東方蒼天葬 弐

□虎と鼠の探し物(後編)
1ページ/2ページ

「あれ、千冬さんじゃないですか?」

 香霖堂へ向かう途中、千冬は背後から不意に声を掛けられ、振り向いた先には早苗の姿があった。

「早苗、守矢神社に戻ったんじゃなかったのか?」

 早苗の姿を確認した千冬はその場に静止する。
ふと見てみると早苗の手にも先ほど千冬が手に入れたUFOのミニチュアが握られていた。

「お前も異変調査か?」

「ええ、神奈子様と諏訪子様が妙な予感がすると言っていたので」

「そうか、一緒に行くか?」

「はい」

 千冬の誘いに二つ返事で了承し、二人は肩を並べて香霖堂へ向かったのだった。



 一方その頃、香霖堂では……。

「30000円!」

「45000円!」

「うぐぐ……なら35000!!」

「40000!!」

 鼠の妖怪と霖之助が値段交渉の真っ最中だった……。





「……千冬さん、聞きたい事があるんです」

「何だ?」

  香霖堂への道中、早苗は唐突に千冬に話しかける。

「篠ノ之箒さんの事です。私、昔から彼女の事、顔と名前ぐらいしか知らないんですけど、どんな子だったんですか?」

「……そうだな、意地っ張りで照れ屋で、今とあまり変わっていない……いや、むかしはもう少し素直だったな。何故そんな事を?」

 怪訝な表情で千冬は聞き返す。
早苗にとって箒は身勝手な理屈で一夏に言い寄る厄介者の筈だが、そんな相手の事を尋ねられるのは余りに予想外だ。

「そりゃ、あの子は好きになれませんよ。だけど私、少しだけあの子の気持ちが理解できるんです」

 悲しげな目で早苗は語る。
彼女と箒には共通点がある。
幼馴染で初恋の相手である一夏と突然離れ離れになり、長年会いたいと思って漸く再会する事が出来たという、ある意味嫌な共通点だ。
しかしその共通点もある一点の違いで大きく形が変わる。

「私には、神奈子様と諏訪子様という支えがあったけど篠ノ之さんにはそれが無い。もしも神奈子様と諏訪子様が居なかったら私も彼女と同じ様になってたかもしれない……クラス対抗戦の後ぐらいからそう思うようになったんです。そう考えると、何かあの子の事が気になって……」

「…………」

 早苗の言葉に千冬は黙り込む。
自分と束の起こした白騎士事件のために箒は要人保護プログラムで家族と離れ離れの孤独な日々を強いられる事となった。
今の千冬にとってそれは箒に対する最大の負い目であり、自分の罪の象徴の一つだ。

「あ、別に千冬さんの事責めてる訳じゃないですよ。ただ、何て言えば良いのかな……私はあの子も自分の恋のライバルとして見たいけど今は見れないって言うか……。アハハ、安っぽい同情ですよね?今のは忘れてください」

「いや、そんな事ない……ありがとう」

 苦笑する早苗に千冬は感謝の言葉を漏らす。
何故そんな言葉が出たのかは千冬自身にも分からなかったい。ただ何となくではあるが早苗の気持ちが千冬には嬉しく思えた。

「そろそろ着きますよ」

 そうこうしている内に二人は香霖堂の前に辿り着き、地上に降りて入り口へ向かう……。



「はぁ〜、やっと買い戻せた。あの半妖メガネ、人の足元見て。まったく……ご主人は何でこんな大事なものを失くすのかねぇ?」

 37500円という金を叩いて手に入れたものを眺めながら妖怪鼠の少女、ナズーリンは溜息を吐く。
彼女の右手には塔を象った置物のような物……『宝塔』が握られ、左手にはダウジング用のロッドが握られている。

「ん?」

 左手に持つロッドが反応する、コレは彼女の能力である『探し物を探し当てる程度の能力』が働いている証拠だ。

「こりゃ運が良いね。飛蔵まで向かってきたよ」

 思わぬ朗報にナズーリンはロッドが反応する上空を見上げる。

「ん、先客か?」

(ゲッ、強そう……しかも二人って)

 上空からおりてきた千冬と早苗にナズーリンは内心苦々しさを感じる。
しかしだからといって黙って見て見ぬ振りをする訳にもいかず、ナズーリンは千冬達に向かって口を開く。

「ねぇ、君達の持ってるそれ、この店に鑑定してもらいに来たんなら、こっちに渡してくれない?」

「?……突然何を言い出すんだお前は?コレ(UFO)の正体を知ってるのか?」

 初対面の妖怪の口から出た思いも寄らぬ台詞に千冬は一瞬困惑するが目の前に居る妖怪が異変に関係していると勘付き、ナズーリンの言葉に質問で返す。

「まぁね、喋るつもりは無いけど。でも一つ言っておくよ、それは人間には無価値なんだ。だから渡してくれない?2万円ぐらいなら出してあげるから(どうせ経費はご主人が出してくれるし)」

