東方蒼天葬 弐
□覚悟の有無(中編)
2ページ/3ページ
(一夏、今すぐに私がお前の目を覚まさせてやる!)
(漸くだ、漸くコイツを潰せる!)
(……コイツ等、この授業の目的解ってねぇな)
お互いにパートナーであるはずの相手への気遣いなど全く見せず、戦意のみ前面に押し出す箒とラウラの様子に一夏は内心で溜息を吐く。
「始め!」
「行くぞ一夏ぁ!!」
千冬から開始の合図が飛び、猪の一番に箒が飛び出し、一夏目掛けて近接専用の日本刀型ブレードを構えて飛び掛った。
「ハァアアアアア!!」
気合の一喝と共に振り下ろされる刀に一夏は全く動じる事無く当たる直前に軽く身を捻ってかわして見せる。
箒の剣速は一般生徒と比較すればかなり速く、接近戦だけで言えば下位の代表候補にも決して引けは取らないだろう。
しかし一夏はこれ大きく上回るの剣速、太刀筋を持つ妖夢や、凄まじい密度の弾幕を繰り出す幻想郷の実力者を相手に戦い、修羅場を潜り抜けた経験を持つ猛者だ。
剣道の延長程度の太刀筋でしかない箒の一撃は虚しく空を切り、無防備に晒した背後に一夏の裏拳をモロに喰らってしまう。
「あぐっ!……く、クソ!」
「!?」
箒が悔しそうに唸るのを余所に一夏は別方面からの殺気を察し、即座にその場から飛び退く。
「待t…うわぁっ!!」
一夏を追い掛けるべく、自身もブースターを吹かしてその場から移動する箒だったが、突如として暴風に吹き飛ばされる。
上空からラウラの放ったレールガンの一撃が箒ごと一夏を狙い、地面に着弾して、その余波を受けた箒を吹き飛ばしたのだ。
「き、貴様!何をする!?」
「黙れ、突っ込むしか能の無い愚図が。囮として使ってやっただけ役に立てたと思え」
まるで悪びれる様子の無いラウラに箒は表情を歪めて睨み付ける。
しかしそんな事はまるで気にも掛けず、ラウラは一夏の方に目を向ける。
「私を他の生温い連中と一緒だと思ったら大間違いだぞ。教官の恥さらしが」
「俺が千冬姉の恥?なら、お前はドイツの恥だな」
敵意をむき出しにするラウラに一夏は静かに怒気を孕んだ声で悪態を吐く。
「ほざけ!!」
怒りの咆哮と共に再びレールガンを発射するラウラ。
一夏は弾道を読んでこれを回避し、先程ラウラが一射目で破壊した床の瓦礫を拾い上げ、それを幾辺かに割って野球ボールの様にラウラ目掛けて投げ付けた。
(フン、一応それなりの冷静さは持っているようだな……だが、こんな石礫など私には無意味だ!)
「……AICか」
迫る石礫の動きが突如として停止する。
ラウラの専用機『シュバルツェア・レーゲン』最大の武装、AIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)……慣性を打ち消して対象の動きを止める1対1での戦いではある意味反則とも言える武装だ。
河城重工の情報網にもこの武器の概要は既に掴んでおり、一夏は目を細めて軽く舌打ちする。
(だけど、強力な武器ほどそれに頼りやすい……破ってしまえばどうにでもなる!)
