東方蒼天葬 弐

□良い女の意地(前編)
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 この日、IS学園は一際大きく賑わっていた。
生徒達……特に出場者にとっては待ちに待った学年別トーナメントが遂に開催日を迎えたのだ。
生徒達にとっては国家や機業に自分を売り込めるチャンスであり、ココで結果を出すことは自分の将来において重要な意味を持っているため、皆虎視眈々と優勝を狙っていた。

 そして、1年生の一回戦第一試合……篠ノ之箒は1年2組に所属する女生徒と対戦していたが……。

「ダアアアアァァァァッ!!」

「あぐぅっ……!
……も、もう……やめて……」

 試合開始早々に箒は腕力に任せて突っ込み、相手を滅多打ちにしてみせた。
対戦相手の女子にとって最悪な事に接近戦が不得手だったがため、碌に反撃する事も儘ならず、結局箒が相手を一方的にサンドバッグにする形で勝利した。





「……ひでぇ戦い方だな」

 箒の戦いぶりに観客席からブーイングが飛ぶ中、弾は選手用の控え室でそう呟いた。

「あんなの戦いでもなんでもない。我武者羅に突っ込んで相手をタコ殴りにしただけ……」

「まったくですわ……」

 弾に同意するように簪、セシリアも苦言を漏らす。
対戦相手が弱い事にも問題はあるが、箒の戦い方はチンピラか子供の喧嘩そのものだ。
正直な所、仮にもスポーツの試合でこんな戦いを見せられるのは不快でしかない。

「次で叩きのめせば良いだけよ。
あんな馬鹿がそう何回も連勝できて堪るかっての」

 そう言葉を発し、第二試合にて出番を控えた鈴は立ち上がる。

「じゃ、行ってくるわ」

「おう、頑張れよ鈴!」

 弾からの激励に軽く手を振りながら鈴はピットへと歩を進めた。





「お〜い、交代の時間だぜ」

 第2試合が始まる頃、アリーナ南側の警備を行っていた咲夜、美鈴、早苗の下に一夏と妖夢、そして文の3名が交代のためやって来る。
(他のメンバーや教員は別の場所を担当)

「お疲れ様です、異常はありませんか?」

「ええ、無さ過ぎて暇なぐらいよ」

 労いつつ警備状況を確認する妖夢に咲夜は面倒そうに返す。

「おまけにダサい試合見るしか暇潰しが無くて、美鈴の居眠りを咎める気にもなれないわ」

 小型端末に映るモニターを見ながら咲夜は辛辣な言葉を吐く。
咲夜にしてみれば腕力だけのゴリ押しで勝った箒にしてもそうだが、そのゴリ押し戦法に負けた対戦相手も情けない事この上ない。

「……何て言うか、ゆとりの無い戦いでしたね。
心が荒みきって暴れる事しか出来なくなっているような……」

「ああ……。
流石に、ココまで荒れてるなんて……」

 美鈴の言葉に一夏は悲しげな表情を浮かべる。
箒に対して今まで厳しい態度を取る事が多かったが、それでも一夏にとって彼女は幼馴染の友人という事に変わりは無かった。
最も、箒の一夏に対する認識は全く別物……即ち恋愛感情である。
その辺の差異が二人の溝を深めてしまっていると言っても過言ではない。

「………あのね、一夏君。
気付いてるかどうか分からないけど、篠ノ之さんは一夏君の事どう思っているか知ってる?」

 箒の様子を見て苦々しい思いを抱く一夏に対し、不意に早苗は問いかけた。

「へ?……そりゃ、幼馴染で数少ない友達だと思ってるんじゃ……」

 一夏の返答に一夏を除く全員がため息を吐いた。
忘れがちになっているかもしれないが、一夏は元々異性関係に関してはとてつもなく鈍感である。
千冬と付き合い、咲夜達からアピールされてそれなりにまともにはなっているが、決して完全に直っている訳ではない。

「はぁ……あのね、これ言っちゃうのはマナー違反だけど、
あの娘は一夏君の事、異性としてみてるわよ絶対!」

「え!?んな馬鹿な!」

 一夏は信じられないといった表情を浮かべる。
一応一夏の名誉のために言わせて貰うとすれば、これは決して一夏だけの所為ではない。
箒の取る一夏への態度は、一夏の考える『好きな人への態度』とはまるで違うものの為だ。

「馬鹿なって……アレ見て気付かないんですか?」

「いやだって、好きな相手が自分が薦めた部活に入らないだけで胸倉掴むか!?」

 呆れ声の文に一夏は反論する。
一夏からしてみれば好きな相手を思いやり、自分の魅力をアピールして意中の相手と恋人になろうとするならともかく、自分の意にそぐわないからと殴りかかるのは行為を寄せる相手にする事ではないという認識が強いのだ。

「……一夏さんの意見も一理ありますけど、ねぇ」

「女の子って、複雑なのよ。ああいう表現しか出来ない娘もいるって事は覚えておきなさい。
ただ、あれが良いアピールとは絶対に言えないけど」

 咲夜と妖夢は論する様に一夏の疑問に答える。
それを聞いた一夏は多少釈然としないながらも、やがて真剣な表情を浮かべる。

「むぅ……一回、アイツと腹割って話した方が良いのかな?」

 咲夜達の指摘に、一夏は近い内に箒と向き合ってしっかりと話し合う必要を感じ始めた。




「……あれ?美鈴さん、さっきから黙ったままですけど、どうかしました?」

「い、いえ……別に何でもありませんから!」

 先程までずっと黙っていた美鈴を疑問に思い、声をかける文に美鈴は挙動不審になりながら答える。

(弾君とデート……するかもしれない。
でもいくかどうかは私が決めるわけだから……いや、でも!弾君って凄く努力してるし、結構優しいし、あんなに実直にデートの誘いをしてくれたんだから……)

 一夏たちの恋愛話の裏で、美鈴はまた新たな複雑な乙女心を胸の奥で揺らめかせていた。





『試合終了――勝者・鳳鈴音』

 一夏達が雑談を終えた頃、アリーナでは鈴音が見事勝利を決め、歓声に包まれていた。
先の第一試合と同様にほぼ完封しての圧勝だったものの、箒と違い相手の隙を的確に突き、上手く距離を掴みながら反撃を物ともしない見事な防御・回避で勝利だった。
そしてこの勝利で、後に続く準々決勝にて、箒と鈴音の戦いが決定した。

「……」

 ピットから控え室に戻る廊下で、鈴音は箒を見つけ、静かに近づく。

「……何の用だ?」

 そんな鈴音に対して箒は不機嫌な表情で睨みつける。
そしてそれに応えるかのように鈴音は箒を見据え、口を開いた。

「アンタにだけは、死んでも負けない!
一夏に依存して、周りの事を何一つ考えない、アンタみたいなガキにだけは絶対に!」

「貴様!あんな締まらない面構えの女(美鈴)に負けただけで一夏を諦めた負け犬風情が、偉そうな事を!!」

「その言葉……後悔させてやるわ」

 箒の暴言に怒りの色をより一層濃くし、鈴音は静かに去っていったのだった。

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