東方蒼天葬 弐

□幕間 マイナスからゼロへ
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「痛つつ……痛くない訳、無いのよね結局……」

「早苗姉ちゃん、大丈夫か?」

 エキシビションマッチ第一試合終了直後、控え室に戻ってきた早苗は今までの平然としていた表情を一気に崩し、涙目になって殴られた頬を押さえる。
試合での殴り合いでは平気なふりをしていたが、実を言えば殆どやせ我慢だったのだ。

「大丈夫じゃないから優しく抱きしめt「「じゃあさっさと治療してきなさい」」…………チッ」

 ドサクサ紛れに抜け駆けしようとする早苗だったが、咲夜と妖夢はそうはさせまいと早苗の肩をがっしりと掴んで阻止する。

「ま、まぁ色々とありがとう。嫌な役やってもらって……。
あとは、俺がしっかりやるよ。アイツがああなったのは、俺の責任でもあるから」

 やや引きながらも一夏は早苗にしっかりと礼を告げ、Bピットへ運ばれる箒の姿をモニター越しに見つめた。





 第一試合を終え、会場は第二試合開始の時を今か今かと待ち侘び、観客達が沸き立つ中、箒は医務室のベッドで蹲っていた。

『一夏君を言い訳にしないで!!
二言目には一夏一夏って、一夏君の名前を出せば免罪符になるとでも思ってるの?
人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!!』

『アナタはただ一夏君の気を引くためだけに自分の命も他人の命も軽く扱っただけじゃないの!!』

『周りの事を考えないで他人を巻き込んで傷付けて、自分のやった事にはまるで無自覚。
そういう自分勝手な所、そっくりよ。…………アナタの姉、篠ノ之束にね!』

「やめろ……もう、嫌だ……!」

 頭蓋に反響する先の試合での早苗からの罵倒と糾弾。
悔しかった……あれだけボロクソに言われても一矢すら報いる事が出来なかった事が。
憎かった……心のどこかでそれに納得し、何一つまともに言い返せなかった自分が。

「私は、どこで間違えたんだ?」

 思えば数年前、一夏が誘拐された末に死亡認定された日からIS学園に入学するまでの間、自分には絶望しか無かった。
要人保護プログラムで家族と引き離され、孤独な日々を送る中で数少ない希望であった一夏。
彼との思い出は箒にとって糧の一つだった。
元々不器用だった箒はどこに転校しても友人を作る事が出来ず、日に日に孤独感が強くなっていくのが自分でも実感できた。
そんな箒にとって一夏(との思い出)への依存が強くなるのはある種の必然だったのかもしれない。
……それなのに一夏は誘拐されて行方不明となり、無情にも最大の糧は現実によって容赦無く奪われた。
それ以降、箒の内面はより一層荒れた。
やり場の無い怒りと苛立ちは常に消える事が無く、長年続けていた剣道もいつしかそれを発散させる手段になるまで落ちぶれてしまった。
それが周囲の人間をより遠ざけたのは言うまでもない。

同情してくれた政府の役員や学校の教師は「一夏の事は忘れた方が良い」「新しい生き方を見つけなさい」と言ってくれたが、箒には到底受け入れられない。
それ程までに一夏への依存度は高くなっていたのだ。

 しかし、そんな中一夏が生きていてIS学園に入学するというニュースを聞き、箒は歓喜した。
一夏と再会出来る、彼との時間を取り戻す事だって出来るのだと、そう思っていた。

だが、6年という空白の時間は余りにも長かった。
箒の知らぬ間に一夏は大きく成長を遂げていた。
幼き日の優しさに戦う者としての厳しさが加わり、視野は大きく広まり、それに比例するように逞しくなっていた。
かつて少年だった頃の一夏は最早存在しない。
箒が出会ったのは少年から男へと変わった一夏だった。

それ故、6年前から心が子供のまま時間が止まってしまった箒には現在(いま)の一夏を受け入れる事が出来なかった……それが今の箒を形作った経緯だ。



「箒、いるか?」

「っ……い、一夏!?」

 箒がジレンマに頭を抱える中、訪れる一人の来客
箒は焦って一夏が来るであろう方向に背を向ける。よりによって一番会いたくない時にやって来るとは……。
早苗と戦う前の自分なら「やはり一夏は自分に未練があるのだろう」と歓喜しただろうが早苗から指摘を受けて頭を(強制的に)冷やした今、そんな自信過剰も甚だしい事は考えられない。