表情を引き締め、一夏は守勢から一転、ラウラとの距離を詰めて攻勢に打って出る。
「発動前に叩こうとでも言うのか?馬鹿め!」
一夏の突撃を嘲笑い、ラウラは再びAICを発動しようとするが……。
「甘いぜ!!」
ニヤリと笑みを浮かべ一夏は突然体勢を崩して地面に手を着く。
直後、一夏のDコマンダーに先日追加された関節部のスプリングが働き、腕だけで高く跳躍してラウラの頭上を飛び越えた。
「な、何だ!?」
思わぬ一夏の行動にラウラのAICは不発に終わる。
一見無敵にも見えるAICだが、その実対象のイメージがはっきり集中して出来ていないと効果を発揮しないという弱点がある。
詰まる所、操縦者であるラウラの対応出来ないフェイントやトリッキーな動きには全く効果が無いのだ。
「この動きについてこれるか?」
全身の関節部のスプリングをフル活用し、壁、床、天井、時にはラウラと箒を踏み台にしてアクロバットを披露して見せ、トリッキーに跳ね回る。
「は、速過ぎる……」
「しょ、照準が定まらん……!?」
箒とラウラは一夏を捉えようと目を走らせるが、一夏のアクロバット、かつトリッキーな動きはまるで捉えきれず、焦燥を募らせていく。
「く、クソォ!このぉぉぉーー!!」
焦燥に耐え切れず先に飛び出したのは箒だった。
「(ニヤッ)…掛かったな!」
飛び出した箒が振るう刀を、一夏の足蹴りが打ち据え、刀は弾き飛ばされた。
「ッ!?」
「隙ありだぜ、箒!」
武器を失い、動揺する箒の身体を一夏はがっしりと掴み、そのままフルパワーで振り回し……
「せぇーーのぉっ!!」
そしてラウラ目掛けて一気に投げ付けた。
「うわぁぁっ!!」
「ば、馬鹿!来るな!!」
自分に激突しそうになる箒にラウラは冷や汗を流しながらAICで箒の動きを止めるが、それは悪手だった……。
「態々そっちで動き止めてくれてありがとよ」
動きを止めたラウラと箒の視線の先には、荷電粒子砲『Dアーマー』を展開した一夏の姿。
ココに来て二人は自分達がまんまと一夏の策に引っ掛かった事を理解した。
「喰らいやがれ!!」
Dガンナーから放たれるフルチャージショットの一撃が二人を襲う。
最早ラウラはともかく、箒には回避不可能だ。
「チッ!!」
「グァァァッ!!」
回避不能な箒を見捨て、ラウラは一夏の砲撃から何とか身をかわした。
逆に、一夏の砲撃が直撃した箒の打鉄のシールドエネルギーはあっという間に底を突き、箒は脱落となる。
「お前、箒を助けて一緒に避ける事も出来ただろうが!?」
「こんな雑魚、足手纏いにしかならん!切り捨てて当然だ!」
一夏の非難にラウラは苛立ちながら言い返す。その言葉に一夏の顔色が変わる。
「そうかい……それじゃあ、今からお前が晒す事になる無様な姿も、実力が無かったと諦めるんだな!!」
「黙れぇ!!」
一夏の発言に激昂しながらラウラはワイヤーブレードを展開して一夏を捕らえようと躍起になるが一夏は再びスプリングによるアクロバットでそれを回避してみせる。
「クソッ!ちょこまかと!!」
「そこぉ!!」
ワイヤーブレードを振るうラウラ目掛け、Dアーマーの右拳が発射される。
(こ、これはワイヤー……いや、違う!!)
情報とは違い、Dアーマーに装備されているのはワイヤーではなく、ホース状のコードだった。
これこそDコマンダーの新武装の一つ、『LAA(ロング・アーム・アタッカー)』……ワイヤーを伸縮自在の配線コード式に変える事でより詳細なコントロールと手の動作を可能にした物だ。
「だ、だがこんな物AICで!」
一瞬驚くも、ラウラはすぐに判断を切り替えてAICを発動してDアーマーの動きを止める。
しかし……
「ごがっ!!」
「一箇所に集中しすぎなんだよ!」
突然側面から顔面に強烈な一撃が叩き込まれた。
残った右のLAAが、ラウラが左拳に集中している間に大きく旋回してラウラの死角から彼女の顔面を殴り飛ばしたのだ。
「き、貴様ぁ……」
「これで終わりだと思うか!?」
「フゴォッ!!?」
ラウラの集中が途切れたため、解除されたAICの支配から解放された右拳が復活し、ラウラの顔面の中心……正確には上唇と鼻の間にある人間の急所の一つ、人中に拳が叩き込まれた。