「だったらコレの正体とアナタの目的を教えてください。そうでないと渡せません」

 ナズーリンから出された条件に早苗はさらに条件を加える。

「そういう訳にもいかないんだよねぇ.下手に喋って邪魔されちゃあ元も子もないからね……悪いけど、力づくでも頂くよ!」

 やれやれと首を横に振った直後、ナズーリンはロッドを構えて妖力弾を放った。

「っ!……おいおい」

「こっちの都合も無視していきなり……!」

 突然の弾幕戦に千冬と早苗は悪態を吐きながら弾を回避して自身も魔(霊)力弾で応戦する。

「お前がそういう手段を取るなら……《斬符『樹鳴斬』!》」

 振り下ろされた千冬の斬撃から発射される拡散レーザーと広範囲弾幕がナズーリンを襲う。

「わわっ!《捜符『ナズーリンペンデュラム』!》」

 千冬の攻撃に反撃するように発動されるナズーリンのスペル。
ナズーリンのペンダントと同じ形をした巨大なクリスタルがナズーリンを護るように展開され、先端から多数の妖力弾が発射される。

「その程度の防御で!《絶技『〈真〉零落白夜』!!》」

 しかし千冬のパワーの前にクリスタルは一瞬にして砕け散り、ナズーリンは一瞬にして丸腰の無防備状態になってしまう。
そして背後には彼女を逃がすまいと早苗が待ち構えている。

「アナタに逃げ場はありませんよ。おとなしく降伏しなさい!」

「クッ……(やっぱ強いじゃん、この二人。仕方ない、買い戻したばっかりだけど)」

 格上二人に挟まれ、ナズーリンは苦々しく舌打ちして手に持った宝塔を構えようとするが……。

「そこまでよ」

「「!?」」

 静かではあるがどこか凄みのある声と共に放たれる弾幕が千冬と早苗をナズーリンから引き離す。

「ナズちゃん、ココは私に任せて。飛蔵はアナタが集めた分と今船に向かってる分を合わせれば十分足りてるわ」

「エリザ、ナイスタイミング。でもそのナズちゃんって呼び方やめて……」

 感謝の言葉を口にしてナズーリンはその場を離れる。
一方でエリザは千冬達が追いかけられないようペンデュラムを構えて牽制する。

「貴様もあの船の関係者か?」

「ええ……アナタ達には申し訳ありませんが、邪魔されるわけにはいきませんので。ココで足止めさせてもらいますよ。織斑千冬さん」

「!?……何故、私の名を?」

 初対面の人物に名を知られ、千冬は僅かに驚く。

「まさかお前も外界から」

「ええ、1年程前に神隠しとかいう現象で地底の方に。そこであの船の方々に救っていただいたんです」

「そうか、そういう事情なら退いてくれそうも無いな」

 相手に退く意思が皆無だという事を理解して千冬と早苗は臨戦態勢を取る。

「そういう事、です!《感符『インコムクリスタル』!!》」

 エリザの指先に繋がれた魔力の糸と繋がったクリスタル付ペンデュラムがホーミング弾の様に千冬達を追いかけ、弾幕を放つ。
その規模と勢いは先程ナズーリンが見せたものの比ではない。

「(コイツ、さっきの鼠とは訳が違う……)早苗、私がコイツの動きを止めたら……」

「……了解です」

 弾幕を回避しながら早苗に小声で指示を出した直後、早苗の援護を受けつつ千冬はエリザへ向かって突撃し、大剣を振り居ながら弾幕を消し飛ばし、一気に接近する。

「ハァアアア!!」

「ッ!…戻れっ!!」

 そこから続けざまに放たれる千冬の大型の魔力弾にエリザはクリスタルを瞬時に自分の近くに戻して魔力のバリアを展開して防ぐ。

「今だ!行け、早苗!!」

「了解!」

 直後に千冬は指示を飛ばし、早苗にナズーリンの後を追わせた。

「悪いが此方も黙って異変を見逃すまねは出来んからな。二人同時に相手にしたかろうがサシで戦(や)らせてもらうぞ」

「……参りましたね。流石はブリュンヒルデ、弾幕戦(こっち)の腕も相当という事ですか」

 苦笑いしつつエリザは自身の持つ8個のクリスタルを確認する。

(レベル5……かなり腕の立つ使い手ね。ある意味1対1に持ち込めたのは幸運かもしれないわ。二人がかりじゃ時間稼ぎにならなかったかもしれない)

 エリザのクリスタルは8個の内5個が光を放ちながら点滅している。
これはエリザの持つ『対象の強さと位置を知る程度の能力』が働いている証拠だ。

「前言を撤回します。本気で足止めではなく、本気で潰す気で行きます…!」

「ああ……来い!」

 幻想郷の上空で、二人の美女が雌雄を決する……。

「戦うのはいいけどさ、店壊さないようにしてくれよ……」

 二人の戦いを眺めながら霖之助は冷や汗を流しながらそう呟いた。





 千冬達が追いかけている船、聖蓮船。
その中の一室で一人の女性が目を閉じながら静かに瞑想している。
所々黒が混じった金髪に腰に巻いた虎柄の布、彼女の外見を見た者は確実に『虎』を連想するだろう。
そんな彼女、寅丸星(とらまるしょう)は数分前、ナズーリンから受け取った放蕩を胸に抱き、一言だけ呟いた。

「もうすぐ、もうすぐですよ。聖……」

 彼女がそう呟いた直後、部屋に慌ただしい足音が聞こえてくる。

「星!変な賊が近付いてきてるわ。迎撃に出るから手伝って!!」

 駆け込んできたのはこの船の船長を船幽霊の少女、村紗水蜜だ。

「分かりました。すぐに行きます」

 村紗からの要請に快く承諾し、星は立ち上がった。
彼女達が霊夢、魔理沙、そして千冬の指示で一足先にやってきた早苗と戦うのはこれから1分足らずの事である。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