「…………何をしに来た?無様な私を笑いにでも来たのか」

「何言ってんだ、そんな趣味ねぇよ。
ただ、お前と腹割って話がしたいと思ってな……」

 一夏の言葉に箒は思わず振り向きそうになるがそれを抑える。
今の自分の顔を見られたくないのもあるが、一夏を見るとまた自分は暴走してしまうのではないかという恐れが箒の中にあった。

「今更、話をして何になると言うんだ?
お前を変わってしまったと連呼して、お前の為と称しながら邪魔や文句を垂れる事だけしかしなかった滑稽な私に……」

「そうやって振り返ることが出来ただけ前進したと思うけどな」

 自嘲する箒に返しながら、一夏はベッドの傍に椅子を移動させ、そこに座る。

「私は、お前に変わって欲しくなかった。……ずっと昔のままでいて欲しかった。
それは……そう思うのは、そんなにいけない事なのか?」

 震えた声で問いかける箒を一夏は真剣な表情と視線で見詰め、やがて静かに口を開いた。

「いけないって事はないと思うけど、人間変わらずにいる事は出来ないんだ。
……俺やお前がそうだった様にな」

「…………」

「俺さ、一度記憶喪失になって(神隠しに遭って)何もかも失ったも同然だった時、魔理沙や他の皆に支えられて、鍛えられて、千冬姉とは違う自分だけの力を得た時、凄く誇らしかった。
真似事なんかじゃない、本当の力を持つ事が出来たんだって……その誇りをくれた河城重工の皆には、感謝してもし足りない。
だから、俺はもう、昔の俺に戻る事は出来ないんだ」

 一夏の言葉に箒は目から流れる涙の量が増えるのを感じる。
自分が一夏に望んでいた事は全て無意味で無駄だった事を宣告されたも同然だった。

しかし、不思議と抵抗感は抱かなかった。
早苗からの喝で自分自身も変わってしまった事を理解させられた今、そんな気になれなかった。

「箒、ゴメン。
俺、早苗姉ちゃんから指摘されるまで、お前の気持ちにまるで気付かなかった。
お前が俺の事でそこまで思い詰めていただなんて……本当に、ゴメン」

 自分の偽らざる本音を伝え、一夏は箒に深く頭を下げる。

「私の気持ちを知ったのなら、私じゃ……ダメなのか?
お前が付き合っていると言う女は、そんなに良いのか?」

 箒の声は徐々に絞り出すようなものになっていく。
箒にとってはある意味これが最後の希望だった。
いや、仮にダメだったとしても、ここで事実を全てハッキリさせておきたかった。
これ以上話が拗れると、自分はきっとまた周りが見えなくなってしまう。
ならば、想いを抱き続けるにせよ、断ち切るにせよ、一夏の心をしっかりと知っておきたかった。

「……俺にとっては、最高の女(ひと)だ。いつかは子供作って、所帯を持つ事も考えてる」

「そうか……」

 覚悟はしていたがやはり悲しみが込み上げる。
そして、それと同時に大きな敗北感と納得を感じた。
あれ程鈍感だった一夏にココまで言わせるほど思われている相手……今までの、そして今の自分では決してたどり着けない領域だった。

「……お前の気持ちは解った
悪いが、ココから出ていってくれ。暫く一人になりたいんだ」

「……分かった」

 一夏の顔を見ないまま、箒はそう告げる。
一夏はそれに従い、静かに立ち上がって保健室の扉まで足を進める。



「…………一夏!」

 一夏が扉に手を掛けた時、不意に箒は一夏を呼び止め、一夏は足を止める。
振り返った視線の先にいた箒は、真っ直ぐに涙の残る目で自分を見詰めていた。

「…………すまなかった。
お前の心を無視して、勝手な事ばかりして……私が、馬鹿だった」

「……俺の方こそ、悪かった。
箒の気持ちに気付かないで、傷付けちまった」

 箒からの謝罪の言葉に、一夏もまた謝罪で返す。

「私、皆に謝って、やり直すから……だから、いつかまた、友達に……戻ってくれ」

「……何言ってんだ、元から友達だろ?」

 箒の言葉に一夏は笑顔を浮かべ、保健室を後にしていった。

それは、今までマイナスだった2人の関係は、漸くゼロに戻った瞬間だった。

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