ココに衝撃を受ければ人間はまともに動けなくなる。ISのシールドエネルギーで守られていようと衝撃自体は防ぎきれない。
故にラウラはふらふらとその場に倒れ込む。
「これで、トドメだ!」
そして最後のダメ押しとばかりに一夏はラウラに組み付き、腕を極める。
HRで喰らったものと同じアームロックだ。
「ギャアアアアア!!!」
HRで受けたもの以上の関節技にラウラは悲鳴を上げる。
この状況では自慢のAICも意味を成さない。
箒が生き残っていればこの状況から脱出出来ただろうが、当の箒は既に脱落して真耶に戦闘範囲外に運ばれている。
そして彼女の脱落の原因を作ったのは他ならぬ自分自身だ。
「そこまで!」
一夏がラウラの腕を締め上げる中、千冬から試合終了の合図が飛ぶ。
ここまでの試合時間、約4分の経過だった。
「クソ、クソぉ……この借りは、絶対倍にして返してやる……!!」
目に涙を浮かべ、痛めつけられた腕を押さえながら、ラウラはシュバルツェア・レーゲンを纏ったままの状態で他の生徒達の下へ戻る。
「無理ですね。今のアナタじゃ……」
そんなラウラに皮肉が浴びせかけられる。
相手は試合前に一悶着起こした犬走椛だ。
「き、貴様……!!」
表情を怒りに歪め、プラズマ手刀を展開して身構えるラウラに椛もISを腕だけ部分展開し、蛮刀型ブレード『白蘭鋼牙』を展開してラウラの眼前に突きつける。
「気に入らないんですよ、アナタ……軍人でありながら、下らない私情で動いて。それで代表候補なんてよく言えますね」
(ああ、なるほどね……)
そんな椛を見つめ、文は一人納得する。
椛は元々生真面目な性格をしており、妖怪の山という組織的な環境で育ってきた。
そんな彼女にとって、形は違えど自分と同様に組織(軍隊)に所属する者でありながら、私情のみを優先しているラウラの姿勢は非常に気に入らないものと言える。
「やめんか二人共!!」
そんな一触即発の雰囲気を千冬が一喝する。
「…すいません」
「申し訳ありません、教官」
椛とラウラはそれぞれ一言ずつ謝罪して矛を収め、事態はとりあえずの収束を向かえた。
「さて、全員今の戦いを見てチーム戦における連携の重要性が理解できたと思う。ISで試合を行う以上、タッグ戦やチーム戦は避けては通れない壁だ。以後、しっかり頭に叩き込むように」
千冬の言葉で締めくくられ、授業は一段落を迎え、以後は滞りなく授業は進んだ。
最もその授業中、ラウラは終始一夏と椛を睨みつけていたが……。
「……あ、あんな強い人相手にどうやってデータなんて盗めっていうの?」
授業が終わり、シャルル……いや、シャルロットはロッカールームで一人頭を抱えていた。
織斑一夏の実力が非常に高いという噂は聞いていたが実際に見てみれば想像していた以上の化け物だった。
自分とてカスタム機とはいえ専用機を持つ代表候補である以上、そん所そこらの雑魚よりは強いという自身はあるが、一夏相手に太刀打ちできるとはとても思えない。
そんな彼、牽いては彼の所属する河城重工を敵に回してしまったら自分はどうなってしまうと言うのだろうか?
「ボクは、どうすれば……」
「随分と下らない事で悩んでいるわね」
「!?」
突如として背後から聞こえる冷たい声にシャルはギョッとして振り向く。
直後にシャルは壁に押さえつけられ、喉元にナイフが突きつけられる。
「ヒッ……」
「大声出さない方が良いわよ。咲夜の手元が狂ってしまうかもしれないわ」
「悪いな。本当は手荒なことはしたくないんだが……」
シャルの背後に自分を押さえつける人物とは別に二人の人影が現れる。
「お、織斑…一夏。……ど、どうして?」
その二人は織斑一夏とレミリア・スカーレット。
そして自身にナイフを突きつけている少女は十六夜咲夜
「アナタの事、洗いざらい喋ってもらうわよ。……シャルロット・デュノアさん」
「!……うぅ……」
自身を偽名ではなく、本名で呼ばれ、シャルロットは目を強く閉じて項垂れる。
それはシャルロットが観念した瞬間だった……。