンドにまで聞こえたとか聞こえなかったとか……。





「良い?肝心なのはイメージと、それを当たり前にする事。
もっと言うならイメージによって動かす物を己の身体の一部とする事よ」

「……身体の一部、ですか?」

 アリーナではセシリアがビット技術を磨く為、アリスの指導を受けている。

「ええ。例えば、自転車とかの乗り物って運転できるようになるまでは練習が必だけど、それが出来るようになれば運転する時に身体の動かし方を意識する必要なんて無いでしょ?」

「何となく解ります。
……そういう意味なら私はまだ教習所も出ていない仮免許も同然と言う事ですわね」

 アリスの言葉にセシリアは苦々しい表情を浮かべる。
入学時より多少マシになったとはいえ、自分がビットを操作する際は本体である自身が無防備になってしまうという弱点はまだ克服出来ておらず、加えて本来ブルーティアーズが可能とされている偏向射撃も成功した例が無い。
それも出来ずに国家代表を目指すなどという事がどれほど身の程知らずかは身に染みて解っている。

「ええ、その通りよ。
並列思考は確かに難しいわ。だけど、私やアナタの機体を完璧に使いこなすにはそれが必須。
アナタの思い浮かべやすい形で良いわ、とにかくイメージし続けなさい。
それが専用機に相応しくなる為の最大の近道、私はそう考えてるわ」

「自分の思い浮かべやすい形……」

 アリスからのアドバイスにセシリアは深く考え込む。

「それじゃ、最後にもう一つアドバイス。ヒントは意外と身近なものにあったりするわよ。
例えば私のダンシングドールには踊るように相手を翻弄するという意味合いで名付けられた。
そして私はそれをビットの動かし方を考えるヒントにしているわ」

「名前の、意味?」

 アリスの言葉を受け、セシリアは自身の専用機、ブルー・ティアーズの名が持つ意味を考える。

(ブルー・ティアーズ……蒼い、雫…………ッ!)

 何かに気付いた様に目を見開いたセシリアは、アリーナのバリアを的代わりに特訓を開始する。
それを見つめるアリスは僅かに笑みを浮かべてセシリアを見守り続けたのだった。
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